今、野球は必要なのか悩み続けた50日 東北楽天イーグルス 

東日本大震災のあったその日、東北楽天イーグルスは、兵庫県・明石市民球場での試合中に東北地方で大震災がおこったことを場内アナウンスで知った。自分たちは、仙台にいないからすぐに駆け付けたいがそうもいかず、野球をやっていていいものかと随分と悩んだという。東北楽天イーグルスの選手たちの苦悩の50日間を情熱大陸でみた。

まず大震災があった当日、選手会長の捕手・嶋は、球団側からとりあえず仙台にいる家族の安否確認をとるように告げられ、なかなか連絡はつかず鳥肌が立ったと話し、キャプテン・鉄兵は、電話がつながらず何度もかけたと振り返った。

東北楽天イーグルスは、今年新監督をむかえ、大型補強もし、今シーズンに賭ける思いはいかばかりかはかりしれない。でも、無情にも大震災に遭遇し、身動きとれない状況からのスタートとなった。

投手・田中は、東日本大震災の被災地・仙台の人へのコメントを求められたが、言葉にすることはできなかった。球団創設時からのメンバー山崎は、野球をやっていてはいけないとはじめは思っていた。今、野球は必要かと追われたら、いらないかもしれないと考えた。

ペナントレース突入直前、選手たちの強い要望が球団を動かし、被災地を訪問することとなった。4月2日楽天対日ハムのチャリィティマッチが行われた。野球の真価、底力が試されることになった。4月5日初めて仙台に入った楽天の選手たち。選手は、変わり果てた被災地に言葉を失くした。

山崎は37才の時、オリックスを自由契約になり楽天に入団。そうなるだけの事しかしていなかった自分に気づき、楽天に恩返しをと思い、単身赴任で6年がたった。

楽天の選手たちは、被災地を訪問して被災者の人たちに受け入れられるかどうか不安であった。その不安は、すぐに消え、反対に被災者たちに「がんばって」と励まされた。

4月12日プロ野球が開幕した。楽天の開幕投手は、岩隈。近鉄球団がなくなり、楽天に移籍した岩隈は、近鉄時代は、ただやればいいとの思い出やっていたが、楽天にきて皆と一緒に戦う気持ちでマウンド上で声援を受けた。楽天、開幕第一戦は、勝利でスタートした。まず一勝をあげた岩隈は、被災者のみなさんに元気をもらった。

嶋は、人生の困難をどうのりこえてきたのか。その壁を乗り越えるのは自分。他の誰でもない。逃げるわけにはいかない。だから真正面から立ち向かって困難を乗り越えて来た。

4月15日開幕4戦目、田中投手が登板した。2失点ながら完投し、勝利投手となった。

楽天の選手たちは、今やれることを精一杯やり、野球で被災地のみなさんを勇気づけようと頑張ってきた。4月29日仙台のホームゲームの開幕、5月1日現在、東北楽天イーグルスは3位につけている。

野球選手は野球をすることで、アーティストは自分たちの音楽で、アスリートはそれぞれの競技を精一杯頑張る姿勢をしめすことで、諦めない気持ちの大切さと、夢と希望を与えて来た。これからも、その姿勢に変わりはない。

被災者とそうでない人が一体となり、共に将来に向けて行動をしていく。自分なりに出来ることを、出来る場所でやればいい。

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