ボクらの時代 西川きよし×天童よしみ×ピーター

共に芸能界を長く生きてきた3人のベテランが、
幾多経験してきたことを、
今も含めて語り合う。

フジTV「ボクらの時代」
西川きよし、漫才界の大御所、相方やすしと「やす・きよ」で、
一世を風靡、やすしが亡くなったあと一人で司会などバラエティ番組で活躍。
芸能生活46年

天童よしみ、15才で歌手としてデビュー97年より紅白連続出場、
芸能生活37年

ピーター、地唄舞吉村流の家元の息子として生まれる。
中性的魅力で歌手としてデビュー、芸能生活40年

西川とピーターは、互いに「きーぼう」「ピー」と呼び合う仲。
天童とピーターは、37年前レッスン場が同じであった。

3人ともに大阪育ちである。

関西はうどん、関東はそばと、
大阪そだちの3人は、「うどん」が好きである。

顔の特徴が、笑いに繋がるお笑いの世界。
西川は、目の大きなことが特徴となっている。

ピーターは、男女と言われたのが、
今は、それが商売になっているという。

西川は、66年に当時吉本の売れっ子女優ヘレンと結婚。
ピーターと天童はともに未婚。

ピーターは、一人でいることが楽といい、
天童は、今とにかく仕事、結婚は考えられないそうだ。

ストレスをためないように、
ピーターは、時折爆発する。
そのあと海を見て、クールダウンする。

天童は、自分の出演番組を編集するのが楽しみ。
自分を振り返ることもできるのがいい。

今のお笑いの世界は、師匠がいないことが多い。
養成所出身者が多い。

ウエブでお笑いが見れ、
売れているのかそうでないのかわからないと、
ピーターはいう。

昔は、先輩後輩の関係が厳しかったようだ。

西川、若い頃のギャラは、月6000円、
当時サラリーマンの初任給が3万円ぐらいの時代。

歌手、俳優は売り出しの企画があるが、
お笑いにはなく、逆にそれをバネとした。

芸人は、出番の場所で序列がわかるとピーター。
昔は大部屋を経験、それも楽しい思い出として残る。
ヘヤーメイク、スタイリストのつかない時代だった。

それなりにみな個性的な歌手が多かった。

天童は、先輩と同じ色の衣装の時に、
クレームがつき、普段着で出た経験を話す。
今は、新人にたいし衣装の色にクレームをつけたりしない。

お笑いの位置が低く見られていた昔。
繋ぎ、色ものといわれていたと西川が語る。

前荷といわれていたこともあったと、
ピーターが明かす。

厳しい扱いを受けたことのある西川は、
今にみていろの精神でがんばってきた。

西川の相方の横山やすしは、51才の若さで亡くなった。
その横山を西川は、神経の細やかな人で、
男気の強い人間だったと振り返る。

ピーターは、父を亡くした後2年後続いて母を亡くしている。
天童も昨年父を亡くしている。

ピーターは、父が亡くなった時札幌でディナーショウをしていて、
終わってから父に会っている。芸人である父がその方を喜ぶと考えたから。

天童は、仕事より父が大事と思っていたが、
実際に父の死に目には会えなかった。
仕事をほおりだすわけには、いかなかったのである。

それなりの年令になり、
3人は、「死」というものを現実のものとして捉える。

死について話し合うこともなかった3人。
人の死を経験し、少しだけその準備もいると考えている。

長い芸能生活で修羅場をくぐってきた3人。
自分自身に厳しく生きてきた。
そして回りの人には、優しさを忘れていない。

一つ一つの話しに重みを感じさせる。
生きて行くのは、自分なんだと。

気さくに話す3人の鼎談、
人生を感じさせる楽しい語らいであった。

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