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須磨寺ものがたり

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ボクのら時代 貴乃花光貴×二宮清純×草野仁

2009/11/08 10:58
スポーツを熱く語る、
3人の男たちが、
相撲について鼎談をする。

フジTV「ボクらの時代」に、
元横綱貴乃花、貴乃花部屋の親方、
スポーツ全般に見識を示すスポ−ツジャーナリスト二宮清純、
元NHKアナウンサー、司会業を務める草野仁の、
3人が登場した。

草野は、トレーニングを日課として、
体を鍛えている。60才を超えてもッチョとして有名である。

貴乃花は、今でも股割りを含め、
体の柔軟体操を含め日課として体を動かす。

二宮の時代は、誰でも相撲を取った経験があるが、
今の時代では、相撲を取ったことがない人がいると嘆く。

今のモンゴル力士全盛を見て、
体の大きさだけではなく、
千代の富士のような筋肉質の力士が現れてほしいと草野はいう。

貴乃花は、理にかなった体型が力士にもとめられうと考えている。
草野も同意する、相撲の様式美が大事なんだと。

体力を維持するために現役時代は、
食べることも仕事のうちだったと、貴乃花がもらす。

現役引退をして、激やせと言われたが、
体調管理のためにやせたという。

二宮が現役時代に貴乃花へのインタビューで、
貴乃花が早く老人になりたいといった言葉を聞き、
いかに過酷な環境で相撲をとっているかを悟った。

人生を凝縮した相撲の世界、
体を酷使してきたことがうかがえる。

武蔵丸との一戦の時も、膝にボールが入っているようだったと、
いかに体を酷使して相撲をとっていたかを、貴乃花が語った。

貴乃花が育った花田家は、
とにかく厳しく、食事の時に家族会議があり父から厳しくしつけられていた。
子供としてではなく、弟子として見ていると言われた。

親子鷹の世界、野球の原監督もそう。

草野にとっても、父は厳しい人だったが、
自分の側に立って考えてくれる優しさをもっていたという。

貴乃花がは、普段から子供のしつけは厳しい。
自分の荷物は自分でもたせ、靴の整頓にもうるさい。
体で覚えさせ、しみこませる必要があるという。

貴乃花の兄との確執問題は、
相撲の技がそれぞれ違うように、
人それぞれ考え方が違う。

その考え方の違いだけの問題だと説明する。

とかく厳しいと言わる相撲の世界について。

相撲界は仲好しの集まりではない
厳しさが何より大事、、
サザエさんの世界とは違うと、二宮がいう。

貴乃花がは、人を無言で守るべきという。

二宮は貴乃花を評して、相撲原理主義者と、
笑いながら言う。

弟子の育成について貴乃花は、
同じことを繰り返しいう。
わかるまでてとことんいう。

日常生活を中心に鍛える。

ガッツポーズについていろんな考えがある。
二宮は、残心が大事、相撲だけではなく、
剣道の世界でもいえるんだと。

ガッツポーズに疑問を投げかける。

貴乃花は、勝ったものこそ潔ぎ良さが求めらると、
厳しい態度を示す。

相撲道は文化である、
外国人力士は、それを理解すべきたと、
二宮は、力説する。

巡業も含めて大事な公益事業なんだと。

貴乃花が興味ある発言をする。
理事会を公開制にして、
みんなにわかりやすくしてはどうかと。

今一度相撲の原点に立ち返ること、
そんな思いが3人に共通している。

人としての生き方をスポーツを通して、
語り合った3人、
互いを認め合ったいい鼎談であった。
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朝からユンボが

2009/11/07 09:55
朝からユンボが店の前で、
穴掘り作業をしていて、
何かと落ち着かない。

今、須磨寺前商店街の防犯灯の、
保全、修理のための工事をやっている。

以前、一本の防犯灯が折れそうになっていた。
本当にちょっと軽く押しただけで、
ぐらっときたのには、びっくりした。

早速、その一本は取り除き、
事なきを得たのですが、
そのついでに他も調べてもらった。

40本ほどある防犯灯は、
大なり小なり、修理の必要がある。

外から見ていたのではわからない、
中の具合を業者の人がハンマーでたたき、
その音で中の腐食具合を判断していく。

現実に掘り起こしたのを見ると、
相当腐食が進み、
ほっておくと危険度が増す。

私たち素人目には、
大丈夫そうに見えるものが、
実はそうではないことがわかる。

安心、安全にお買いものをしていただくために、
商店街として不安材料は、事前に取り除かねばならない。

放置したままだと、
ますます防犯灯がいたむ。

ここは、プロフェッショナルな皆さんにお任せするしかない。

防犯灯を叩くハンマーの反響音が、
私の耳に届いていた。

あの音は、何をいわんとしているのだろうか、
プロの人の耳には、
患者である防犯灯の訴えが聞こえるのだろう。

外科的処置を施さないと、
防犯灯は、元気を取り戻さない。

約3週間ほどで、
全部の工事が終わると聞いている。

しばらくの間は、工事の音が商店街に響く。
安全の確保のために、
皆さんの協力をお願いしています。

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おめでとう、松井秀喜!

2009/11/06 09:36
昨日から今朝にかけて、
ニューヨーク・ヤンキースの松井秀喜に関するニュースを、
幾度となく見たが、何度見てもいいものだ。

体が万全ではなく、
守備に不安が残るという理由で、
DHとなった今シーズン。

それでも、前半こそよくなかったが、
じょじょに調子をあげ、
いい成績をのこしたレギュラーシーズン。

ポストシーズンに入り、
特に世界一をかけたフィリーズとの闘いでは、
格段の勝負強さを発揮した。

終わってしまえば、
優勝を決めた昨日の試合野6打点を稼ぎ、
シリーズのMVPに、日本人として初めて選ばれた。

ヤンキースに入り、ワールドシリーズで勝ち、
世界一になるために今まで闘ってきた松井。

ヤンキースに入った年に、
ワールドシリーズに敗れ、
それ以来、ワールドシリーズに出ていない。

やっとの想いで、
勝ち取った世界一の座に、
松井は長かったですと率直に感想を述べた。

昨日の試合をTVでを見ていたが、
見いている私も含めて、
球場にいる人たちの興奮をよそに、
とうの松井はいたって冷静だった。

さも、自分の仕事をしているだけ、
そんなたんたんとした表情を見せていた。

今朝のみのもんたの「朝ズバ!」に出ていた、
コメンテーターの一人が松井について、
いい時もそうでないときも変わらない表情で対応しているのに、
尊敬の念をいだくと言ったいたのが、印象的だった。

常に前向きに捉え、
どんな時でもベストを尽くす松井。

来シーズン、ヤンキースとの契約がどうなるか注目されているが、
球団側は、明言を避けている。

ワールドシリーズの松井の活躍に対する評価はゆるぎないだろうが、
問題は、一年を通して戦力として、
松井をどう評価するかの問題がある。

来季について松井は、今朝のインタビューで、
あくまでも今後の話し合いで、
決めたいと、含みを残していた。

プロとして自分をどう評価し、
どれだけ必要とされているかを、
みきわめようとしているのだろうか。

プロである以上、トレードはつきもの、
松井のヤンキース残留を望むが、
どう松井が判断しようとそれを支持しよう。

松井ファンとして、一日でも長く大リーグで、
プレーしている姿を見たい。

松井の父親も言っていたが、
秀喜にとって最高の日であったと。

明日あたりにニューヨークに紙吹雪が舞うそうだが、
松井は、どんな思いで紙吹雪をあびるのだろうか。

松井のことだから、自分の中での割り切りを、
きっちりとつけ、来シーズンに臨むだろう。

それにしても、ここ一番で活躍できる松井は、
偉大な野球選手である。

インタビューに答える松井の冷静な態度に、
ある意味プロの厳しさを教えられる。

ゆっくりと体をやすめ、ケアーして、
また来年、活躍してくれることを望みます。

昨日は、本当にいい思いを松井にさせてもらった。
おめでとう、松井秀喜!
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銀幕のクライマー

2009/11/05 10:53
産経新聞に3日連続で、「銀幕のクライマー」と題し、
俳優・渡辺謙が、映画「沈まぬ太陽」を通し、
映画にかける思い、仕事に対する姿勢を語っている。

渡辺が出演作を選ぶ基準はの問いにこう答えている。
まず脚本や原作を読んで、
好奇心の針がマックスまで振り切れるかどうか。
触れたら「よし、これで行こう」と決まりです。
・・記事本文より引用

「沈まぬ太陽」については、
渡辺自ら原作者の山崎豊子に、
自分が演じたいと交渉し、了承を取り付けた。

渡辺の好奇心の針がマックスを指したのあろう。

渡辺は、負の歴史を分析、間違いを検証し、
どうすべきだったかを考えるべきだと訴える。

そのことは、映画「硫黄島からの手紙」を例にとり、、
本来は20,30年前に作っておくべきだったと、
主張している。

同じ思いで「沈まぬ太陽」は、
今作っておくべきと渡辺は思った。

不況にあえぐ現代の日本の現実に立ち向かうために、
この映画で「明日、もう少しがんばってみよう」と、
見た人に思ってほしいと、渡辺は考えた。

渡辺はこの記事の中で映画作品を弁当に例えている。
映画作品はそれぞれ、においも味も違う弁当のような存在だと思う。
実際にふたを開けてみなければ、においも味もわからない。
・・記事本文より

弁当の味、においがわからなければ人は映画を見に来ない。
渡辺の役割は、「においはこうですよ。味はこうですよ」と、
伝えることだという。

映画にとってプロモーションの大切さを知った渡辺、
来場者の誘致に力を注ぐ。

以前は、渡辺自身俳優として、
工場で働いているだけのものだったが
出来あがった商品(映画)をどう売るか、
マーケティングの重要性に気づきをえる。

渡辺にとって仕事の場は、
日本であろうと海外であろうと、
監督が誰であろうとそう問題にならないという。

現場、監督によって違って当たり前、
自分の拠点は仕事をする現場なんだと認識している。

渡辺がこう表現している。
「映画撮影を僕は山登りだととらえていています。
撮影現場にまずベースキャンプを張り、そこで最高のコンディションを出せる準備をし1,2ヵ月間、撮影を続ける。
それが終われば、次の現場に行き、そこにベースキャンプを張る。
その連続なんですよ。」
・・・記事本文より引用

渡辺の仕事に対する真摯な態度、
これだと思った作品は自ら動き原作者を説得、
自分の信念に従い、今伝えておかなばならないことに、
こだわりを見せ、映画作りに情熱を燃やす。

渡辺は、映画「バットマン」の次回作「インセプション」にレオナルド・デカプリオと共演することが決まっている。
今後も日本と海外を行ったり来たり、
今年すでに220日間海外で過ごしている。

渡辺の前向きな態度に、
勇気づけられる人も多いであろう。

いい年齢の重ね方をしていると感じる。
今一度、自分の足元を見つめなおしてみようと思う。
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レジュメ作りに入る

2009/11/04 10:28
今日は、寒さが和らぎ、
過ごしやすくなったが、
昨日は、本当に寒かった。

一週間後の水曜日、
商店街の定例会議がある。

そのためのレジュメ作りに入る。
先月の議題をチェック、
今月新たなテーマを加える。

レジュメ とは、フランス語で 要約という意味とある。
講演や研究会などで、紙
などに発表内容を簡潔にまとめたもの。
レジメ.ということも多い。

毎月のことながら、
神経を使う作業である。

毎月の定例会議で、
商店街の方向性や将来についての話し合いがあり、
イベントも含め活動内容が検討される。

レジュメを作るのに、
いつも頭を悩ますのが、
当日の議題の選択である。

しかも、何を討論しようとしているか、
会合に参加する役員の人たちに、
理解を得なければならないからです。

簡潔に伝えることは、
逆に大変難しい。
手短に表現し、内容がしっかりと伝わる必要がある。

ちょっと難しいことに、
チャレンジし続けることが、
アンチエイジングに繋がる。

脳の活性化に、
物を考え、それを記していくというのは、
大変いいことだと思う。

しかし、何度やっても慣れるということがない。
毎回、新たな緊張感に包まれて、
レジュメを作成する。

さて、がんばってレジュメを作りますか。





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4人の一日弟子の一人が

2009/11/03 10:53
顔なじみになった子供たちが、
4人そろって弊店にやってきた。

みんなにこにこしながら、
最初に店に来た時の緊張した表情とは違い、
親近感がました感じがする。

「西須磨マイスターをさがそう」で、
弊店「茶の森園」に弟子入りにきた、
西須磨小学校の3年生の子供たちである。

その時の、お礼にと感謝の気持ちを表した手紙を、
4通持参し、4人そろって大きな声で、
「この間は、有難うございました」と、元気よくいった。

たった1時間ほどの間だったが、
子供たちは、熱心に私の話しを聞いてくれた。

そのことがよく伝わる内容が、
手紙に書かれてあった。

お茶の歴史、効能、種類、
お茶の入れ方など、
教えたことをしっかりと掴んでいた。

ペットボトルのお茶がお茶と思われないように、
茶葉でいれるお茶の美味しさを、
子供のころから経験し、覚えていてほしいと願う。

そんな思いも、子供たちに伝播したようで、
私の弟子となったこどもたちは、
私の想いを理解してくれたようだ。

「お茶が大好きです」と書いてあるのを見て、
思わずにっこりとしてしまった。

これからもずっと長生きをして、
お茶屋さんを続けてくださいと、
エールを送ってくれた。

4人の一日弟子の一人が、
こう書いてくれていました。
「私もお茶屋さんになろうかなあー」と、
すこし思いました。

嬉しいですね、少しでもそう思ってくれたら。

帰り際に子供たちが、
「お茶を買いに来ます」と、
元気よく言ってくれた。

子供たちが帰った後、
担当の先生がこられ、
こどたちが、学校で弟子入り体験を楽しそうに話していたと、
お礼かたがた報告をしてくださった。

短い時間ながら、
一生懸命話しをさせてもらった甲斐があるというもの。

私の弟子が、これでまた今年4人増えた。
勉強も遊びも一生懸命に頑張ってほしい。

また、来年「西須磨マイスターをさがそう」で、
新たな弟子をむか入れることを楽しみにしたい。

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<優しい気持ちが一杯詰まった手紙>

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程よい飴色になる

2009/11/02 12:19
昨日の雨には、
翻弄されっぱなしだった。
お陰でイベントの片づけが今日に持ち越しとなる。

今日は、風がやたらと強く吹いている。
雨のあと、寒くなると言っていたが、
その通りになってきた。

来週の日曜日「須磨かるた大会」があり、
その準備の最終チェックにはいる。
まだ、まだ気の抜けない一週間が続く。

久しぶりにあるお寺からの注文をいただいたので、
ほうじ茶の準備を今日から始めます。

今日と明日の二日に分けて、
かりがね茶を焙じます。

この作業をすると、
道行く人が、「ああ、いい匂い」と、
言って通って行く。

秋が深まり、
あったかいお茶が恋しくなる季節。

少し気温が下がってきたので、
焙煎に幾分か時間がかかるようになる。

5キロのほうじ茶をするのに、
40分ぐらいかかるだろう。

焙煎が済むと、
ほうじ茶を冷ましてやる。

すぐに袋ずめをすると、
ほうじ茶が落ち着いていないので、
十分に冷ましてからにする。

緑茶の緑が、程よい飴色になる。

たっぷりのほうじ茶を急須に入れ、
熱いお湯を注ぎ入れる。

おいしいほうじ茶の香りが、
体を温めてくれる。

ひと雨ごとに季節は、
秋の深まりをみせる。

ほうじ茶が美味しく感じる季節となる。




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無情の雨が降ってきた

2009/11/01 15:04
朝6時に起き、空を見る。
雨はまだふっていない。
このぶんだと「須磨寺楽市」は開催できる。

その後、7時過ぎに商店街にでてみると、
楽市に出店する人が、
すでに一組準備にかかっていた。

予定開始時間は、10時からだというのに。

今日の天気予報は、午前中は何とか雨はなし。
昼前後から雨という予報であった。

とりあえず、次々にフリマに出店する人が、
やってきて、荷降ろしをし、
フリマの準備に追われる。

9時ごろから来場者のかたも見え、
早いブースでは、
めぼしいものをゲットした人がいる。

10時前に新鮮野菜の即売が始まるや、
騒然としあっという間に、
野菜は完売状態。

そのあと、餅つきをし、
その餅を求めて長い行列が出来たいた。

気になる空をみると、
雲が重たく空を覆い、
いつ降ってもおかしくない空となる。

はたして、天気予報通り、
無情の雨が降ってきた。

あとせめて2時間ほど持ってほしいと思ったが、
その願いが天には届かず、
須磨寺は、雨となった。

ブースを出している人たちが、
慌てて片づけにはいる。

雨の降るのは、予定としてあったので、
皆さん、「しょうがないね」と、
言いながら手早く片づけていた。

「残念ですね」と声をかけると、
「いいえ、しかたありません。
ここにこれてよかったです。」と、
有難うの言葉をもらった。

天気には勝てず、
片づけの終わった出店者の人たちが、
車に荷物をつみ、帰っていく。

とりあえず、なんとか開催でき、
2時間余りだが。
何とか第17回須磨寺楽市をお開きとできた。

あいにくの天気の中、
フリマに参加していただいた方、
来場されたひとたちに感謝申し上げます。

また、次回の「須磨寺楽市」に、
お会いできるのをl楽しみにしています。

関係者のみなさん、お疲れ様でした!

第17回須磨寺楽市
(この写真のあと12時前から雨となりました)

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脳のフォルダに整頓

2009/10/31 10:37
明日は、いよいよ「須磨寺楽市」、
さてお天気の方は、どうだろうか?

ピンポイント予報では、午前中は大丈夫のようだ。
午後からいつ降り出すかが問題。

何とか開催にこぎつけられそう。

今晩に準備をし、
明日の朝早くから当日やる設えを設置する。

まだやることが、たくさん残っている。
自分の頭の中を整理しながら、
脳のフォルダに整頓をしていく。

17回目を迎える「須磨寺楽市」は、
毎回大勢のひとに楽しんでもらっている。

商店街の空きスペースに、
60以上のフリマが出店します。

何かめぼしいものはないかと、
来場者のみなさんは、
商店街探訪を始める。

近くの女子大の学生も応援にかけつけてくれ、
子供たち相手に、ゲームをやってくれる。

大道芸のピエロのバルーンアートは、
子供たちに大人気。

笑顔を沢山見れることを、
楽しみにしています。

まだ、まだやるべきことが残っている。
やり残しのないように、
楽市の準備をしていこう。

お天気なんとか持ちますように!

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笑っている店

2009/10/30 09:43
ある日の朝、
店のシャッターを開けると、
見覚えのある地域限定のエリアマガジンが入っていた。

「ぷらっと」という名前の地域限定のマガジンである。

何気なく手にとり、
しばらくそのままにしていた。

家内がこの雑誌に、
ちょっと面白い記事が、
書いてあると、私にみせた。

その記事は、
「阪本啓一の商店街物語」と題し、
繁盛店について書かれてあるものだった。

「笑っている店」?
何のことを言おうとしているのか。

唐突ですが、皆さんのお店笑っていますか?
繁盛しているお店に共通していることは、
店に一歩入る前から、お店がウエルカムの空気をだしていることです。
・・記事本文より引用

ネットや通販が大きく業績を伸ばす中、
リアル店舗に何故人は、足を運び買い物にくるのか?

それは、「買い物の楽しさという経験も買う」、
と書かれてあり、
それを支えるのも笑顔だということです。

さらに、忙しい時こそ笑顔を忘れないように、
注意をうながしている。

昨日もTVを見ていて、
女性のインストラクターが出てきて、
「接遇」について説いていた。

ここでのポイントも、
心のこもった言葉をかけ、
笑顔をみせるというものだった。

その女性は、最近よくTVに出るひとで、
神戸に住み、全国を講師として飛び回っている人です。

さて、弊店はどうだろうか?
その前に、笑顔というと、
向かえの店の奥さんがいつも笑顔なのである。

それを見ながら、
あれでないといけないよなあと、
常に感心している。

笑っている店であるために、
弊店のように夫婦二人でやっている店では、
二人が仲良くやっているのが一番なのです。

むずかしい顔をしていたら、
お客様は入ってきてくれません。

最もコストのかからない、
笑顔でいることが、
一番大切な繁盛のポイント。

健康も大事ですね。
どこかが気になるようだと、
不安が顔に出ます。

口角をあげて、
笑顔でお客様をお迎えする。

基本が大事ですね。





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こうなると後は神だのみ

2009/10/29 11:06
「いいお天気が続きますね」と、
お客さんからの問いかけに、
「ええ、そうですね」と答えるが、
心ここにあらずの状態である。

その理由は、今度の日曜日のお天気が、
大変気になっていているからです。

11月1日(日)は、「須磨寺楽市」という、
フリマが開催されます。

毎回、多くの方が楽しんでいただいている、
須磨寺前商店街の恒例のイベントです。

週間予報では、次の日曜日は、
曇り一時雨とあり、
降水確率70%となっている。

一番の難敵が雨。
どの時点で、雨が降るか否かである。

開催が中止かの決断を、
何時の時点でするかの打ち合わせをする。

朝6時半には、商店街のHPに、
掲載することにしている。

約70程のブースが既に埋まり、
当日の天気待ちである。

せっかく出店される方をがっかりさせないように、
出来るだけ開催にこぎつけたいが、
何しろ雨には勝てない。

まあ、こうなると後は神だのみ。

毎日、地域のピンポイント予報を気にしながら、
雨マークが消えるのを望んでいる。

天気に関係なく事前の準備だけは、
怠りなくやらなければならない。

前日と当日の朝早くに、
準備が待っている。

やれることだけは、しっかりとやっておこう。




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ホームドクター

2009/10/28 11:09
昨日のNHKプロフェッショナル仕事の流儀、
「いい人生やった、その一言のために」
診療医師中村伸一のアンコール放送を見た。

今年の1月13日に放送された時にも、
見たのですが、
その時のことを思い出し、
再度見ようと思った。

中村の地域医療にかける思いを見ていて、
私は、自分自身の主治医であるO先生を思い浮かべる。

もともと外科医であるO先生は、
地域医療、在宅医療に力を入れたいという思いから、
独立、開業されました。

特に力を入れておられるのが、
在宅医療です。

そのために日頃から、
よく往診に出かけられています。

診療時間外でも電話をすると、
必ずO先生の携帯に転送され、
対応してくださいます。

最近では、自宅で最期を迎えたいと思う人も増え、
そういう人達のためにO先生は、
医療活動に励んでおられます。

高齢化が進むなか、
TVでも紹介されていたように、
老老介護が増えてきています。

私のご近所にも、
そういった環境にあるご夫婦をみかけます。

決して、人ごとではない現実があります。

そんな時に、やはり頼りになるのが、
プロフェッショナルに登場した、
中村先生のような存在の医師がいることである。

私どものホームドクターO先生も、
地域に根差し、
活躍されております。

また、地域活動にも積極的に関わり、
地域の皆さんの信頼も厚い方です。

そういう先生が身近にいることの、
安心感は、何ごとにも代えがたいものです。

プロフェッショナルに出られた中村先生の「病気を見るのではない、人を診る」、
患者と向きあう姿勢がよく現れた表現である。

お互い様の精神の大切さも、
中村先生によって、
再認識する。

普段の生活の中で、
リハビリ中の年配の方に、
声かけをするだけで、
その方は、にっこりと嬉しそうな顔を見せる。

お互い様の精神は、
日常生活で忘れられがち。

一人で生活をしているのではない、
大なり小なり人と関わりのなかで生きている。

昨日のNHKプろフェッショナルを見ていて、
身近な医療体制が充実していることが、
大切であることを痛感する。

私にとって、
ホームドクターがいかに大切な存在であるかを、
再認識させてもらった。




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わあ、いい匂いする

2009/10/27 13:24
「おはようございます!」と、元気な声で、
西須磨小学校の3年生の児童4人が、
弊店に入ってきた。

今日は、私がマイスターとして、
子供たちにお茶のことについて、
レクチャーをすることになっている。

小学校の地域学習の一つとして、
地域の商店街や、
スーパーに出かけ勉強をしようというもの。

かねてより、予定されていたので、
説明の手順を一応考えていたが、
もう始まってしまえば、
その時に、思いついたように話す。

台本通りに話しても、
臨場感が子供たちに伝えられないので、
子供たちの反応を見ながら話題を考える。

お茶の種類、効能、歴史と、
一通りの説明をし、
具体的に茶葉を見せる。

匂いを嗅ぎ、触って、
飲んで、食べてとやってもらう。

「わあ、いい匂いする!」と、
女の子が、きらきらと目を輝かせながらいうと、、
他の児童たちも、「ほんまや」と、反応する。

子供たちの目の前で、
お茶の入れ方を教える。

それを見ていた子供たちは、
一度に一つの器に入れてまわずに、
順番に4つに分け入れる点に、感心を示していた。

一つ、一つの私の説明に、
真剣に聞き入って、
解らないことは、質問をしてくる。

数あるお店の中から、
子供たちの考えで、
弊店を選んでくれたことに感謝している。

お茶に興味をいだいている子供が、
現実にいるのがわかり、
ほっとするのと同時に嬉しくもある。

茶離れといわれて久しい現状なので、
この子供のように、
少しでもお茶に関心を示してくれるを望みます。

こどもを相手に話しをするのは、
思いの他、難しい。

わかりやすく、丁寧に、
ゆっくりと話しをし、
しかも内容はレベルを下げないようにるため。

みんな、私の話しを真剣に聞いてくれた。
子供たちも、普段の教室を離れ、
地域学習という違う場面を経験できて満足げであった。

「今度、おばあちゃんと一緒に来よう」と、
友達どおしで話しているのが聞こえる。

子供たちに元気を一杯もらい、
子供たちにお茶のことを沢山しってもらった。

また、来年「西須磨マイスター」として、
子供たちの興味の対称となるように、
これからも頑張っていきたい。

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勉強にやってきた子供たち
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忘れていることはないかな

2009/10/26 09:40
午後から、須磨歴史倶楽部のN先生、
歴史倶楽部のメンバーのNさんのお二人と一緒に、須磨寺に向かう。

日曜日の午後ということもあり、
境内には、お参りの人が多くみられた。

11月8日の「須磨かるた大会」の会場の下見のために、
お寺のNさんのご案内をうけ、
客殿を開けていただく。

昨日は、3人のNさんとご一緒となった。

普段は、閉じられている門を開け、
中に入り、電気がつけられる。

何とも言えない緊張感が漂う。
静けさがそうさせるのだろう。

いろいろな設えの場所、
用意をお願いするものの確認と、
去年の現場の写真を見ながら打ち合わせをする。

今回で3回目となる「須磨かるた大会」、
準備の怠りのないように、
入念に打ち合わせをした。

須磨寺さんのご好意で、
会場となる場所の提供をいただく。

当日の各賞の内容ももう一度チェック、
そして表彰状の依頼をする。

1位、2位、3位(2名)の計4枚。
それぞれに、副賞と盾も贈られる。

それらの手配の確認もする。

もう、忘れていることはないかな?
今一度昨年の記録をみて、
確認をしておこう。

その前に「須磨寺楽市」がある。
今週は、そのための準備に追われる。

週間予報では、次の日曜日は晴れのよう。
大勢の人で賑わうことをイメージする。

何度経験してもやり残しがあるようで、
当日がくるまで落ち着かない。

テンションをあげ、
準備を怠らず、
これからのイベントに備えよう。

久しぶりの雨となった今朝、
ひと雨ごとに秋は深まっていく。
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ボクらの時代 平尾昌晃×ミッキーカーチス×山下敬二郎

2009/10/25 11:26
ロカビリー3人男と呼ばれ、
ともに70才を超え今も現役でがんばる男、
その男たちの遠慮のない語らいが繰り広げられる。

フジTV「ボクらの時代」、
昭和12年生まれ、作曲家であり、自らも歌う平尾昌晃(71)、
昭和13年生まれ、プロデュース、歌手、役者といろんなジャンルで活躍するミッキーカーチス(71)、
昭和14年生まれ、歌手、山下敬二郎
3人の男たちが出演。

平尾とミッキーは、高校時代から音楽をやっていて、
3人の中では、山下が一番遅く仲間入りしている。
仲間でありライバルであり、生涯青春の3人である。

山下は、当時から平尾とミッキーはカラーを出していたと、
評価している。自分は、しがみつき、盗みどりをし、
かっこをつけ、50年やってきたという。

第1回ウエスタンカーニバルが、昭和33年2月8日に開かれた。
ウエスタン全盛の中で、ロカビリーをやっていた3人の男。

ミッキーは、米軍キャンプで歌っていた。
カントリーがうけていた。
平尾も修行をしていた。

当時は、都会的なものはうけなかったと平尾はいう。

ミッキーは、英語が喋れなかった。
米軍のキャンプで習った。

山下は、英語は少しだけ、
発音がいいと外人に褒められた。

平尾、ミッキーとも、ヒヤリングには自身を持ち、
発音の勉強をしていた。

昭和30年、40年とジャズ喫茶時代。
そこで、新しい音楽が生まれ、若手の修行の場でもあった。

山下いわく、当時客が退屈していた。
他に楽しみ事の少ない時代だったから。
ミッキーも、同様の感想をもつ。

当時、「音楽暴走族」と呼ばれていたと、
ミッキーが語る。

3人共に、細い体に鞭打ち、
仕事に遊びにと頑張っていた。

ミッキーは、早くから歌、司会、いろんな事をやっていた。
平尾は、作曲をし映画に出ていた。

当時ヒットソングが少なく、
人のやらない曲をさがしてミッキー。

「ダイアナ」とう曲で、平尾と山下がぶつかり、
平尾は、山下にやられたと思った。

それから、平尾は歌謡曲を歌う。
山下は、舶来の音楽しかないと思い、
歌謡曲はやらなかった。

ロカビリーは、2年ほどしかやっていなかったと、
ミッキーは、話す。

平尾は、歌が売れなくてやめようと思った時もあったようだ。
水商売に憧れ、皿洗いもしたと当時を振り返る。

ミッキーは、自分の転機として、海外に出ることにした。
当時名前だけが先行し、自分を見失いかけていた。
海外で一からやろうと「サムライ」というバンドでヨーロッパで活動していた。

海外で受けている音楽をやっていたが、
オリジナルをやるようになって受けず、
食べれなくなったミッキー、ホームレス状態も経験した。

それでもロンドンでプロデュースを経験し、
日本に帰ってきて、「ガロ」や「キャロル」をプロデュースしている。

山下は、平尾、ミッキーの活動に刺激をうけ、
奮起出来たと話す。
自分にとっては、ライバル、親友以上の存在が二人だという。

青春は若い人だけのものではない。
2009年9月23日蘇るウエスタンカーニバル」を、
大阪で開催した。

出演者も、来場したお客たちもともに元気をもらった。

50年の歳月が、流れた今、
昔ばかりを客がもとめているのではなく、
今のものを出す、そういう山下。

なつかしさだけではないと、平尾も同調する。

3人ともに若い人と仕事をし、
交わることで気持ちが若くなるという。

山下は、今も自分の音楽は古くないと自信をのぞかせる。
自分から若いひとに降りて行くことなく、
今も昔もあやすと表現する。

みんなうまくなったと、ミッキーが感慨深げにいう。
当時は、歌わされていた感があったようだ。

今は、歌いたくて歌っていると、
現在の心境をのべる平尾。

生涯現役であることの素晴らしさ、楽しさを、
自ら体験し、我々に示してくれる。

音楽をこよなく愛する3人にとって、
生涯、青春だと胸を張っている姿は、
若々しく、見ていて気持ちがいい。





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俳句の旅

2009/10/24 11:49
今朝は、商店街の通りを、
小さなノートを手にした人が、
30人以上はいたでしょうか、歩いていた。

この人たちは、どんなグループで、
何をしに来たのか確かめてみることにした。

弊店の前に立ち止った人に、
「俳句の会ですか?」と尋ねると、
「そうです。須磨寺は俳句の会では有名なんです」と、
答えが返ってきた。

その通りで、今日の人たち以外にも、
季節おりおりに、
ノート片手に俳句のヒントを探しているひとが、
よく見かけられる。

ここ須磨寺には、多くの句碑、歌碑があります。

須磨寺本坊の源平の庭に、
蕪村の句碑がある。

笛の音に 波もよりくる 須磨の秋

そして、櫻壽院には、正岡子規の句碑がある。
暁や 白帆過ぎゆく 蚊帳の外

それ以外にも、山本周五郎の「須磨寺付近」の舞台にもなり、
周五郎の文碑もある。

松尾芭蕉の句碑として、
須磨寺や ふかぬ笛吹く 木下闇
と、書かれた句碑が須磨寺本坊にある。

俳句に興味のあるかたにとっては、
格好の舞台が須磨寺付近といえます。

外から来た人によって、
再び自分たちの住いするところが、
多くの人に愛されていることを確認する。

ひとひねり、ふたひねりしながら、
はたしてどんな名句が出来るのやら。

みなさんは、楽しそうに俳句の旅をする。



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やや緊張気味ながら

2009/10/23 15:14
[こんにちわ?」と、
元気な声が店先でするので出てみると、
おそろいの赤い帽子をかぶった子供たちが立っている。

学校名と名前を名乗り、
代表と思われる児童が、
用件を話しだす。

「西須磨マイスターをさがそう」で、
弊店を訪問することのお願いにきたという。

子供たちの体験学習の一つにと、
以前、先生が来られ話しを聞いていたものでした。

子供たちは、やや緊張気味ながら、
慣れない丁寧な言葉を使いながら、
ちゃんと挨拶が出来た。

小学校3年生であれだけしっかりとしているなんて、
家内ともども関心をしております。

「西須磨マイスターをさがそう」は、
今回で3年目を迎えると思う。

過去、二度やはり子供たちがやってきて、
わたしなりに、お茶のこと、
普段やっていることを話した。

子供たちは、真剣に話しを聞いてくるので、
迂闊なことは、言えません。

解りやすく、
しかも内容はしっかりとしたものでないといけない。

来週に向けて、もう一度私なりに、
子供たちに話すことを整理しておこう。

毎回、いい緊張感を味あわせてもらう。
去年は、どう話したのかと思い出しながら。

手書きのかわいいイラストの入った、
挨拶状をこどもたちから受け取った。

しっかりと挨拶をして、
4人の児童たちは、帰って行った。

店の外には、先生が立っていて、
子供たちの様子をみていた。

ご苦労様です、先生。

西須磨マイスターに恥じないように、
がんばります。

来週、会えるのを楽しみにしています。

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気持ちのこもった手書きの挨拶状
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今日のスケジュールはと

2009/10/22 10:34
目と目を合わせる、
おしゃべりは、
アンチエイジングになると習ったばかり。

昨日、久しぶりの友達と、
私たち夫婦の3人で、
夕食を共にしながら鼎談を楽しんだ。

屈託のない会話、
笑顔が自然と出てくる。

話しをしながら、
前の日のNHKプロフェッショナルの、
脳活用スペッシャルを思い出していた。

こんな時に、目を見てはなすんだ、
そう笑って、なんて考えながら。

早速、実践してみた。

身近な日常生活の中に、
手軽に活用できる方法がある。

愉快な会話から生まれる、
笑いじわもいいものである。

アンチエイジングかあ、
と心のなかで呟きながら。

朝からマリスト国際学校に配達に行く。
元気なこどもたちが、
「おはようございます」と声をかけてくれる。

子供たちに元気をもらった。

さてさて、今日のスケジュールはと、
思い出す。

あれと、これとをやって。
脳の活性化をはかる。


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プロに学べ!脳活用スペッシャル 脳の老化をぶっ飛ばせ

2009/10/21 10:02
NHKプロフェッショナル、
「プロに学べ!脳活用スペッシャル 
脳の老化をぶっ飛ばせ」を楽しみに見る。

脳の老化は、気になるところ。
どうすれば、少しでも緩和できるのか興味深々。
はたして、どんなことに気をつければいいのでしょうか?

脳科学者の茂木健一郎さんが、
わかりやすく解説をする。

お懲りっぽい、物忘れ、集中力低下、おっくう、
これらが、脳の老化をしめす信号。

ポイントは、チャレンジすること。

脳の老化は、脳の委縮から、
1000億の神経細胞のネットワークが、
スムーズにいかなくなる。

では、どうすればいいのか?
すし職人の小野次郎(83)を参考にする。
習性が脳をつくるので、
適度に体を動かすのがいい。

次に指先を使う。
そうすると脳を幅広く刺激することになる。

細々としたことを人任せにしないで、
自分でやるのもよし。

例えば、家事。家事は、段取り、手順を考え、
脳をフルに使う。
脳を鍛える、普段やっていないことをやってみる。

建築家の伊藤豊雄(68)は、
常に新しいことに挑戦しつづける。
新しいことは、脳の大好物。

それも、ちょっと難しい程度がいい。

おしゃべりもいいようですね。
会話することが、前頭前野を刺激する。
その際、目と目を合わせるのがポイント。

そして、伊藤は若々しいスタイルで、
ファッションにも気を配る。
気持ちが前向きになる。

これは、私も実践していて共感できる。

口にする言葉、楽しい、好き。
好きなことをとことん楽しむ、それが記憶力アップに繋がる。
仕事も遊びも。

脳は、なまけものなので、
好きなものをすると本気モードになる。

脳のエンジンは、感性の回路。
アクティブになる、めんどうでもやるのがいい。

脳の回路は、筋肉と同じで、
使えば使うほどよい。

忘れることがうまい人、
切り替えが早い人は、若々しくいられる。

脳は、未来に向かう時、白紙になれる。
自分との対話を通し、工夫すること。

会話がいかに大事かが、
スタジオで脳の変化を色に示し、
解りやすく示された。

私は、家内ともどもアンチエイジングには、
大変関心が高い。

自分でやる事は、ちょっと難しい課題に挑戦すること。
苦手なことにもチャレンジする。

そして、何よりも夫婦仲良く、
日頃から会話を交わすようにすること。
互いで支え合うことも老化を防ぐことになる。

諦めずに前を向いて生きる。
脳は、オープンエンドですから。

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マインドシェア

2009/10/20 10:53
神戸といえば洋菓子、
その中で、バームクーヘンで有名な「ユーハイム」は、
今年創業100年を迎えた。

今朝の産経新聞にその関連の記事が載っており、
企業として次の100年を考えるとして、
その内容が紹介されている。

「東京はベストセラーを生むが、
神戸は、ロングセラーを育てる。
神戸の消費者は舌も目もこえ、品質に厳しい。
本当にいいものを出さなければだめ。
神戸で鍛えられてこそ新たな定番商品が生まれる。
・・産経新聞記事より引用

弊店も緑茶を扱う専門店として、
大いに共感する意見である。
神戸のお客さんは、厳しいと日頃から感じる。

定番商品を作るのは、簡単ではない。
とにかく時間をようする。

10年以上売れ続ける商品は本当に少ない。
弊店も健康茶類を販売しているが、
ベストセラーは確かにブームにのってあったが、
その商品は、今や定番の商品ではなくなっている。

そんな中で、弊店で定番商品として、
変わらず売れているものに、
「須磨寺の健康茶」がある。

もうかれこれ30年以上変わらず、
お客様に支持をいただいている。

地味な存在ながら、
多くのリピーターに支えられている。

それも、お茶の味、品質の確かさが、
神戸のお客様に認められているからだと、
自負しております。

お客様のこころをどれだけ掴めるか、
それをマインドシェアと表現し、
そのことが大切だと、
記事にも書かれてある。

その点についても共感を覚える。
お客様の共感をえて初めて商品として、
認められたと言える。

マインドシェアは、地域活動においても、
キーワードとなる言葉。

みなさんの協力を得るためにも、
心を捉えるというのが、
非常に大切になってくる。

12月に開催する「智慧の道ウィーク」が、
皆さんの心をとらえ支持いだだけるように、
これから地道な活動が必要とされてくる。

一店舗ずつまわり協力の参加をよびかける。

智慧の道ウィークが、
イベントとして定番化するかどうかは、
マインドシェア出来るかどうかにかかっている。

さらなる努力を重ねていきたい。





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プレかるた会

2009/10/19 10:48
歌枕として有名な「須磨」は、昔から文人に愛された地であり、
その「須磨」を詠む歌ばかりを集めたのが、
「須磨かるた」です。

その「須磨かるた」を使ったかるた大会を、
11月8日(日)に、須磨寺本坊で開催しますが、
昨日は、そのための練習をかねて「プレかるた会」を行った。

会場となったのは、
須磨寺町自治会館の2階。

午後2時から開かれ、
練習に励みました。

全く初めての人にも、
楽しんでいただくために、
ゆっくりとしたペースで歌を詠んでいく。

初めは、札を取るのが難しいようですが、
時間がたつにつれ、
少しずつですがとれるようになる。

須磨歴史倶楽部のN先生の説明のあと、
いよいよ「プレかるた会」のはじまり、はじまり。

歌が詠み始められると、
一瞬会場に心地よい緊張感が流れる。

それまで和やかに話していた皆さんが、
真剣な表情に変わっていく。

「はい」という声で札が取れたのを確認。
4人ひと組で、誰かが上がれば終了します。

午後2時に始まったプレも、
約1時間を経過し、
二組ともに札を取り終え終了しました。

初めて参加してくれた、
子供たちも楽しかったと、
自分の取った札を自慢げにみせる。

まだ、本番までに会場の設営の打ち合わせ、
最終エントリーの確認とやることがある。

今のところ、選手の応募は、
予定数が見えるところまで来ている。

地味な存在である「須磨かるた」を、
少しでも知っていただき、
より須磨に親しんでいただければと思います。

来月の11月8日の「須磨かるた大会」は、
場所を自治会館から須磨寺本坊に移し、開催されます。

午後1時から開催予定です。
気軽に見学にお越しください。

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ボクらの時代 北島三郎×北山たけし×水町レイコ

2009/10/18 11:24
父と娘、そして新たに家族になった、
娘婿が家族、それぞれの人生について語り、
ほのぼのとした鼎談がひろがる。

フジTV「ボクらの時代」に、
歌手北島三郎、
そして北島の娘と結婚した歌手北山たけし、
娘の女優水町レイコが登場。

北島は娘が小さい頃は、忙しすぎて、
普通の親がするようなことを娘にしてやれていないという。

娘水町も、子供の頃父をTVでよく見ている人という印象がある。
授業参観に父が来てくれるのが自慢であった。
ただ、こわい父であったという記憶がある。

北山においても、北島はこわい存在だった。

水町は、勉強が出来なくて怒られてことはなかった。
北島は、頑張っている人は大事にするのが心情である。

北山は北島しかいないと思い、
21才で弟子入り、
住み込み生活をする。

ある時、北山が芝刈りをしていて、
事故にまきこまれ指を怪我する。

その介抱をしたのが、北島の娘さとこ、
後に北山の嫁になる人と近づくきっかけ。

北山は、北島の娘とつきあっていることを、
付き人時代ずっとだまっていた。

北島にとって娘、(さあちゃんと呼ばれている)は、
北島家にはなくてはならない存在。
だから、結婚していなくなると困る存在である。

北島は、娘を嫁にやりたくなったと思っていた。

北山の存在は、妻にとって、
4番目、一番は先生、次に犬たちなんだそうだ。
娘にとっては、父北島はかけがえのない存在。

独身である水町、結婚の相手について、
北山に意見を求める。

北山は、全てフィーリング、
この人だと思うことという。
結婚は、縁だと北島がいう。

北島の妻は、
若い頃住んでいた家の大家さんの娘が現在の奥さん。
何かと北島の世話を焼いてくれたのが、奥さんというわけ。

その奥さんと結婚しようと思ったのは、奥さんの一言。
万が一、一緒になり、北島が倒れても、
2,3年は私が食わしてやると妻の雅子がいったのが決め手。

母である雅子を、水町は家族の太陽だと表現する。
北島も妻の存在の大きさ、家族を守っているという状況をよく理解している。
そんな母に似ているのが、北山野嫁となったさと子である。

水町は北島に直してほしいことが有る。
それは、好き嫌いがあること。
体を大切にと思う、娘心である。

北山は、義父北島に直してほしいとことはなく、
いまのままでいいという。

北島が北山に対し、弟子出這入り、
学んで、プロになり、出会いがあり家族になったことに、
窮屈感を感じないかと心配している。

それに対し、北山は窮屈と思ったことはない。

北島自身も窮屈な義父でいたくないと思っている。
「親の背中を見る」もいいが、
それぞれの人生を歩みべきと北島は、考える。

ただ、人に指をさされたり、世間でとやかく言われなければ。

弟子であり、義理の息子となった北山、
家族の一員として溶け込み、
なおかつ以前同様北島を先生と仰ぐ。

水町は、娘として、
父を父としたい、芸能界の大先輩としての尊敬を父に持つ。

互いの関係がリスペクトでつながっている、
いい距離感の3人である。
温かな雰囲気の北島の家族の鼎談であった。
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玄街茶を作ります

2009/10/17 10:15
朝から抹茶を挽いています。
来週のお大師さんに向けての、
商品補充をするためです。

碾茶と呼ばる抹茶用の茶葉を、
石臼を機械で動かし、
ゆっくり時間をかけて挽きます。

今の時期で、
一時間に40グラムぐらいが挽けます。

8時間機械を動かして、
300グラムがやっとです。

手間暇がかかるのが、
抹茶です。
その分、少し単価は高いものになある。

涼しくなってきて、
たまに薄茶を一服いただきたいと、
抹茶を買いに来られるお客様が増えています。

日頃なにかとせわしく、
イライラしたりすることが多いい人こそ、
非日常を味わうことのできる抹茶の一服は格別なものが有ります。

抹茶の機械の動く音を聞きながら、
今日は、玄街茶を作ります。

緑茶と玄米の素である玄米をブレンドし、
弊店の配合比率に従い合わせます。

玄米茶は、熱いお湯を注いで飲むのがおいしい。
お湯を注ぐと、玄米のこうばしい香りがします。
お茶ずけにもうってつけのお茶です。

今日の作業手順を確認しながら、
来週のお大師さんに備えます。

天気予報によると来週も比較的いいお天気のよう。
須磨寺に大勢お参りにこられることでしょう。

月に一回の須磨寺のお大師さん、
またいつものお客様の笑顔にあえるのが楽しみです。

今日は、商店街の用事は一休み、
一日お茶に専念。

涼しくなって緑茶が美味しく感じられる季節。
多くの人に緑茶を味わっていただきたい。

緑茶はやはり急須で入れて飲むのが一番。
秋の夜長、緑茶をともに過ごすのもまたいいものです。

さあ、今日もひと頑張りしよう。
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福音となる電話

2009/10/16 10:00
電話が鳴ったのででてみると、
「K女子大の〜ですが」との声が聞こえてくる。
私にとって福音となる電話。

現在11月8日(金)に開かれる、
「須磨jかるた大会」に選手として、
参加してくれる人を募集しています。

今のところ、予定人数に達しておらず、
やきもきしているところである。

「かるた会」そのものが、
敷居が高いと捉えられているようで、
なかなか選手が集まらない。

ご近所にも声をかけ、
何名かの人の確保が見えている。

K女子大にも募集を出していて、
参加希望者は、私の所に電話連絡が来るようになっている。

昨日の、夕方店も終わろうとする頃に、
電話がなり何も考えずに電話をとっった。

「K女子大の〜ですが」という声。
待ってましたとちょっと興奮を覚える。

須磨かるた大会の選手の応募が伸び悩みだったので、
何とかそれに繋がればの想いが通じたのか。

はたして私の思いは、通じたようです。
参加者が2名増えました。

これで一歩前進、
予定数が少し見えてきた。

不安材料が少しずつだが、
薄れて行くのがわかる。

まだまだ選手の確保が必要。
諦めずにあちこちに声をかけます。

ぎりぎりまで努力を惜しまず、
それでも何とかなると、
自分に言い聞かせながら電話をまっている。


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智慧の輪くぐり

2009/10/15 10:02
昨日の茂木健一郎さんのブログ「クオリア日記」に、
「アハ体験」ならぬ、「あっ!体験」について書かれてあり、、
「う〜ん、なるほどあるある」と共感したのでした。

今、3つのイベントが進行していて、
その段取りに追れている。

何かをやっている時に、
ふいに「あっ!」と叫ぶ。

そんな時そばにいる家内が、
「ええ、また何?」と、
眉をひそめることもしばしば。

私の場合は、時系列通りではなく、
ランダムに同時的に思い出し、
自分の中で混乱、パニックになることも。

どうも、茂木さんのように、
うまく脳の整理ができないようだ。

ただそんな時間が長く続くわけではない。
どれか一つ、進むとちょっとほっとし、
また次に進める。

昨日も、定例の会合で、
年内のイベントの打ち合わせをしながら、
何度か「あっ!」とつぶやいた。

あれもいおう、これもいおうと、
準備していたにもかかわらず、
忘れてしまいがち。

別の話しをしていて、
ふと思い出したりする。

脳の整理整頓ができていないのかなあ?

話しは変わりますが、
12月のイベントで「智慧の輪くぐり」を、
商店街の一角に設置しようとなった。

その輪をくぐると、
合格への道につながるかもしれないという、
願いを込めている。

「智慧の道 合格ウィーク」に向け、
一つ前進する。

智慧の輪の材料となるわらは、
地域交流をしている神出町から、
提供していただく。

今年の12月は、昨年と違う顔で、
皆さんをお迎えできそうです。

そんな話をしながら、
昨日の定例の会合は終わった。

でも、私の「あっ!体験」は、
まだまだ続きます。
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守るのは、働く者の誇り 弁護士・村田浩治

2009/10/14 11:54
働くひとを守るために、
困難な闘いに挑み、
「勝つまで、死ねない」と、
日夜労働問題に立ち向かう一人の弁護士。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
ナニワの熱血弁護士、村田浩治が登場し、
弱い立場の人たちを守る日々を語る。

深刻化する雇用情勢で、
派遣切り、雇いどめなど、
雇用環境が悪化の一途をたどっている。

村田は、そういう人たちを救済するために、
全国でも数少ない「労働問題」を、
主に扱う弁護士である。

派遣切りに会った人からの相談に対し、
村田は、依頼者の話しを徹底的に聞き、
その中に見える事実にこだわり続ける。

第三者が聞いても正しいと思える事実を、
聞き取り、積み重ねていく。

村田は、「ゆるぎない事実を掘り起こす」、
そのことに執念を燃やす。

そして、違法事実を積み上げ、
労働局に申告し、企業に改善を求め、
または、裁判によって闘う。

正社員の女性も例外ではない。
経済環境の悪化を理由に、
自主退職をうながされ、いられないような雰囲気に追いやられる。

孤立無援、おれそうな気持ちでいる相談者。
村田は、親身に相談にのり、
自分もしんどいが負けられないと、
相談者の気持ちに寄り添う。

一度仕事を失ったひとが、
職場復帰するのは困難である。
まじめに働いてきた人を見捨てられない。

「全ての働く人は、尊ばれるべき」
と、村田は考える。

労働問題の弁護士活動は、
報酬麺でもいいとは言えないが、
一般的な離婚問題などを受け活動の原資にしている。

村田は町工場で生まれ育ち、
単純作業を懸命に働く父の姿を目にし、
その父も11才の時になくなった。

その後、村田の兄が継ぎ、村田も手伝った。
父のように地道に働く人が報われる社会をと、
村田は、弁護士の道を選ぶ。

大きな案件の場合、
地方に出向いて行く場合も多い。
地元の労働局に違法性を訴える。

労働局が決断出来ない時、
村田は強気でせめる。
法律という武器をくしして。

正しいと思うことは貫く、
村田の流儀である。

村田が裁判で訴える時、
裁判に共感してもらえる資料を用意する。

村田は、10年が過ぎ裁判ななかなか勝てないであえいでいた。
ある時、一人の男性の問題で、最高裁まで争い破れたが、
依頼者が最高裁までいけたことに意味を見出してくれた。

その時、労働問題は負けてもやらなければと、
声をあげつづけないと、
そう村田は心に強く思うのである。

利益、売上至上主義の時代で、
働く人の気持ちが追いやれている。
人間としての尊厳までもおかされかねない状況である。

人間を労働単価としてしかみない環境が多くみられるなか、
村田は働くことの意味を問いただし、
働くことの尊さや、人間らしさが守られる社会であるべきであると考える。

村田の様な地道な活動が、
多くの弱者の救済の一助になっているが、
出口の見えない不況、まだまだ派遣切りはなくならない。

村田は、休む暇もない。






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急がば回れの精神で

2009/10/13 11:05
「ナニワの風情 復活人」というタイトルで、
5回連続で産経新聞に連載があり、
大阪・ミナミの復活にかける一人の人を取り上げていた。

ど派手な感じで語られることが多い大阪のミナミだが、
かっては「道頓堀五座」と呼ばれた五つの老舗劇場を中心に、
上方文化が花咲く街だった。

街の姿を以前のように風情あるまちにと、
「トリイホール」オーナー・鳥居学さんが、
街おこしに懸ける思いを語っている。

鳥居さんは、大学卒業後大丸百貨店に入社、
平成3年大阪中央区千日前に祖父母の代の旅館を、
テナントビルに建て替え4階に「トリイホール」をオープンした。

鳥居さんは、ビルの前に社を建てた。
それは、桂米朝さんからの
「芸能で栄えた街やのに、芸能の神様に感謝する場所が一つもないからや」
、という一言がきっかけ。

トリイホールでは、約100人収容でき、
落語会を中心に、若手の育成のための場、
公開講座をやったりしている。

その活動は、地道なもので、
その地道な活動こそが大事なんだと、
大阪市長の平松さんもいっている。

今、現状の道頓堀界隈は水辺をあるけるようになった。
エンターテイメント性のある街なのに、
その宝を生かし切れていないと、鳥居さんは感じている。

また、今の街には季節の音がないという鳥居さん。
昔の正月のように「ピーピーヒャラピーヒャラ」という音がない、
そこで又その音を復活しようと正月の風情を醸し出す行事をやっている。

鳥居さんは、今自分のやっていることをこう考えている。
「足元のお金ばかり見ているから今のような街になってしまった。
もっとお遠い将来を見ることによって街作りができるんやないかなと思うんです。
一見無駄なように見えても、回り道するようでも、必ず街は良くなると思いますよ」
・・記事本文より引用

何ごとをするにも継続が大事と鳥居さんは、
最後に締めくくっている。

私も微力ながら街づくりに関与する者として、
結果をすぐに求められがち。
そんなことして何になるという風潮にも出会う。

遠回りをしてもじっくりと取り組むべき課題は、
必ずどこの街にもある。

継続は力なりというが、
その継続することは、大変な努力を要する。

常に私がぶつかる問題を、
鳥居さんは、改めて示してくれた。

今、自分たちがやろうとしていることを、
もう一度見直してみよう。

急がば回れの精神で。

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NHKのクルーが見えた

2009/10/12 10:27
須磨歴史倶楽部の人達が、案内役で、
須磨の歴史散歩を楽しむという企画で、
NHKの番組が制作されると聞いていた。

さわやかな天気が続く連休、
昨日、須磨寺に団体で多くの人がやってきて、
商店街をぞろぞろと歩いていた。

その一団がやってきたのです

関西ローカルの番組で、
「ふるさと歴史ウォーク 須磨」と、
須磨歴史倶楽部のN先生からの資料に書いてある。

タレントの亀山房代、
歴史倶楽部のN先生、
総勢100名以上の一般の参加者という陣容である。

放送予定は、11月13日金曜日午後8時からだったと、
記憶している。

朝早くから須磨を散策して、
午後3時過ぎに須磨寺前商店街に、
やってきました。

私は、前もってやってくる時間を知っていたので、
店の前で立って待っていました。

私の視線の先に、
NHKのクルーが見えた。
大きなカメラを抱えて。

商店街を見てみると商店からも、
人が出てきて何ごとが始まるのかという感じ。

商店街での撮影ポイントは、
「お大師広場」というところ。

そこで、しばらく収録をし、
最後の撮影場所である須磨寺へと向かっていった。

改めて被写体として映る須磨寺前商店街は、
どのように私の目に届くのでしょうか?

どんな内容に仕上がって放送されるか、
楽しみである。

毎日目にして感じていることと、
違った角度で見れるのは、
客観的に自分たちの居場所を見るいい機会である。

本番当日のタイムスケジュールを見せてもらったが、
かなりのハードスケジュール。

収録が終わり、須磨寺で解散となり、
参加者の皆さんが商店街を通り帰って行った。

午後5時前、N先生が弊店に立ち寄った。
その顔は、大役をはたしほっとした表情で笑顔であった。

「終わりました、有難うございました」
「お疲れさまでした。先生明日は?」
「明日は、ゆっくりさせてもらいます」と、
一礼をされて帰って行った。

お疲れ様でした皆さん。

番組の放映が楽しみです。








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ボクらの時代 中村江里子×杏×シリル・ヴィニュロン

2009/10/11 11:41
パリのセーヌ川沿いを、
日本人女性2人に、
フランス人男性が一人加わり鼎談を繰り広げる。

フジTV「ボクらの時代」
元フジTVアナウンサー中村江里子、
フランス人実業家と結婚し、二人の子供があり、現在パリに在住。

杏は、15才でモデルデビュー、2005年より世界の三大コレクションで活躍、
父は俳優の渡辺謙

シリル・ヴィニュロンは、現在カルティエヨーロッパ本部長、
カルティエ日本の社長として、8年間日本に滞在、
日本人の女性と結構、大変な日本通である。

パリのセーヌ川沿いをクルージングしながら、
楽しくパリ、日本について語る。

クルーザーでの遊覧は、中村、杏共に初めての経験。

シリル・ヴィニュロンは、フランスの地方都市出身、
パリより東京の方が自分の家という気がしている。
パリは綺麗だが、日本人の礼儀の良さにふれ感銘を受ける。

日本でのサービス満点の生活を満喫したから。
特に宅急便が指定した日時に着くのには、驚きと感激を覚えたという。

中村は、日本人の特徴として、
人を立てる、約束を守る国民性があると捉える。
パリでは違うから、自分のレベルで考え、
その土地に合わせるしかないという。

パリの良さを杏は、地図を例にだしていう。
パリの地図は、全部番号が記されていて、
初めての所へでも何とかたどり着ける。

東京だと、そうもいかない場合が多いいという。
ヴィニュロンも、日本の首都高の出口が変わらず困った経験を持つ。

パリでは、タクシーが拾えないと中村がいう。
イタリアでもタクシーでも流しのタクシーがないと、杏。

杏は、仕事の移動の場合、もっぱら自らの足で移動する、
その方が、時間が読めるから。

ヴィニュロンは、東京はパリに比べて安全という。
パリでは、子供を一人で外に出せないという。

中村は、その話を受けてパリでは、
必ず大人が子供について通学をすると話す。

また、日本での印象をヴィニュロンは、
年功序列、社長は社長らしくと、
飲み会でのざっくばらんさのギャップを経験する。

フランスでの日本文化については、
杏は、フランスは昔から日本の文化を取り入れているという。
ヴィニュロンもその点は同意し、文学、映画、
最近では漫画も取り入れていると話す。

一昔前は、サムライ、ゲイシャだったが、
今は、幅広く日本を取り入れていると中村は考える。

場合によっては、日本人より日本の事をしっているフランス人がいて、
聞かれても答えられないことがあると、杏がいう。
日本通のフランス人人が多いようです。

杏にとって父渡辺謙は、どういう位置にあるのか。
杏は、渡辺に出ている映画を父として見たことがなく、
その映画にでているキャラクターとして捉えるのだという。

日本人男性の長所はという、ヴィニュロンの問い。
杏は、だまって相手を支えているところと答える。

中村は、フランス人の主人が武士道が大好きで、
日本人の男性は、強くで、正義にあふれているというと感じていると話す。

杏は、昔の歴史に出てくる男性に魅かれる。

フランス人の男性は?
フランス人の男性と結婚した中村への質問。
中村は、フランスの男性は毎日言葉で思いを相手に伝えるのだという。
そこまでいいだろうというぐらいに。

ヴィニュロン曰く、フランスでは、
家族よりカップルを優先する。
日本人の女性最高だという。

フランスでは、日本人と結婚している男性が多い、
日本の女性は相手にも家族にも優しいからという理由があるから。

杏は、フランス人は夫婦でありながらも恋人のエッセンスをもっているが、
パートナーとしたて日本人でもフランス人でも構わないと考えている。
本人次第ということでしょう。

中村によると、フランスの男性は女性をリスペクトしている。
仕事につくことへの理解もある点などをあげる。

杏には、フランス人の友人がいるが、
特定の男性はいないようだ。
ただ、パリの市場で始めた会う市場のおじさんに、
バラを一輪もらい、その自然さにラテンを感じたという。

豪華なクルザーでのセーヌクルージングと、
パリの雰囲気を満喫できる、
おしゃれな番組であった。













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もうひと頑張り

2009/10/10 09:46
段取りよく行く時は、
思いの他用事が片付いていくもの、
そんな感触の日がある。

ばたばたばかりして、
何をやっているのやらと、
思う時もあるというのに。

11月1日の須磨寺楽市のための、
準備が少しずつ前に進んでいる。

あれも、これもと思いなかなか進まず、
イライラが募る日が続いたが。

流れが正のスパイラルにはいったような、
そんな時を経験した。

気になっていた、
商店街ののぼり。

この間の台風でちぎれたり、
破れたりと破損が目立っていた。

それも、一気に片付いた。

そのついでに、
来月の須磨寺楽市のポスターが出来あがっていたので、
商店街の2か所にはる。

いよいよ、という感じがしてくる。

連絡事項もスムーズにアポイントがとれ、
段取りが又一つ前に進む。

平行して二つのイベントの準備が流れている。
その流れがからまないように、
気をつけながらやっていこう。

朝の空気が澄み、
楽市の立て看板を見ながら、
もうひと頑張りと自分に言い聞かせる。

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気持ちが凛として

2009/10/09 11:52
今日は、須磨かるた大会の会場となる須磨寺に、
ご挨拶にあがった。

朝方のお寺は、静けさに包まれ、
お坊さんが葉っぱを掃く姿に出会い思わず一礼をする。

いつもお寺に伺うと、
気持ちが凛として、
朝の空気の爽やかさが余計に体に伝わる。

ご挨拶にあがると、
担当の方が読経中であった。

すぐ終わりそうだと聞き、
しばらく待たせてもらった。

お堂に響く声がずっしりと、
お腹に響き、
身の引き締まる思いがした。

やがて、お経もおわり、
かるた大会の会場をお借りする了解を得る。

今回で3回目となる「須磨かるた大会」、
毎回須磨寺さんのご好意で、
会場として使わせていただいている。

多くの方の関わりと、
ご協力のもと、
一つのイベントが成り立つ。

やれる準備をしっかりとして、
なんとかなるだろうと、
根拠のない自信をもとに進めている。

当日、会場に多くの人が集まり、
滞りなくかるた大会が始まるのをイメージしながら、
少しずつ緊張感が高まってくる。

11月8日第3回須磨かるた大会に、
たくさんのご来場をお待ちしています。

かるた大会に出場する選手を、
只今募集中です。

あわせてよろしくお願いします。



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柿の種

2009/10/08 11:17
「なるべく心の忙しくない、
ゆっくりとした余裕のある時に、
一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」という、
作者の願いどおりゆっくりと読み終えた。

物理学者で随筆の名手、
寺田虎彦の「柿の種」を読む。

捨てた一粒の柿の種
生えるも生えぬも
甘いも渋いも
畑の土のよしあし
・・本文より引用

この本との出会いは、
茂木健一郎さんの本の中で知り、
読んでみようと思った。

日常の何気ない風景、
どこにでもありそうな場面に興味をもち、
寺田は、その優しい文体で私を引き込む。

いずれも短文なので、
ほんの少しでもゆっくりとした気分の時、
読みたい分だけ読める。

寺田は解説文によると、
科学は日常の何気ないことから、
そんなことが何の役に立つと揶揄されながらも、
淡々と自分のスタンスを守ってきた人のようだ。

関東大震災から復興した銀座のことに触れた個所では、
阪神淡路大震災を経験したものとして、、
印象に深く残る部分であった。

一つだけ本書の中から、
気になった個所を抜粋します。

自分の欠点を相当よく知っている人はあるが、
自分のほんとうの美点を知っている人はめったにないようである。

欠点は自覚することによって改善されるが、
美点は自覚することによってそこなわれ亡(うしな)わせるせいではないかと思われる。
・・本文より引用

短い文章であるが、
なかなか的をえた指摘であると、
読み返そうと付箋をつけた個所。

また、気持ちのゆっくりした時に、
自分の付けた付箋をたどってみようと思う。

何かにつけてせわしない世の中になってきましたが、
たまに気分転換に本を読むのもいいものです。

そんな時にお薦めなのが、
本書「柿の種」である。

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立ち止り、足るを知る 酪農家・三友盛行

2009/10/07 10:52
自然と向き合う牛飼い、
酪農に心血を注ぐ、
一人の男が、その生きざまをみせる。

NHK「プロフェッショナル」仕事の流儀に、
酪農家・三友盛行が登場、
厳しい酪農環境との闘いを語る。

三友は、朝5時半まず厩舎により、
目についた動物すべてに声をかける。
人生って、寄り道みたいなものと、
三友は感慨深げに言う。

三友は、酪農規模の拡大にこだわらない。
36頭の乳牛、平均の3割の数。
世話は、実習生にまかせる。

いつもすることは、牛の表情を見て回ること。
牛と三友とは、同志、
牛と同じレベルで接するのだという。

三友の酪農は、大規模化を目指す酪農家が多い中、
放牧を中心にした酪農経営をする。

効率第一主義ではなく、牛にやさしく、
自然を大切にする酪農をこころがける。

三友は、他の酪農家には、目も触れず、
あくまでもマイペース酪農をつらぬく。

三友は、酪農全体には牛が多すぎると考え、
牛を減らすことを提案する。
それは、増やすことを常とした人たちには、
勇気のいることだが、あえてそれを提唱する。

それでも、他の3割の乳牛でも、
三友のところは、思わぬ利益をあげている。

立ち止り、足るを知る、
これが三友の命題である

減らす喜びを知る、
もっと、もっと戒め立ち止る。

守るといういう節度の中で、人は生きる。
増やさない、無理しない、身の丈でやっていく、
三友のこだわりがここにある。

三友は、牛の糞を大事にする。
それが自然に栄養を与え、
いい土地にしいい草を生む。

自然のサイクルを大切に考える。
自然に生かされている、
三友はそう考える。

三友は、東京で生まれ育ち、高校卒業後アルバイト生活、
牧場での生活を体験し、その風景で暮らしたいと思う。
23才で、根室原野に入植、大規模酪農を目指す。

規模を大きくするために、
木を切り倒し、全て牧草地にした。

結果、何とも殺風景な表情の牧草地になった。
それをみて三友は、むなしさがこみ上げた。

何か忘れていることが有るのに気がついた。
規模を大きくするのをやめ、
牛を減らすことを決意する。

土地や草の世界を大事にする。
自然を大事に考える。

41年かかって三友がいきついた考えは、
立ち止り、足るを知る。

立ち止ると心の風景が違い、
物を観る時間もできる。
心の余裕が生まれるのであろう。

立ち止ることと、成長は無縁ではない、
牛は正直、牛を見ると人間を反映すると、
三友はそう考える。

牛の期待に応えられる親方を目指している。

酪農にとって牛のえさとなる乾草の確保が大切な仕事。
3日間天気であることが条件。
雨になると乾草が劣化してしまうから。

三友は天気との闘いの中、
ここという日に乾草の準備に入る。
自然をよく観察し、行動する。

自らを自然と向きあう農民という三友。
自然と暮らし、共生する、
そこに生きる矜持があると考える。

何ごとにも前向きの三友、
長雨も自然の恵みと捉える。

思うようにいかないことも裏返せば、
次につながることがある。

三友は、常にポジティブな男である。


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緑茶のシーズン

2009/10/06 11:16
今日は、家内が大阪に出かけたので、
一人店番をすることになる。

いくら忙しくない店といえども、
一人でいるというのは、
結構疲れるものです。

忙しさに紛れることができるといいが、
暇であれば最悪で、
疲れることこの上ない。

今日は、あいにくと小雨模様、
やはり人通りが少ない。

商店街に流れる音楽が、
鮮明に聞こえてくる。

こんな時は、あまりいいことを考えづらい。
ポジティブな思考をしようと、
何が材料を探してみるが、なかなかみつからない。

ただ、開店早々にお客様が来てくれた。
ほっとする一瞬である。

最初の一人が来てくれると、
少し元気が出てくる。

涼しくなってくると、
温かな緑茶を飲む機会が増えてくる。

急須にお湯を注ぎ、
丁寧にお茶を入れる。

そんなちょっとした優雅さを、
手軽に味わえる季節になる。

小雨混じりの今日だが、
こんな日に皆さんに温かい緑茶を飲んでいただきたい。

そうそうこれからは、
緑茶のシーズン、
大いに緑茶の美味しさを味わうことができる。

ポジティブに考えることが、
できるではないか。

今日は、家内が母親の看護で、
帰りが遅いので、
今晩は外食。

いつものお鮨屋さんに、
予約の電話を入れておこう。

二人しかいない店なので、
互いに協力しながら、
地道に店を切り盛りしている。

元気でこの難しい状況と、
対峙していかなければ。

「今、ここから」、
明日に向けての今日だと感じる。
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出版ほやほやの本

2009/10/05 10:26
自転車に乗った一人のおじさんが、
弊店の前で止まり、
にっこりしながら声をかけてきた。

声の主は、私の小学校時代の同窓生。
以前に彼の方から声をかけられ、
同窓生だったことを意識した。

何の用事で来たのかと、
一瞬戸惑ったが、
戸嶋君が、自転車の前かごから何やら取りだした。

ちょっと、照れながら、
「今度、この本を書いたんや、
もしよかったら、一冊どうやろうか?」
と、いって手渡した。

出版ほやほやの本です。

私は、快く一冊購入した。
戸嶋君は、照れくさそうに、
「ありがとう」といって帰って行った。

本に書いてあった略歴によると
今年戸嶋君は、定年を迎えたのだ。

それを機に本を出版しようということになったようだ。

そうか、定年かと、
私は現在自営業なので、
定年はないが、以前サラリーマンの経験があるので、
私も世間では定年世代なんだとあらためて感じた。

私たちは、いわゆる団塊の世代。
競争社会を生き抜いてきた。

戸嶋君の本はというと、
昭和60年に「青春18きっぷ」という存在を知り、
乗り放題の切符ということに感銘を受け、
各地に出かけるようになった。

その時々の想いをエッセイにまとめた。
「神戸発
ちょい旅エッ声」というタイトル。

戸嶋君は、照れながらも、
なんだかうれしそうだった。

この世におそらく始めての、
本が処女航海に出るのである。

いいことですね、
なにかを楽しみに、
時間をかけて膨らませてきた。

私には、定年がないので、
そういう意味の節目となる記念のものはない。

まあ、いいか私は私だ。

そう考えていると、
金子みすずさんの、
「みんなちがって、みんないい」を、
思いだしている。

わたしが両手をひろげても、
お空はちっともとべないが、
とべる小鳥はわたしのように、
地べたをはやくは走れない。

わたしがからだをゆすっても、
きれいな音はでないけど、
あの鳴るすずはわたしのように
たくさんなうたは知らないよ。

すずと、小鳥と、それからわたし、
みんなちがって、みんないい

「金子みすゞ全集」(JULA出版)

まあ、人それぞれ、
戸嶋君、本の出版おめでとう。

出来るだけ多くの人に、
読んでもらえるといいね。

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ボクらの時代 おすぎ×戸田奈津子×ピーコ

2009/10/04 13:30
日本一有名な双子の兄弟と、
字幕翻訳者の女性と、
映画、人生についての鼎談。

フジTV「ボクらの時代」に、
映画評論家おすぎ、ファッション評論家ピーコ、
字幕翻訳家戸田奈津子が登場する。

映画好きの3人が知り合ったのは、
40年前のことだという。

うるさい先生方がいる映画の試写室に、
堂々と新人の二人が入って、座っていたと戸田が明かす。

女性映画評論家の小森和子でさえ、
厳しい世界の中で、出口付近に座っていたというのに。

おすぎとピーコは、淀川長治などにかわいがれていた。

おすぎは、最初から映画評論家ではなく、
新聞広告のコピーとかデザインをやっていた。

戸田も最初から字幕翻訳家ではなく、
水野晴夫の秘書をやっていた。

戸田は、津田塾大を出て英語は出来た。
ただし、読み書きでしゃべるのは苦手だった。

英語が出来ない水野に変わって、
ユナイトの本社と英語のやり取りをやっていた戸田。

そのうち、英語をしゃべるのが苦手だったのに、
無理やり通訳をやらされるようになった。

映画「地獄の黙示録」に関わっていて、
監督のフランシス・コッポラに字幕をやれ言われ、
念願の字幕翻訳のスタートをきった。

40才をすぎていた。

ハリウッドで生き残るのは大変だと、
おすぎがいろんな俳優を見てきて感じる。

ジョントラボルタも、いろんな変遷を経て、
今も第一線で頑張っている。

戸田に言わせれば、トラボルタは鈍感なタイプで、
業界での浮き沈みを感じていないという。
リチャード・ギヤは、トラボルタに大変ライバル心を持っているという。

ただリチャード・ギヤは、二枚目一辺倒と辛口のコメントの戸田。

今ハリウッドは、男優の時代だと、戸田はいう。
ドル箱スターは男優の方が多いようだ。
やはりハイウッドは、足の引っ張り合いの世界らしい。

おすぎとピーコは、
初期のころ、仕事を切られたり、
下ろされたりした不遇の経験を持っている。

最近の子供は大人の映画をあまり観ない。
携帯のメールに気をとられて、
字幕を読むのが面倒のようだと、おすぎは、語る。

音楽にしても今の若い人たちは、
サビの部分だけに興味をもち、
全体を聞こうとしないと、ピーコ。

TVにしてもゴールデンに出てくる人は、
どこも同じようなメンバーでつまらなくなっている。

内容の解りにくいTVや映画は敬遠されがちだと、
おすぎが付け加える。

映画館に学校の先生が生徒を連れていかないようになっているらしい。
戸田によれば、連れていくことによる何かあった時の責任が重荷になるからという。

最近のモンスターペアレントの影響だろう。

ピーコが子供のころ、先生は怖いもの、
子供たちが悪いから叱られたと思っている。
げん骨や竹刀でたたかれることもしばしば。

母親は子供のことに精いっぱい、
料理、洗濯、縫物と。

今の親は、子供中心というより自分もという意識が強く、
どこへでも出かけていく。

最近の人たちに辛口のコメント。
ピーコは全身シャネルで固めて、
家に帰ればカップ麺の世界、それを嘆く。

おすぎが、こどもに有名になるにはとの問いに、
変わったこどもになったら、ユニークさが大事といった。

昔は皆貧乏だったが、
それなりに工夫し、
本が買えなければ図書館で借りた。

ピーコは目を取って、20年になるという。
メラノーマという目の癌にかかり、
目をとることになった。

30万人に一人だという。
五分五分、死も覚悟した。
それ以来、欲がなくなった、よく思われたいと思わなくなった。

その時以来、ピーコは変わったと戸田が語る。

ピーコが義眼を入れる時、
多くの人が応援にサインをしていくれた。
中でも、永六輔には、今も親身になってもらっている。

ピーコは、60才で死にたかったという。
それなのに、65になった。
70才までなんて行きたくないという。

おすぎは、猫、象、のようにいつのまにか、
いなくなるのがいいと思う。

おとなしくなんかしてられらいと、
戸田は、おすぎを牽制する。

これからの人生の目標は、
3人とも「ない」の一言。
大笑いしながら。

映画大好き人間、
人生の吸いも甘いもかみしめてきた3人、
懸命に生きてきた者通しの、
笑いの絶えない鼎談だった。









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中秋の名月

2009/10/03 10:43
昨日来の雨もようやく止み、
朝方は少しひんやり、
店を開けると、
空気が澄んでいるのがわかる。

今日、10月3日(土)は、中秋の名月。
お天気は、回復し晴れに向かい、
お月見が期待できそうです。

月見といえば「源氏物語」以後須磨は月見の名所というのを、
皆さんご存知でしょうか?

「源氏物語」の主人公、光源氏のモデルの一人在原行平は、
稲葉山(現在の須磨離宮公園)から、月を眺め、
都での月見を懐かしんだことから、
地元では通称「月見山」と親しまれている。

源氏物語の須磨の巻きで、十五夜の月を眺め、
見るほどぞ しばしなぐさむ めぐりあはん
月の都は 遥かなれども
と、光源氏が詠む。

lこれが「名月・須磨」の起源となった。

その結果、
憧れの須磨の名月を求めて松尾芭蕉をはじめとする文人たちが、
来訪している。・・須磨かるたのススメより引用

須磨離宮公園は、弊店のある須磨寺から、
徒歩7分ぐらい坂道を上ったところにあります。

須磨離宮公園は「武庫離宮」ともよばれている。

本園(面積58ヘクタール)は月見山とよばれる景観地に位置しており、1907年(明治40年)に大谷光瑞別邸を宮内省が買収して1908年(明治41年)に起工し1914年(大正3年)に完成した旧武庫離宮(須磨離宮)である。
・・ウイッキペディアより引用

季節毎の植物があり、
季節の花が来園者の心をひきつける。
10月10日からは、ローズ・フェスティバルが開かれる。

今日10月3日、4日の二日間、
神戸市立須磨離宮公園にて、
月見の宴・月見山の月見と題して、
イベントが行われます。

和太鼓の演奏や、
地唄舞、
須磨の一弦琴、
月見の舞など多彩なプログラムが用意されている。

お天気も回復傾向、
夕涼みがてら、須磨離宮公園の月見をお楽しみください。

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四苦八苦

2009/10/02 11:42
今朝の一言として、
新聞に掲載されていたのを読み返し、
考えを新たにする。

「たった一度の人生」というタイトルで、
産経新聞に今週掲載された、
スリランカ関西長老ニャーナーランカーラ師が、
語っている話しである。

お釈迦様の言葉を伝えてくれています。
人間生きていくうえでいくらでも辛いことがあると考えました。
「四苦八苦」という教しえがあります。
「生」「老」「病」「死」が四苦。
・・・新聞より引用

生きて行く上でいろんな「苦」があり、
人間例外なく「悩みは尽きないものとも言われている。

お釈迦様は、「悩んでいてもどうにもなりません。
失敗も当たり前。何事も前向きに考えましょう」と、
といておられます。
・・記事本文より

ポジティブに生きよということでしょうね。

来月に控えた「須磨楽市」のフリマも、
いろいろとやらねばならないことがあり、
悩みがつきないところ。

いつもイベントの前は、
うまいいくだろうかと悩んでばかりいます。

いつもそばにいる家内に、
やるしかないよと言われ、
その通り、何とかなるさと思いなおす。

根拠のない自信が私を元気づけてくれます。
しっかりとした準備をして、
来月のイベントに備えます。

まずは、今日やるべきことからやる。
前に進めることを考えながら。
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秋のスタンプラリー

2009/10/01 10:30
今日から、10月にはいり、
いよいよ観光シーズンの幕あけ、
須磨歴史紀行、
秋のスタンプラリーが始まります。

開催期間は、10月3日(土)から11月23日(祝月)までとなっている。

須磨の歴史にゆかりのあるポイントを巡って、
スタンプラリーの小冊子にハンコを押し、
5か所以上あつめ、応募はがきを出していただく。

スタンプラリー終了後、
抽選で景品があたるようになっています。

毎年、この時期になるとグループでの散策、
団体での歴史散歩など、
多くの方が須磨の秋を求めてこられる。

手短な範囲にお寺、神社、
句碑、歌碑、
旧跡などが点在しているので、
気軽にお出かけいただけます。

ここ須磨寺商店街でも、
4か所のスタンプを押せる台を設置し、
皆さんの来られるのを待っております。

子供たちから年配の方まで、
例年スタンプライーの小冊子を片手に、
楽しそうにスタンプを押している。

あと、何か所回ったらいいのかなとか、
自分の巡ったところを再確認。

行楽と健康を兼ねて、
歩くというエコスタイルでの、
秋の観光を満喫してください。

官民一体となった観光キャンペーンです。
是非一度、須磨にお越しください。

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須磨歴史紀行スタンプラリーの小冊子
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新型インフルエンザを食い止める WHOメディカルオフィサー・進藤奈邦子

2009/09/30 11:25
ウイルスと人類との闘い、
未知のウイルス新型インフルエンザの猛威に、
敢然と立ち向かう一人の女性を追う。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
毎日困難な課題に立ち向かう、
WHOメディカルオフィサー・進藤奈邦子が登場。

新型インフルエンザの猛威は、
世界で37万人感染、
3500人が死亡という結果を呼び込んだ。

進藤奈邦子は、一人日本人医師として、
WHOで全世界から1000人の医療スペッシャリストが集まり、
新型インフルエンザ危機対策チーム統括を、
つとめるメディカルオフィサーである。

2009年6月11日、WHOは、新型インフルエンザの警戒レベルが、
フェーズ5から6とし、世界的脅威、パンディミックを宣言した。

進藤の仕事は、世界各国の最新情報、重症患者、死亡者の情報を収集し、
分析して、膨大な情報からより的確な処置をみちびき、
世界各国にWHOとして伝える。

進藤は、4月下旬にメキシコ、アメリカその他の国をめぐり、
5月に治療指針を発表した。

季節性インフルエンザと同じように、
タミフル、イレンザの投与が有効と発表。

治療薬にかんしての難しい問題は、
自国で開発した薬は、その国の判断で自国内で使うのはいいが、
臨床結果をみて、WHOとして推奨できるかどうかは別問題だという。

6月半ば、新型インフルエンザの実態がつかめないでいて、
感染爆発をおこしていた。

進藤の毎日は、世界各国の医師と電話会議を行い、
情報収集に明け暮れる毎日を過ごす。
昼夜を問わず、情報の分析を的確にしなければならい。

進藤の毎日は、緊張の連続である。

進藤が医者を志すきっかけは、
進藤の弟重度の悪性腫瘍で、
自分の余命が短いことを悟り、
姉に医者になって苦しんでいる人を助けてほしいといわれたことによる。

7月に入り、南半球は患者は急増、死者も出たが、
日本は、季節性インフルとして落ち着きを見せ出した。

一カ月後タイ政府からメールが入り、緊急出動をする。
4月に入り、バンコク入り、タイでは、1か月で100名の死者がでる、
異常事態が発生していた。

タイでは何か違うことがおこっている、
何かを変えれば食い止めることができるかもしないという思いを抱く。

タイでは病状が急変し、通常8日から2週間出なくなるケースがあるが、
1週間以内に、早く死亡する例が見られる。
ウイルスの変異か、強毒になっているのか。

死者の急増は、抗インフルエンザ薬の初期投与の遅れが、
重症化をまねいていると、進藤は判断する。

現地では、経験したことのない感染爆発で、
現場スタッフが患者を救えないことの虚脱感を感じていた。

そこで進藤は、「あなたたちしか、救えない」と、叱咤激励する。
新型インフルエンザと疑った場合、
検査結果を待たずに素早く対処することを助言する。

8月21日WHOでのワークショップに臨む。
WHOの治療指針は、重症化を見逃さず、
疑わしきは早期に対処せよというもの。

まだまだ進藤の新型インフルエンザとの闘いは終わらない。

進藤はこう訴える。
新たな動きとして、ウイルスは生物学的に安定している。
ウイルスの変異の可能性は少ない。

対策は、消毒、手洗い、咳は自分でカバーし、
一人一人が感染の拡大に気をつけること。

進藤自信オーバーワークであるが、
日々新しい考えが湧いているようだ。

常に冷静でポジティブに、
仕事に立ち向かう進藤である。














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ワークショップ

2009/09/29 10:02
昨日の午後から須磨区役所に出向く。
「区民まちづくり ワークショップ
伸ばしたい 須磨の魅力」についての会合があった。

会場となった須磨区役所3Fの大会議室には、
もう既に大半の方が座っていた。

着くなり、くじを引いてくださいと言われ、
三角のくじをひく。

「い」と書かれてあり、
「い」のグループの席に着くように指示を受ける。

「あ」と「い」のふたつのグループに分かれての、
ワークショップとなる。

ワークショップとは、
近年は企業研修や住民参加型まちづくりにおける合意形成の手法としてよく用いられてる。

ワークショップはファシリテーターと呼ばれる司会進行役の人が、参加者が自発的に作業をする環境を整え、参加者全員が体験するものとして運営されることがポピュラーな方法である。
・・ウィッキペディアより

自分たちの須磨について感じることを、
ポストイットに書き、
大きな用紙に貼りつけ、
あとでキーワードでくくる。

二つのグループで互いに遠慮のない意見が、
大きな用紙にぺたぺたとはられていく。

同じ課題に向かっているのに、
微妙に出る意見が違ってきて、
互いの発表を聞くと、なるほどと違いを感じる。

視点をかえるということが、
意義のあることなんだとファシリテーターのかたの意見。

皆さんで意見を出し合っていると、
以外と須磨のことについて知っているようで、
知らないこともあり、大いに参考になる。

車社会にどう対応するかについて、
駐車場スペースを確保しずらい場所では、
かえってそれを逆手にとり「ぶらい歩き」を提唱する。

ネガティブな要素をポジティブにとらえて考えると、
意見の展開が広がっていく。

考え方の幅も広がり、
柔軟に物事をとらえるには、
やはり物事ポジティブにとらえなければと思う。

会合に出るたびに人の意見を聞く大切さを知る。
人の考えかたを知ると、
自分の気づかなかったことに近づける。

須磨には、おおいなる魅力がありながら、
点としての存在に甘んじているところがあり、
それらを連携させ、もっと対外的にアピールする必要がある。

今回のワークショップで多くの課題が、
浮き彫りにされ、出席者一同再確認をする。

観光というのは、
「易経」によれば、
国を観るといことのようだ。

そのことの持つ意義は大きい。

来月10月から秋の観光キャンペーンとして、
須磨区では、スタンプラリーを開催する。

多くの人たちを須磨に呼び込むために、
須磨のありようを再確認する会合となった。

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元気の洗礼をうける

2009/09/28 10:27
朝9時から須磨寺を出発し、
神戸市西区の神出ファームへ、
農業体験のために向かう。

今回は、総勢37名の参加者を得て、
マイクロバスと乗用車2台に分乗し、
みんな元気に出発。

マイクロの中は、子供たちがいるため、
発車と同時に、いや乗り込む時から、
もうすでに騒音に近い声がする。

とにかく元気が余っている連中、
大人たちは、のっけから子供たちの、
元気の洗礼をうける。

バスにのること、40分ぐらいで、
目的地につく。

現地で先方の責任者の方から、
スケジュールの確認を受ける。

普段、アスファルトを踏んでいる足は、
土の中へとその感触を変える。

さつま芋ほりと、稲刈り、
それが、今回の目的。

畑に到着するまでに、
土の匂いや、肥料の匂いやら、
日頃の感じるもtのとは違うものを体感する。

さつま芋掘りは、簡単なようでちょっとした要領がいり、
現地の人のレクをうけ、
スコップを手前にいれて、掘り起こす。

見事に成長したさつま芋が顔をだし、
歓声が沸き起こる。

その後、稲かりの田んぼへと移動。
既に、大半の稲刈りは終わっており、
我々のために残してくれていた。

手に鎌をもち、
一握りをさっと刈っていく。

これも、要領をようするもので、
見本に見せてもらうのは、
簡単に奇麗に刈るが、
慣れない人にとっては、おっかなびっくりうまくいかない。

予定された稲刈りを終えて、
少し早い目の昼食をいただく。

新米で作ったおにぎりと、豚汁、
そしてお茶と冷えたビールをいただく。

労働のあとのご褒美、
何とも言えないおにぎりの美味しいこと。

土塊にふれ、蛙にであい、
昆虫が顔をだしと、
子供たちは、常に興奮状態。

約3時間ほどの農業体験で、
土に触れる楽しさと、
手間暇のかかる農作業をしる。

神出ファームの方にお礼をいい、
須磨寺へと帰ってきた。

到着すると、
収穫したさつま芋を分け、
新米のお土産を配る。

「お疲れ様」、「お世話になりました」と、
挨拶を交わし、解散をする。

普段と違う空気を吸い、
手にするものも質感が違う。

たまには、簡単な農作業も楽しいものです。

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作業スケジュールの説明を受ける

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土を掘り起こし、さつま芋が顔をだす。

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手作業での稲刈りを体験

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収穫した稲を干していく

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田んぼでの記念写真をとる

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ボクらの時代 竹中直人×斉藤和義×大森南朋

2009/09/27 14:42
プライベートでも飲み仲間、
気の置けない3人の男の、
ざっくばらんな鼎談が聞ける。

フジTV「ボクらの時代」に、
俳優の竹中直人、
ミュージシャンの斉藤和義と
俳優の大森南朋が出演。

3人は、下北沢で時々飲む仲間。
斉藤は、竹中に飲んでいる時の映画に出てくれないかといわれる。
役者として、斉藤をみている。

斉藤は、役者は別の人間になるので、
そんな人たちは、変だと感じている。
ミュージシャンは、適当なんだそうだ。

竹中は、芝居なんかしなくていいという。
人前でしゃべれなかった。
中学、高校の頃に先生の真似だと出来た。

大森は、もともとミュージシャンだったが、
挫折感を味わい、
たまたまオーディションをうけ、
俳優の道へと進む。

竹中は、音楽に対しての憧れをもっていた。

斉藤は、ギタリスト志望だった。
最初は、歌に興味はなかった。
曲作りは、ICレコーダーに自分の声でいれて、
スタジオで譜面に興す。

初めて買ったレコードは、大森は「ライク ア バージン」
竹中は、「君といつまでも」

ここで、加山雄三の映画「君といつまでも」の歌のシーンで、
初めて会った星由里子とハモッテいるのはおかしいと、
加山がクレームを付けた話しを披露する。

斉藤の最初に買ったレコードは、
サーカスの「ミスターサマータイム」、
ボーカルの女性に魅かれていたらしい。

竹中は、ボンドガールに魅かれていた。
大森は、ビンクレディのミーちゃん。

モテたかどうかの話し。
斉藤は、高校2年ぐらいの時に彼女がいた。
楽しい、いい思い出だと話す。

竹中は、一緒に歩いてと告白し、
OKの返事をもらうも、
いざとなると何にも話せなかった。

大森も、純なところがあって、
彼女の家に電話するのに、
台本的に考えてかけたという。

よくある話しである。

コンプレックスは?
竹中は、3月20日生まれの早いきなので、
一年遅れの様な感じで、取り残された気がしていた。

斉藤は、生まれた所に海がなく、
それがコンプレックスだったようで、
その反動でもないが、海の歌を作ったりしている。

大森は、父が有名な舞踏家でそれがコンプレックスで、
父はサラリーマンと嘘をついたりしていた。

コンプレックスが何か基本にあるという竹中、
斉藤は、めちゃくちゃあると告白する。

今日の3人の男たちはみんな「猫好き」。
猫がたまらなくいとしいようだ。
斉藤によるとミュージシャンに「猫好き」が多いという。

忌野清志郎も、猫が好きだったようだ。
その忌野清志郎は、残念ながら今年の5月に亡くなった。
日本のキング オブ ロックと呼ばれていた。

竹中の映画の音楽監督をし、日本アカデミー最優秀監督賞を受賞した。

最後に忌野清志郎を偲んで、
3人で「忙しすぎたから」をセッションした。

音楽好き、猫ずきな3人の男の、
大人な会話が楽しくさせてくれた。


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須磨寺楽市

2009/09/26 10:02
昨日、午後3時より
資料片手に商店街の、店を訪ね、
11月1日(日)に行われる須磨寺楽市(フリマ)の、
準備にはいる。

商店街を使ってフリマを開催するために、
場所の確保のため、
商店街の会員のお店の了解をえて店の前を使う。

楽市参加者の募集を月末に控え、
そのための下準備といったところ。

60名以上の方が、
須磨寺楽市に参加をする。

毎回多くの人たちで賑わいをみせ、
早くから「次はいつ楽市があるんですか」と、
問い合わせをもらう。

すっかり須磨寺のイベントとして定着し、
地域の方たちの楽しみとなっている。

事前の準備が結構あり、
係りの人には、ご苦労をかける。

細かな点の確認を怠らずにやらないと、
あとで後悔することがある。

備えあれば憂いなし、
まだまだ楽市のための準備は、
たくさん残っている。

アトラクションとして大道芸の、
足長ピエロが来ます。

また、毎回人気の「似顔絵」も、
皆さんお待ちかね。

お大師広場では、新鮮野菜の即売、
そして、お餅つきもやります。

11月1日(日)須磨寺楽市に、
遊びに来てください、
お待ちしております。

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資源ごみ

2009/09/25 09:55
朝早くから裏口を開け、
おもむろに台車を出す。

その台車に昨日準備していた、
使わなくなったダンボール、
新聞、雑誌、アルミ缶をのせる。

商店街の広場に運んでいく。
今日は、月に1回の「資源ごみ」の回収日。

既に、広場には多くの資源ごみが、
区分けされた状態で積まれていた。

この世話をしているのが、
地域の婦人会の人たち。

朝早くから、人の声が聞こえる。
私が持って行く前よりずっと早くに、
活動をしている。

「おはようございます」、
「ご苦労様」と互いに声をかけあう。

地味な活動ですが、
みなさんが協力されて、
資源ごみが回収されている。

地球の温暖化、環境破壊、
などこれからますます厳しい状況になっていく。

日頃からのちょっとした行動が、
資源のリサイクルに役立っている。

鳩山由紀夫が、
温室効果ガス25%削減の国連演説をした。

これから、私たちにも環境を守るのに、
負担がかかる時代になってくる。

まずは、出来る小さなことから、
しっかりとやっていくことが大事です。

朝の空気は、秋の顔をのぞかせ、
汗ばむ体に気持ちよい。

住みよい環境は、自らの努力と工夫から。
出来ることからやっていきましょう。



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白州次郎 ラスプーチンの涙

2009/09/24 11:42
NHKドラマスペッシャル白州次郎、
最終回「ラスプーチンの涙」を見る。

第一話と二話は、
既に前に見ている。

アメリカのGHQからの、
日本国憲法をこれでどうだと提示され、
独自の日本人としてのアイデンティティを守るための、
必死のアメリカとの攻防は、壮絶を極めた。

その場面での白州次郎の存在は、
単に通訳というより、
日本人の誇りにとことんこだわった男の、
生きざまが、よく描かれていた。

いくら占領下であろうと、
敗戦国であろうと、
けっしてアメリカに媚びない、
対等の立場をつらぬこうとする白州。

丁々発止を繰り返し、
期限までに日本国憲法の草案を仕上げる。

その背景に見える、
多くの関係者の必死の努力は、
見る者に畏敬の念を禁じ得ない。

まさしくプロフェッショナル集団といえる。

吉田茂を「おやじ」としたい、
吉田からも次郎と呼ばれる、
信頼関係も厚い間柄。

白州はその言動において、
日本人で唯一ノーをはっきり言う男として、
GHQにその存在を知らしめた男。

サンフランシスコ講和条約にこぎつけるまでの、
壮絶な白州の闘いは、
熾烈を極めた。

吉田茂の国連での演説を、
急遽、英語から日本語でやるべきと主張した白州。

そこから、巻紙を用意させ、
改めて国連での演説文を日本語に翻訳させ、
国連の場で、吉田はスピーチをしたのである。

ここにも、多くの人たちの関わりがあり、
白州のプリンシプルを貫く姿勢を、
力強く支えていた。

外資導入のために、
これからの日本は、貿易だと主張する白州。

自らも海外との取引で利益を得て、
外資導入を推し進める中、
売国奴とまで非難されるようになる。

ラスプーチンとは、
不道徳、不純という意味に使われ、
白州のスタンスが誤解されラスプーチンと揶揄されるようになる。

常にカッコよくはっきりと物をいう人物として知られるが、
その裏で、大いに悩み、大変努力を重ねた人である。

けっしてかっこいい、ダンディズムというより、
普段は、大変泥臭い面の多い男だった。

白州正子との関係も、
正子自身がいうように、
着かず離れずの関係。

互いが独立した関係で、
それでいて強い信頼関係で結ばれている。
決して、相手に無関心なのではなく、
それこそ大きな愛につつまれていた二人である。

白州の大事にするプリンシプルは、
英国の紳士道を貫羅抜く精神。

農作業に精を出す白州も、
アメリカや大臣あいてに、
激しく討論する白州も、
同じ一人の人間の中に存在している。

潔いという言葉は、
白州によく当てはまる言葉。

吉田茂が最もはっきり物をいってくれたのが、
次郎お前だけだったと、
感慨深げにいっていたのが印象的だった。

戦後の混乱期に自らを見失わずに、
自分との闘いをし、
信念を貫いた男、白州次郎。

これほどまでに人間臭い男はいない。
そしてジェントルマンである。

人への優しさを失わない男であった。
表面上ははっきりとしたものいいから、
誤解されがちだが、
相手をよく理解し、尊重する男であった。

粗野でいて繊細な人間、
誰を相手でも、自分のスタンスを変えない人。

改めて、今回のドラマで白州次郎の魅力の深さに、
また引き込まれたてしまった。

それにしても、凄い男である。


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元気な人に会った

2009/09/23 11:39
昨日の夜のことを思い出している。
久しぶりに寄ってみようかと、
あるレストランに行った。

そのレストランの料理は、
無国籍料理だとそこのオーナーーシェフが、
言っていました。

そこで、元気な人に会った。
常に、何かをしようと動いている人である。
その人は、その店のオーナー。

オーナーであるOさんは、
大変ボランティア精神の旺盛な人で、
常に地域を元気にすることを考えている人。

そのOさんがいつも口癖のようにこういう。

「金儲けにならんことですけど、
地域が元気になればと思うんです」

こうしたら面白い、
こんなことしたら人が喜ぶ、
そんなことを毎日考えている人です。

パンフ、ポスターも自分でPCで作る。

今週もイベントで忙しいそうだ。
昨日、Oさんの店に行って、
少し御話を聞いた。

笑顔なんですね、いつも。
眼は少年が何かいたずらをしてやろうと、
虎視眈眈と狙っているようで、
常に何かを企てている。

地域愛の強いひとであり、
実行力のある熱い人物です。

Oさんと話していると、
難しく物事を考えずに、
まずやってみる、それが大事だといっているようだ。

決して、難しいことや困難なことをやっているという感覚、
があまり伝わってこない。
淡々とこともなげにやっているように、感じられる。

そんなOさんのいいところは、
常に謙虚であることと、
間違っても上から目線の人ではない。

昨日も自作のポスターを見せてもらったのだが、
「あくまでも素人のつくったものです。
プロの人のを見るとさすがだなと思います」という。

私から見れば、なかなかのものに見えるのに。

ポジティブ以外のものは、
Oさんには、存在しないかのような、
アグレッシブな人である。

昨日は、Oさんのレストランで、
美味しい食事を食べ、短い時間だが、
Oさんとお話をして元気をもらって帰ってきた。

また、お会いしましょうOさん。

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自分たちへのご褒美

2009/09/22 10:12
連休の前半は、天気もよく、
ここ須磨寺にも多くの人が訪れ、
お寺へとお参りに行く。

彼岸大師も終わり、
ちょっと一段落。

朝食をすませ、店の開店準備を終え、
コーヒーを片手にPCに向かう。

この段階で頭がさめてくる。

昨晩は、
家内と気分転換にいつものお鮨屋さんに行き、
美味しいものをいただいた。

BGMのジャズを聴きながら、
何を注文するかを考える。

この時間が楽しいい。

お店の大将のお薦め、
「鱧のあぶり」、これが絶妙の味。
たまには、自分たちへのご褒美もやらないと。

今日明日は、曇りがちで、
雨が降るかもしれないらしい。
そういえば、朝一瞬ぱらっと降っていた。

明日は、彼岸の中日、
そして秋分の日。

昨日、今度の日曜日の「農業体験」への、
参加申し込みがあった。

予定していた人数をオーバーし、
ありがたいことなのだが、
新たに車の手配を慌てててする。

総勢37名で、さつま芋掘りに出かける。
自然とのふれあい、めったに触れることのない土に、
汗をかきながら奮闘するのも一興。

大勢の訪問になり、
楽しく、賑やかになりそうである。

しばらくは、日曜日もゆっくりとしていられない。
これで3週連続日曜日に用事がある。

なんだかばたばたしている。

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長年の勘

2009/09/21 08:36
彼岸大師の今日、朝からほうじ茶を焙煎する。
アナログなほうじ茶の機械は、
父の代の頃からのもので約40年近く働いている。

何度も修理をしてもらいながら、
先の阪神淡路大震災にも生き残り、
今も現役で活躍している。

ほうじ機にお茶を入れて10分ぐらいすると、
ほのかにいい香りが漂い出す。

そして20分ぐらいからほうじ茶の煙が少し出るようになり、
あたりにほうじ茶の香りとともに道行く人の関心を引く。

「ああ、いいお茶の匂いやねえ」と、
何人もの人が言う。

ほうじ茶から立ち上がるクオリアは、
何とも言えない癒しを与えてくれる。

立ち上がる白い煙と、
焙煎された茶葉が一体となり、
穏やかな雰囲気を醸し出す。

大きく深呼吸をして、
ほうじ茶の香りを楽しむひともいる。

多くのひとに愛されているほうじ茶。

お大師さんの時の焙煎は、
お参りの人たちに、
潤いをあたえている。

これから少しずつ涼しくなっていき、
お茶を美味しくいただける季節となる。

季節の移り変わりを、
ほうじ茶の仕上がり時間が教えてくれる。

少し涼しくなってきたので、
先月の夏真っ盛りのころに比べて、
焙煎に要する時間がかかるようになる。

ほうじ茶は、デリケートで、
ちょっとうっかりすると、
焙煎が強くなりすぎ、
ほうじ茶としては失格。

程よい火加減が必要となってくる。
長年の勘としかいいようがない。

今日の出来具合は、まずまずである。
ほうじ茶は出来たては、お茶が落ち着いておらず、
荒熱をとり、冷ましてやってから飲む方がおいしい。

茶褐色のお茶の色と、
焙煎の香りがコラボし、
いい感じのほうじ茶になります。

秋の夜長、ほうじ茶を楽しんでみませんか。

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ほうじ茶の焙煎機


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ボクらの時代 マイク真木×真木蔵人×真木勇人

2009/09/20 11:27
父親と息子2人の、
男どおしの楽しい、
屈託のない鼎談が繰り広げられる。

フジTV「ボクらの時代」に、
父親マイク真木、66年に「パラが咲いた」がヒット、
最近では、ドラマ「ビーチボーイズ」でも活躍、
4人の息子と一人の娘、孫4人の14人の長である。

長男・真木蔵人は、15才でデビュー、映画を中心に活躍、プロサーファーでヒップホップアーティスト
二男・真木勇人は、プロサーファーでモデルもやる

全員、緊張と照れの中の会話からスタート。

父マイクは、余りしゃべる方じゃなく、体で教える方。
何でも体験させていくほうだ。

蔵人は、何も解らず、とにかくやることで、
失敗し、いろんな事を学んだという。
怪我もよくしている。それでも父は平気な顔をしていた。

マイクは、救急車に何回乗ったかを競争したと、笑う。
それぐらい、ハードにいろいろ体験している。

父、マイクから息子たちに最初に渡したものは、
なんと手製の「ナイフ」だ。
使い方を間違うと、危ないことを教えるために。

武士の時代は、15才で元服、大人である。
そういう意識で、子供に接した。

ナイフ、ギター、バイクとやらせた。
父としては、危ない父と評判はよくなかったと、
父マイクは述懐する。

蔵人は、ひたすら外の生活が多かった記憶があり、
それが、現在にも引き継がれているという。

3才で息子にバイクを教えた真木、
いずれ乗るなら正しい乗り方を早く教えようと思った。
英才教育なのだろうか。

マイクは自分でアメリカかぶれの親父と称する。
だから、名前もマイク真木。
カッコからアメリカナイズされていた。

マイクの父の影響で敗戦国になり、
とにかくアメリカに負けたくない、
戦後は終わらないと意識づけられた。

アメリカ人以上の生活をすることが、
アメリカに勝つことと信じていた。

アメリカでの生活で、平均的アメリカ人を越したと感じ、
マイクの終戦を迎えたのだそうだ。

マイクは父として子供に人生のレールを弾くのが嫌だった。
自分で何かをみつけてくるようにと願う。

そんな父の教育方針は、息子にも伝わり、
役にたっていると、2人はいう。

まともなことを教えてもらってないと、
蔵人、サラリーマンになる方法とか。

勇人は、お金の稼ぎ方を教わらなかったが、
金がなくてもやっていけると、自信を持つ。

マイクは、自分たちの仕事は保証がないもの、
蔵人も、リスキーライフだと同調する。

父マイクは、お父さんは素敵と言われたいという。
息子二人は、素敵だといっていると、
マイクは、一安心する。

サーフィンについては、蔵人に教えたことはなかった。
ボードを置いていただけだった。

蔵人は、多分親父もきらいじゃないだろうから、
何とか自分でやろうと、手さぐりで一生懸命にがんばった。

サーフィンは、日本では最初のころに始めたマイク。
サーフィンをやると、持てると思った蔵人は、。

持てるために、父マイクは、
ギターと歌をやったが、もてたという記憶がないという。

父がつっぱしるから、あとをついていっただけ、
父との関係は、ごくナチュラルだと蔵人。

マイクは父として怒ったことがない。
一つの例外を除いて、蔵人が小学一年で盗みをした時。
徹底的に怒った父マイク。

蔵人は、父からうけついだ精神を、
自分の息子にも引き継いでいる。

息子の姿を見てきた父マイクは、
ここまで自分たちの生活をやるとは、思っていなかった。

息子としては、金儲けを教えてもらわず、
サラリーマンの道も知らず、
これしかなかったからやってきた。

3人は現在千葉に住んでいる・
スローライフのようだが、
決してそうではなく、東京より忙しいようです。

千葉に住み、視野が広がり、
人生観も変わったと蔵人。

ハワイに6年住んだが、
こんいいところを知らなかったと、
父マイクは、千葉を語る。

パリ、ロンドン、ニューヨオークより千葉とは、勇人の感想。

めったにこんなにしゃべることのない3人、
3年分ぐらいしゃべったと満足げ。

型にはまらない人生を歩んできた父、
その後を追う息子たち、
照れながらの会話がなかなかいい雰囲気だった。
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