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zoom RSS サワコの朝 中井貴一

<<   作成日時 : 2012/06/30 10:54   >>

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今年、50歳になった俳優の中井貴一。昨晩もTVでみたが、気負いがなくていい人間だと感じた。その記憶が残ったまま、今朝の「サワコ野朝」に出演した中井をみて、彼の生い立ちからくる考え方にふれ、どのような年の重ね方をしてきたのかが伝わる内容だった。

1961年生まれの中井貴一。1981年に「連合艦隊」でスクリーンデビューし、中井の名を一躍有名にしたドラマ「ふぞろいの林檎たて」では、多感は大学生を演じ、一気にブレイクした。それ以来数々の映画・ドラマに出演し、存在感のある俳優となっていった。

今「がんばっている」と言う中井。それには、理由があった。3.11の大震災があってから、被災者でない自分ができることは、自分たちが頑張ることで、大げさに言えば、国力を上げていく以外にないと思えたからだ。

中井貴一の父は、亡くなった名優佐田啓二である。中井は、美男といわれた父佐田のルックスにコンプレックスをもっていた。「お父様は素敵な方でしたね」と何度も聞かされた。自分は、父に似ていない。父のような美男が俳優になるんであって、自分はそうではいからと、俳優になる気なんて全くなかった。

そして、父は、37歳でなくなったいるので、自分も37歳が一つの関門だと強く、37歳を意識してきた。それは、30歳を過ぎたころから、カウントダウンだと考えるようにもなった。だから、父の亡くなった年令を越えるまで結婚もしないと決めていた。それは、幼くして父が死んだ経験を持つ中井が、将来生まれてくるだろう子供に、同じ淋しい思いをさせたくないと考えたからでした。

父が亡くなり、父がいない環境を思い知らされた。中井が、友達の家でキャッチボールをしていて、ご販をご馳走になることになった。やがて、友達のお父さんが帰ってきて、封筒を差し出した。「今日は、豪華な食事だ」といった。その意味がわからなかった中井。「なんで」と疑問を友達にぶつけた中井。答えは「今日は、給料日じゃないか」といわれた。

その日、家に帰り、中井は母に父のいない中井家のお金の事情を尋ねた。そうすると、母は「お父さんが残してくれたお金の池からすこしずつ」という説明をきいた。それなら、やがてお金は無くなると思った。それ以来、中井は「無駄使い」は出来ないと覚悟を決めた。

最近、中井は、人によく見せようとは思わなくなった。余計な気を使わずに、自然体でいいんだと考えるようになった。やがて、和歌いながらも主役をはる俳優になった中井。その時、ある先輩に「主役は、どうして高いギャラをもらうかわかるか?いってみれば、座長のようなもの。自分の周りに入るにいる人たちに気配りをしないといけない。その役割に対して、高いギャラが払われているんであって、お前にはらわれているんじゃない」と厳しいひとことをもらった。

中井は、主役は助演するひとたちによって主役にしてもらっている。だから、主演男優賞は、助演男優に撮らせてもらったもの。自分で取れるのはむしろ助演男優賞だけだといいきった。

役を演じ分けをどうしている?

そんな質問に、中井は答えた。見た目は変わらないから、「心情」で体の動きも変わってくる。それから、中井が大切にしている考え方がある。「人生はユーモア」なんだという。普段の何気ない人の動作に、ユーモアを感じる。でも、それをそのままドラマでやるとわざとらしくなる。

そうならないように「心情」をもっていく。

年を重ねると涙もろくなるという説に中井は異論を唱えた。そうじゃないと。年を重ね、いろんな人生をつみかさねてきたからこそ、感性が養われ、涙となるんだといった。

本当に中井貴一は、魅力的な、存在感のある俳優になった。見ていて、全くしんどくない。培われた人間としての品性が豊かだ。これから、ますますも逃せない。

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