アクセスカウンタ

須磨寺ものがたり

プロフィール

ブログ名
須磨寺ものがたり
ブログ紹介
神戸・須磨・須磨寺の地域に関する情報、雑記、自店の紹介
help リーダーに追加 RSS

ケセラ・セラ

2009/07/04 10:07
またしても昨日は、雨にたたられ、
これで何回予定を変更しなければならないか、
また、一からみなさんに日程の変更をお願いする。

今週、雨のために七夕まつりのためにつける、
吹き流しの設置作業が3回流れ、
今日にそのチャンスをかける。

早く済まさないと、肝心の7月7日の七夕に間に合わない。
昨日も、昼間は曇りだったので、
このままいけば作業ができると思いきや、
夕方から無情にも雨が降ってきた。

どうしたものかと、思案してしたら、
仲間のGさんがやってきて、
「これだと、今日は無理でしょう」と、
連絡に来てくれた。

仲間たちも心配をしてくれている。
ありがたいことです。

やもうえず、責任者として中止を決断した。
その後、中止を伝えに仲間に連絡を頼んだ。

しばらくして、家内が帰ってきたので、
私は、近所のFさんの所に行き、
段取りの変更について話をした。

やもうえないということで、
Fさんも苦笑いを浮かべる。

そんな時、気持ちが落ち込みがちのところを、
Fさんが元気の出る言葉をかけてくれた。
「ケセラ ・セラやで、なるようになるで」と、
笑いながら言い放った。

私も、笑いながら「そうやなあ」と、
雨降りを受け入れた。

天気をうらんでもしかたがないし、
そういう結論におちつかせるほうが、
ポジティブになれるだろう。

わたしは、雨が降り出してから、
この雨降りをどうポジティブにとらえたらいいか、
そのことをずっと考えていた。

「人間万事塞翁が馬」、
いいことがあれば、そうでないこともある。
どちらも裏腹である。

そこに、Fさんの「ケセラ ・セラ」で、
一瞬にして曇りがちの気持ちがすっとした。

雨は雨、しかたがない。
明日は、明日の風がふく。

また、気持ち立て直して作業にあたろう。
世の中、そう悪いことばかりではない。

優しい仲間の気持ちが再発見でき、
気持ち立て直しやるしかない。

しばらくは、ばたばた続きであろう。
結果、よければそれでよし。
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


大丈夫でしたよ

2009/07/03 11:39
電話がなり配達の依頼がある。
はたと、困った。
今日は、私ひとりなのです。

どうしようかと悩んだ末えに、
お向いに店をみてもらおうと、
頼みに行くことにした。

快く受けてくれたT店のかたが、
「ちゃんと店番しといたげる」と、
心強い返事をもらう。

私も素直に甘えることにして、
配達準備をすませ、
出発することにする。

出来るだけスムーズに信号にひっからからないようにと、
思いながらも、のっけから赤信号に引っかかった。

もう、ここは落ち着くしかないと、
覚悟を決め信号の変わるのを待つ。

やがて前の車が走り出し、
目的地に近付けることができる。

相手先につき品物を手早くおき、
そこを素早く出る。

店が気になるので、時間が長く感じる。

帰りも最初の信号で引っかかる。
これは短い時間で済んだので、
とにかく慌てないようにだけ心がける。

そうして、ものの10分ほどで、
配達は無事終えることができた。

思っていたよりスムーズに行けたので、
ほっとしてしている。

帰ってきて向かいのT店の方にお礼をいう。
「大丈夫でしたよ」と、声を掛けてくれた。

同じ商店街で、お向かいどおしで、
支えあう気持ちがまだ残っている。

互いに助け合う気持ちが大切ですね。
ご近所はありがたいものです。

助かりました、ありがとうTさん。
記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


記憶を編集する

2009/07/02 11:35
久しぶりにやってみると、
以前習ったことが蘇り、
ああこうやるんだったと関心しきり。

訳合って地図を作る必要に迫られ、
ワードでやってみようと思って、
トライをしてみたが、どうもうまくいかない。

以前習ったことを思い出しながら、
ああでもない、こうするんだったと、
ぶつぶついいながらとにかくやってみる。

どうにも、見本として見ている地図に、
近づけるのがむずかしい。
自分でやってもなかなからちが明かない。

それで、近所のベテランに、
といっても私よりう〜んと若い人だが、
教えてもらうことにした。

以前、パソコンを始めた頃に、
教室に通っていたことはある。

初めてのことではないので、
やりながら当時習ったことを、
復讐する感じで、教えてもらう。

やりながら徐々に思い出しながら、
なんとかついていった。

試行錯誤を繰り返しながらも、
比較的スムーズに行えた。

ただ、それと同じことを一人でできるかは、
またやってみないことには、わからない。

過去の覚えた記憶を頼りに、
記憶を編集する。

何でもそうだが、出来上がってしまえば、
そう難しいものではないのだが、
根気よく丁寧にやることが求められる。

指導してくれた、Iさんの的確なアドバイスで、
何とか一つの形、地図を完成することができた。

なんでもそうだが、一度習ったものが、
一旦遠のくと思いだすのにも時間がかかる。

普段からやりつけていることが、
大切なんでしょうね。

せっかく得た知識をこれからは、
活用できるように、
思い出しながらワードの復讐をしないといけない。

文章を書くことばかりなので、
図形作りを久しぶりにやり、
また、生徒気分でやや緊張する。

何度も繰り返しやって、
脳に記憶させておく。

そして記憶したものを、
編集し取り出し活用する。

脳には編集能力があるのを、
改めて感じた今日のレッスンだった。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


夢を語れ、不可能を超えろ 燃料電池開発・藤本幸人

2009/07/01 10:51
あくなき夢を追いかけ、
実現へとひとむきに追いかける、
未来の車に挑戦する一人の男がいる。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
燃料電池開発・藤本幸人が、
世界を変える未来の車に懸ける想いを語る。

藤本の燃料電池車は水素を使い、
空気中の酸素と融合し、
水となって排出される。

二酸化炭素を一切だないクリーンな車である。

市販車種開発を進めるリーダーとして、
技術者たちを束ねる。

藤本の会議は、年令、部門に関係なく、
自由闊達な意見交換を目指す。

技術の前では、誰もが平等というのが、
藤本の考えである。

正しい技術は正しい、
誰かの都合でねじ曲げられるものではないと藤本はいう。

主に、藤本は会議では聞き役、最後にまとめのように、
改善点を指摘し、次につなげる。

会議においていろんな意見が出て、
思考錯誤を繰り返し、さらなる高みを見据え、
「満足をしたら、技術は死ぬ」と言い切る。

世界一、世界初、人を感動させるような車をつくる、
それが、藤本たちのエモーショナルな考え。

センサーの精度のアップに突き当たった時、
藤本は部下に「何でもできる、否定するな」と、
ポジティブに考えるように叱咤する。

常に部下にいうのは、
「夢を忘れるな」。

夢は人を楽しくさせてくれるもの、
そう藤本は考えている。

そいういいながら今日も藤本は前に進む。

藤本は、2020年ぐらいいや、7,8年で、
人の心に感動をあたえる車を世にだしたいと、
日夜切磋琢磨している。

藤本は大学を出て大手自動車メーカーに就職、
30代にはエンジニアシステムの神様と呼ばれていた。
人は、藤本のことを、本田宗一郎のDNAを最もついでいる男という。

そんな藤本があるとき、チームメイトから思わぬ言葉を耳にする。
藤本さんは、「叱咤激励、叱咤激励」だという。

猛スピードの開発により部下は疲弊していた。
仕事がむなしく感じた藤本は一旦リーダーをおりた。

そして3ヶ月後車の開発全体の責任者にと、
説得されプロジェクトのトップに立った。

それ以来、部下の意見は一旦は引き受けたうえで、
自分の意見を言うように、藤本は変わっていった。

目標は、夢を共有する、
人の心を動かせる夢は、人を暗くさせない。

逆風の中、夢と現実の狭間で、
藤本の気持ちは揺れ動く。

藤本は、試作車をアメリカに何台が持ち込み、
モニタリングをおこなっている。

今回は、車の本家というべきドイツの厳しい条件に、
どう対応できるかに挑戦している。

高速のアウトバーンと、
街中に入れば石畳もあるという、
相反する条件をクリアーしなければ、
ドイツでは、認められない。

そのことに向けてのあくなき追求をしている。
調整につぐ調整で、
その結果を必ず藤本は自分で運転して問題点を洗う。

現地での調整も、徐々に向上している。
もっとも厳しいといわれるドイツでの試験走行に、
どういう判断がくだされるか。

そんな時、藤本は「思いを突きぬけろ」という。
何としてでもやろうという思いが、
全員に必要だと考え、それが今後にかかると思う。

藤本は、車との無言の対話を続ける。
最終調整で想定をこえることをやった部下。
思いを形にしてきたのだった。

現場で自分の思いにこだわりきれないと、
技術者は何事もなしとげられないと、
藤本はこだわりを見せる。

ドイツ人技術者が試乗し、
結果は、空を飛ぶじゅたんのようだと表現した。
いくつか課題はあるが、いい評価を得た。

いつか、ヨーロッパで通用するといわれた。

車も人も一緒に成長する、
藤本の考えがここにある。

まだ、まだ目標とする量産化には、
課題が多くあるが、
藤本はあくなき追求をやめない。

いばらの道の先に未来がまっている。

諦めない、いい車をつくろという高い信念が、
藤本を動かしている。
記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


モチベーションの維持

2009/06/30 12:16
今日は、朝から何やら忙しい。
月末というのもあるが、
この天候で、スケジュールが狂いがち。

昨日、やろうと思っていた七夕の吹き流し設置も、
ぎりぎりまで、雨の具合を気にしながら、
結果的には、雨脚が強くなってきたので、
やむなく中止となった。

この調子でいくと、
いつ作業が再開されることやら。

こればかりは、自然現象なので、
さからいようがなく、天気待ちである。

こういう時には、モチベーションの維持が、
大変である。

さあやろうと、気合いでやらないと、
なかなかはかどらないものである。

今週の天気のよさそうな時、
さて明日は、どうだろうか?

いつがベストのタイミングかわからない、
その時、ぐっとテンションを高めていこう。

午後から予定として会合が入っている。
区役所の移転問題についての、
話し合いがあるので出かけます。

どんな話し合いになるかは、
想像もつかないが、
じっくりと話を聞かせてもらおうと思う。

梅雨どきだから、しかたのない予定変更。

その時、その時の情勢に対応していく、
それを心がけて皆さんと力を合わせて、
前に進めていこうと思う。
記事へガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ポスターづくり

2009/06/29 12:37
まだ梅雨が明けないうちに、
もう準備としては、
8月の盆踊り大会に向かう。

毎年、多くの来場をいただく「須磨寺盆踊り大会」は、
今年は、8月15日(土)須磨寺公園で開催します。

そのためのポスターづくりの打ち合わせをする。
第13回目となる今回の盆踊り大会、
例年通り、地域の方の模擬店が賑わいを出す。

カラオケ大会は、今年も大盛り上がりとなるでしょう。

浴衣姿の婦人会の方たちの先導で、
踊りの輪に多くの人たちが入っていく。

夏の風物詩としてすっかり定着した盆踊り大会。
今年も多くの人を魅了することになるでしょう。

大人も子供のように童心に帰り、
暑い夏を盆踊りで楽しむ。

普段と違い、お盆に帰省した人たちも参加し、
実家の夏を感じる。

また、須磨には国際学校があり、
外国の人たちも結構遊びに来るので、
異文化交流の機会となっている。

彼らも積極的に見よう見まねで、
盆踊りの輪に入り踊っている。

フィナーレを飾るのは、
手作りの花火大会。

「どーん」という音とともに、
一斉に来場者が花火のとりこになる。

「わー」という歓声につつまれて、
毎年みなさん花火を堪能します。

その花火の打ち上げが終わると、
「須磨寺盆踊り」のお開きとなるのです。

今年も盛況な催しとなるように、
これからしっかりと準備をしなければいけない。

それをやりながら、
今日は、七夕の準備の続きに入る。

まだ、まだ夏のための作業が待っている。


画像


記事へガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


人志 松本のすべらない話 ザ・ゴールデン

2009/06/28 10:51
久しぶりに見る、
人志 松本のすべらない話 ザ・ゴールデン、
いつものことながら、出演者の真剣さが、
より幅の広い笑いへとつながっていく。

今回は、ゲストに茂木健一郎さんも、
出演され多くのゲストと一緒に楽しんでいたようだ。

のっけに松本が自ら振るサイコロで、
自分の名前を出す。

一瞬緊張が走るが、
さすが松本すぐに、
話に引き込むその場の空気をつかむのが、
本当に見事であった。

自分が写真週刊誌に撮られた。
その相手の女性が、
その日、実はデートしていた相手だったと、
彼女から教えられほっとする話。

話の臨場感を盛り上げる、
松本のたくい稀なる話芸は、
さすがとしかいいようがない。

ずんずんと話しに引きずり込まれてしまう。

そして、何といっても圧巻だったのが、
ほっしゃんの「ガス代」話。

東京ガスの料金未払いの督促をみて、
メモした「ガス代を忘れないように」の、
メモを見た嫁が「ガス代」を女の名前と勘違いして、
ふくれっ面しているという嫁の話。

「ガス代」を「がすよ」とよみ、
人の名前と勘違いする嫁の思い込みもおもしろいが、
その話をしているほっしゃんの顔を赤らめながら話している、
表情が真剣なだけに大変面白かった。

その時のほっしゃの気持ちのやり場の持って行きどころのなさが、
はっきりと伝わる内容で本当に面白かった。

それは、そうだろうと気持ちがよく伝わり、
本人にとっては笑いごとではないだろうが、
聞いているほうは、そこがとっても面白い。

その日の「MVSもっともすべらない賞」を取った話である。

いつもほっしゃんの自然な感じがいつも好きで、
特別に笑わそうなんて全くない、彼本来がもっているものが、
何が安心感を与えるというか、ちょっと油断させる面白さがある。

最近の笑いは勝負が早いというか、
短い時間でちょこっと笑いをとる。

それはそれで時代の流れなのだろうが、
じっくりと話を聞いて、
それで笑えるという時間の起伏を楽しめない。

振れ幅が狭いので、
誰が出てきてもそう変わらないように感じる。

人志 松本のすべらない話 ザ・ゴールデンは、
大人が十分楽しめる上質の笑いの番組である。

人を笑わせるのは、大変むずかしい。
それを感じさせず、次から次へと出演者が笑いを提供していた。

真剣勝負の笑いの番組といえる。
是非、次回も期待したい。

新規参入のメンバーも、
いい緊張感を醸し出し、
一生懸命さが笑いを生んでいく。

作り物の話ではないし、
特別なことをしゃべっているわけでもないのに、
相手のしゃべりのリズムに引きずり込まれ、
ついつい笑ってしまう。

プロの見事な笑いの仕事をみせてもらい、
いい時間を過ごすことを与えられた。

記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 0


ああ、笹がきた

2009/06/27 15:17
朝10時前、携帯が鳴り、
「今、笹もってきました」と、
元気な声が聞こえる。

声の主は、
定期的に、地域交流している、
神戸市西区の神出町の方。

7月7日の七夕祭りのために、
わざわざ笹を切って持ってきてくれる。

大小あわせて、70本ほどの笹を、
トラックに積んで運んでくれた。

早速、荷ほどきをし、
笹を配る準備に入る。

約50軒分の笹を、
何人かの人の協力で、
早速くばることにする。

店名の入った資料を片手に、
「はい、この店」と、
その掛け声の通りに置いていく。

「ああ、笹がきた」と、
喜んでくれるひとがいる。

昔ながらの風習を大切に、
商店街に来られる人に、
楽しんでいただくために笹を配る。

笹飾りは、前もって配ってあったので、
早速飾りをつけて、
お店の前に七夕飾りを置く店がある。

大笹は、商店街に二つあるアーチに、取り付ける。
近所の人にも手伝ってもらい、
飾り付けをすませる。

合計4本の大笹を飾りつけ、
ちょっぴり七夕の雰囲気をだす。

月曜日には、吹き流しを設置し、
さらに七夕ムードを盛り上げる。

まだまだ、やることがたくさん残っている。
皆さんの笑顔に会えるのを楽しみに、
残された準備をしっかりとやろう。

作業終わりのアイスクリームは、
格別のおいしさでした。

やる前は、段取りよくやれるかと、
一人やきもきしていたが、
何とかなるもんで、やるしかないのです。

出来上がってみれば、
しんどさも報われる。

いい七夕を迎えられるように、
また、来週がんばろう。

画像

こんな笹かざりが付けられます。
画像

アーチにたなびく大笹飾り
記事へガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


履歴書

2009/06/26 11:27
朝から区役所へ住民票をとりに行き、
手続きを済ませ住民票を受け取り、
それをもって、届け先に持って行った。

同じ商店街仲間のNPO法人の役員として、
名前を連ねているので、
新たな企画を進めるのに、
手続き上に、住民票を取る必要に迫られる。

それと同時に、履歴書なるものを書いてくれと言われ、
自分の職歴を書く段になり、
正確に思い出しずらく、
記憶をたどりながら何とか書くことになった。

幸いにも、以前提出したものを参考に、
無事最終学歴と、職歴を書くことを済ませる。

自分で職歴をたどりながら、
その当時のことを思い出す。

現在自営業である私は、
過去サラリーマンを経験し、
実家の事情で家業を継いでいる。

1971年に社会人となり、
夢ふくらませ社会に出た。

当時は、就活なん言葉もなく、
大学の学生課で募集要項をみて、
入社試験を受けるだけだった。

時代的に、就職率もいい時代。
そんなに苦労することなく、
仕事にはつけた。

そこから紆余曲折のはじまり。
いいこともあれば、
そうでないこともあった。

そんなことの繰り返し。

今となっては、
サラリーマンを経験してよかったと、思っている。

一旦外の世界を見ることができ、
組織の中の一員として動くことも知った。

今は、個人経営の商店主だが、
働くことの基本は同じ。

そんな過去の職歴があって、
今、現在に至っている。

これから、どう生きていくか、
そのことが大きく問われている。

難し時代に入ったといわれているが、
どの時代も、そう簡単ではなかった。

その時代なりに、自分にのしかかるものはある。
それにどう立ち向かってきたか、
どうしようとしているのか。

「今、ここから」が大事。

明日は、七夕行事の準備に一日追われる。
一つ、一つをこなしていこう。
記事へガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


須磨智慧の道ウィーク

2009/06/25 10:04
メンバーが集う場所に定刻の少し前にいくと、
すでに2人ついており、
おいしそうに生ビールを飲んでいる。

ざっくばらんに飲みながら話そう、
そんな趣旨でもたれた会合は、
3度目となる。

いつものメンバーが、
次々に入ってきて、全員集合となる。

前2回から踏み込んだ内容の話となる。
日時、内容が具体化していく。

なんとかして「須磨智慧の道」を活性化しようと、
お寺と神社が立ち上がり、
間にいちする私たち商店街が協力するという構図である。

ここを通れば通る(合格する)と人づてにいわれる、須磨智慧の道。
智慧の神、菅原道真の天神さんと、知にたけた弘法大師の須磨寺さん、
その道を結ぶのが、須磨智慧の道。

須磨寺前商店街が、ちょうどつなぎ役。

12月初旬に「須磨智慧の道ウィーク」として、
天神さんと須磨寺さんで、
合格祈願をする。

商店街としては、
ムードを盛り上げる企画を考える。

ポスター掲示をして、
みなさんに告知をする。

何かその時に出来ることはないかと、
これから考えようとしている。

諦めずにとにかく結果にこだわらず、
いままでやれなかったことをやろうというもの。

私たちも、お正月返上で営業するように、
努めていきたいと思っています。

あとは、どう雰囲気を盛り上げていくか、
これからの課題です。

大阪の芸術系大学の学生のアイディアも、
これから出てきそうで、
我々と違うしがらみのない面白いものが生まれそう。

まだまだ詰めなければならない問題はあるが、
次回8月に会をもつということを決め、
その日は、散会した。

いよいよ具体的になっていく。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


まぐろ仲買人、藤田浩毅のアンコール放送

2009/06/24 10:36
NHKプロフェッショナル仕事の流儀、
まぐろ仲買人、藤田浩毅のアンコール放送を見た。

以前の本放送を見て心に残っていたので、
またもう一度見てみようと、
チャンネルを合わせた。

二度目となる放送は一部、
再編集されていると出ていた。

一度目と違いリラックスして見れるが、
改めて今回も前回に感激した部分に、
自分自身の目が止まっているのに気づく。

中でも、まぐろに対する藤田の真剣な、
まなざしはもちろん、まぐろへの尊敬もわすれない、
優しいこころの持ち主であることも。

まぐろを買いたたくということをしない藤田、
そのまぐろの価値にあった値をつける。
自分の目利きを信じて。

そして、まぐろを取り生活をしている漁師たちの、
命ががけの姿を目にしている藤田にとって、
まぐろをおろそかに扱うことはできない。

適正な価格でせり落とすことで、
漁師たちの生活もなりたち、
いいまぐろが手にはいると確信している。

スタジオでのトークの中で、
まぐろ漁師の命がけの姿に感動した藤田の目は、
心なしかうるんでいるようにさえ見えた。

まぐろであればなんでもいいとか、
適当なところで手をうとうとか、
そんな一切の妥協がない。

待ってくている客の信頼に応えるのは、
自分の信念に基づき、
自分の目にかなったまぐろだけを扱うこと。

売り上げ至上主義では、決してない藤田。
結局、うまいまぐろを提供することが、
客への信頼の獲得につながると信じる。

妥協して、とにかく売り場にまぐろをならべるなんてことは、
しない藤田である。

意地をはる、とは藤田が命をかけて、
まぐろと対峙している姿勢を表している。

藤田の真剣なまなざしは、
今回もひきつけられるもがあった。

仕事に出かける前のリラックスした藤田から、
仲買人藤田として築地にいる姿は、
凛としていい緊張感を見る者にに与えている。


記事へガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0


論文を書きます

2009/06/23 13:56
ある時、来客の予定があり、
二階にある部屋の片づけをしていた家内が、
何を見つけたのか「ちょっと、ちょっと」と、
私を呼ぶ声がした。

二階へ上がっていくと、
段ボールに本らしきものが、
何冊かはいったものが置いてあった。

その本は、大変重厚な本で、
何やらたいそうなもののよう。

遠い昔、家内がデザイナーとして、
現役で働いていた頃に、
仕事の関係で勉強しようと買い求めたらしい。

その実、百科事典と一緒で、
本の塊として、長らく部屋の隅を埋めていた。

再発掘された本は、
フランスのルイ何世だかしらないが、
かなり古い貴重な服装史のものらしい。

それを見て、
このまま捨ててしまうのももったいないし、
誰か使ってくれる所があれば、
寄贈をしたいけどと家内がいった。

たまたま、神戸女子大学に行く予定があった私は、
本の内容を伝えて、
家内の意思も話したところ、
後ほど電話をいただけるということになった。

2,3日たち大学の服飾を研究しておられるという、
T先生からお電話をいただき、
こちらの申し出を受けてくださった。

早速、大学に本を送った。

その後、送った本のことが気になって、
どうだったかを家内が心配していた。

そうしているうちに、大学から本が着き、
その本の内容をご覧いただいたことを伝えられた。

電話に出た家内は、一安心といったところ。
その先生によると、
その本を参考に論文を書きますといっていたという。

家の片隅に眠っていた本たちが、
一人の先生によって蘇ることになった。

思ってもみなかった幸運が、
その本たちにも、
そして家内にも巡ってきたのでした。

長年気にかけていた本が、
活かされる時がくる。

記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 1


気分転換

2009/06/22 11:21
梅雨に入り、これで梅雨なのかと思っていたら、
いよいよ本格的なじめじめシーズンにはいったようだ。
そんな時に、気分転換に一冊の本を手にしてみる。

ときどき、茂木健一郎さんのブログに、
この本を手に立っている人の写真が出ている。

つい最近も、その人の写真をブログでみた。
それが、記憶に残っていて、
何だか気になっていた。

その本とは、「茂木健一郎の脳科学講義」。

タフな内容の本ですが、
なかなか読みごたえがあります。

たまにちょっとてこずるぐらいのものも、
かえって楽しくかんじるものです。

以前読んでいて、
ふと思い出し、脳を目覚めさせるのに、
いいかなと思い付箋を付けたところを再読する。

その付箋には、ここポイントトと自ら書いたところがある。
また、そこが気になりブログしてみることに。

日常の問題は、不確実性に満ちており、
私たちの感情も不確実性にうまく対処するために、
進化してきていると、「脳科学講義」に書かれている。

そして、こんな一文に繋がっています。

「かならず成功するかどうかわからない。けれどそれをやってみよう」と思うのは直感、つまり情動系の働きです。

人生はその動きのよしあしで決まっちゃいますね。
・・本文より引用

う〜ん、情動系の働き次第なのか。

ある課題をもって定期的にもっている会合がある。
まさしくやってみなければわからないが、
何となく具体的な行動につなげられそうだし、
それなりの反応も得られそうだと、直感している。

ここは、しっかりいい話し合いをして、
新たな展開を迎えなければならない。

やるまえから、どうこう言うのではなく、
やってみることを前提に話し合う。

とんでもないアイディアが飛び出すかもしれない。
テーマが具体化するように、
いいセッションをしようと思う。

いつものメンバーと、
一か月ぶりに会う。

今回は、新たなメンバーが、
ゲストとして一人加わる。

ちょっと期待値があがる。

最初の一言がどんな言葉で始まるか、
いいスタートをきりたいものです。

参加メンバーは、8名だときいている。
それぞれの思いをぶつけあう、
遠慮のない話し合いをしよう。

梅雨はまだまだこれからも続くから、
気分転換に本を読むのも一興。

画像

Amazon



記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ボクらの時代 高橋秀樹×美恵子×真麻

2009/06/21 10:58
今週は、父の日ということで、
仲のいい親子三人の鼎談が組まれた。

フジTV「ボクらの時代」
父高橋秀樹は、17歳でデビューし、
それ以来映画、時代劇で活躍、
最近は、バラエティ番組の常連である。

母、美恵子は元女優でり、今は高橋の個人事務所の代表取締役、
高橋を支える存在である。

娘、真麻は、フジTVアナウンサーとして活躍中。

父、高橋と妻との出会いは、
高橋の作品にゲスト出演したのが最初。

高橋夫妻は、趣味が家族というくらい家族関係を大切にしている。

娘から父を見た場合、愛妻家とよばれることに、
ステータズを感じているとみている。

父はあえてそれに反発はしない。

高橋は、最初の出会いから2日ぐらいで、
結婚の二文字が頭をよぎったという、
何か直感めいたものを感じている。

2年ぐらいしてから二人は結婚。
プロポーズは特に高橋は、していないという。
自然の流れというものだろうか。

ただ、結婚する時まで妻がしらなかtった、
高橋の借金問題。

京都での遊びにつかったそうだが、
3000万ぐらいはあったとか。

それを、妻である美恵子の家族が、
借金も財産のうちと、
共に歩むことを決意する。

それと、妻、美恵子は、祖母から、
高橋をかけがえのない人と思いなさいと、
一言言葉をもらっている。

高橋は、その借金返済のために、
一年間に70本以上のドラマをこなし、
猛烈に働き、返済にあたったと話す。

そのことが、妻、美恵子には大変印象深く残っている。

高橋夫妻は、二人がいないとだめ、
ともに助けあう関係であるという。

娘、真麻は、相手を直感的に感じるより、
じっくり時間をかけて観察するほうだという。

ただいま、恋人募集中である。

父、高橋は、娘の結婚相手に関して、
娘が選んだのであれば、どんな人でもいいという、
娘への信頼の裏付けがあるからでしょう。

真麻は、アナウンサーになるのに、
並々ならぬ努力の結果なれたのに、
「こね」でなったと、揶揄されることがあった。

父は、それはいわせておけばいい、
結果としてどんな仕事をしているかで、
示していけば、わかることだという。

娘、真麻の一言で、
父高橋の俳優人生の転機につながった。

映画、ドラマの演技上、
睨みつける癖のようなものがあり、
娘が俳優はバラエティに出て幅を広げたらといった。

高橋は、来る仕事は拒まない、
たとえ子供から秀樹だと、
呼び捨てにされても、気にしない。

それでも、高橋は、
子供にも認知されているとポジティブに捉える。

ところが娘真麻は、不幸アピールタイプだと、
自分でいうくらい、なかなか父のように、
ポジティブになれないようです。

父は、プロとして仕事をするうえで、
怪我を言い訳に使わない、
お客さまには関係ないこと、
常に最良の状態を見せるのがプロだと言い切る。

娘も父の仕事の姿が好き。
娘によると普段の父の姿とは違うようだ。

両親の願いとして、
父である高橋は、4人テーブルで、
4番目にすわる娘の相手が決まり、
やがてその横に小さな椅子が置かれるのを、
一日もはやく来るのを望んでいる。

父と母、娘という関係の中で、
なんでも言える関係であり。
夫婦として互いに尊敬しあい、
親子としていつくしみあう。
そんな3人の鼎談であった。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


物事考えようです

2009/06/20 10:06
予定変更を余儀なくなれることはよくあることで、
段取りを変えなければならないことがある。

そんな時、どう考えるか?
いや、困ったなあと思うか、
困るけれどどう事態を打開するか考える。

そこが、智恵の出しどころ。
事態の変化を前向きにとらえ、
何か次につながる要素を見つけていく。

なかなか計画通りには、
いかないものである。

とどまるわけには、行かないので、
前に進めることで、解決策を見出していく。

どうしようもない事態を避けるために、
尽くせる最善の策を、
何か、策はないかと考える。

何かいい智恵はと考えると、
最低限のことから脱出可能、、
どうなるかわやってみないとわからないこと多い。

近所のFさんが、どうしても都合が悪くなったので、
予定の作業を手伝えないという。

よくよく話を聞いてみると、
まだ予定変更をしてもやれそうだとわかる。

急ぎ、連絡メモを修正、
まだみんなに回す前でよかった。

悪いことばかりではない、
何とかなるさと開き直りも必要。

そんなことを考えていると、
読売新聞の地域情報をやっている人が、
取材をしてくれるという。

来月の七夕まつりについて。
いい話ではないですか。

先方から言ってくださり、
アナウンス効果も期待できる。

七夕まつりの準備が、
違う方向で進むことになる。

これで、すこしでも多くの人に、
須磨寺の七夕を知ってもらえる。

いいこともある。
そう考えて、気持ちを切り替える。

今日は、20,21日お大師さん、
今日はお天気だが、
明日は、どうやら下り坂。

どう切り抜けれるやら、
自然相手のこと、
雨もふらないと困る人もいる。

降って困る私たちもいる。
すべからく物事には、両面あり。

物事考えようです。






記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


初めての探検

2009/06/19 09:24
地域の北須磨小学校の2年生の児童たちが、
2クラス総勢59名、
須磨寺前商店街にやってきた。

商店街にあるお大師広場に、
小さく座って行儀よく、
並んでいる。

赤の帽子の子供たちと、
白の帽子の子供たち、
2組に分かれている。

それぞれに班分けされ、
先生の指示に従い、グループごとに、
行動するようになっている。

彼らは、商店街への市場調査をしに、
それぞれの店に入り、
聞き取り調査を行おうというもの。

早速、店を目指して、
塊で動く。

弊店にも、5名ほどの小学生がやってきた。
手にしたメモらしきものに、
何やら質問とおぼしきものを書いている。

そのカンペをちらっと見ながら、
普段使わない丁寧な言葉で、
改まって質問をしてくる。

一つ、一つの質問に、
丁寧に答える。

相手が子供でも、
わかりやすく説明をする。、
しかし、話の内容のレベルは下げない。

子供たちを一人前として、
対応するのが、
大人の役目だと思っている。

私の答えに、驚いたり、
うなずいたり、
「いつからお店をやっているんですか」との質問に、
「60年ぐらいかな」と答える。

その答えが60年と聞き、
自分たちの年令と比較したのか、
驚きの様子を見せていた。

私たちの小学生のころは、
1クラスで50名以上、
8クラスは、あった。

少子化を現実のものとして受け止める。

彼らにとって、商店街はワンダーランド、
何があるやら、探検模様。

まだ色の付いていない、
小学生たちに一体、
私たちの商店街はどのように映っているのか、
興味の湧くところ。

これから、彼らも偶有性の海に入ることになるであろう。
今の感性を大事に、
素直に反応する人間であってほしい。

学校の勉強とは違う何かを、
今日、小学生たちは、学んでいったことでしょう。

生きた学習といえる。

初めての探検となる商店街、
その一回性を楽しんでいたようだ。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


いい意味、予想外

2009/06/18 10:45
昨日、夕方ちょっとぼんやりを決めん込んでいたら、
電話が鳴り、その電話の主がよく知っている人だったが、
電話がかかってくるなんて、想像だにしていなかった。

初めて電話をいただいたのは、
近くにある天神さんの宮司、Kさんから。

以前から顔みしりで、
最近では、ある課題で月に一度お会いしている。

けれど、電話をかけることもなければ、
かかってくることなんて考えたことがなかった。

これも偶有性のなせる技なんでしょう。

耳元に聞こえる声は、
確かに宮司さんの声。

一瞬、何が起ころうとしているのか、
電話で話していながら、検討がつかないでいた。

話が進むにつれ、
内容がつかめ、なぜ電話をいただいたかが分かった。

その間、わずかな時間だが、
ちょっと自分の中に空間ができた。

電話が終わってから、
受けたことをうれしく感じる。

今、須磨智慧の道をどうにかしようと、
天神さんと須磨寺さんとあと何人かの人と話し合っているところです。

須磨智慧の道とは、学問の秀でた弘法大師のある須磨寺さんと、
菅原道真の天神さんを結ぶ道をそう呼んでいます。

もっと、皆さんに知っていただくために、
それこそみんなで智恵をしぼっています。

天神さんのお話も、それに関連したことだったので、
あとになって電話があったことに合点がいったしだいです。

思いもかけないことって、あるものですね。
いい意味、予想外だったので、
感激しています。

一生懸命、どうにかしようという気持ちがつたわり、
何かヒントがつかめるかもしれない。
また、今月の会合が楽しみです。

「お電話ありがとうございました」
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


沈黙の海で、生命をとる 水中写真家・中村征夫

2009/06/17 10:37
海の中の命の営みを撮り続ける、
水中から社会を映す、
海の報道写真家と呼ばれる男がいる。

NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に、
水中写真家・中村征夫が登場、
海の中の自然の営みを伝える。

海の報道写真家と呼ばれる中村。
フリーカメラマンとして、世界各地の海の中が仕事場、
43年間、3万時間にのぼり海の中で撮り続けた。

中村は、殆どの自分は、海から教わったと、
海に敬意を払う。

佐渡へ海藻を大木に見立て、
森のように撮ることに挑戦、
そんなとき、中村は、「海にお邪魔する」という。

とうてい、海には、かなわいという海の尊厳を認める

山が元気でないと、藻も育たない、
山の恩恵を受けていると、自然の関わり方に目をやる。

世界の海で、奇麗な魚の写真などをとっている中村だが、
仕事のフィールドは、きれいな海ばかりではない。
ヘドロに汚染された東京湾で、
けなげに生きる海の生き物たちを追う。

半世紀にわたって海に潜り、写真を撮り続けてきた中村だが、
いつも思い通りにならない自然の被写体と向き合ってきた。

海に入る前には、事前の装備のチェックを怠らない。
常に万全を期して、海にのぞむ、
これが、中村のスタンスである。

海の中の生き物は、警戒心がつよい。
相手を驚かさないように、
命と向き合い、礼を尽くす中村。

中村は、40年間魚の顔の正面をとることにこだわったきた。
とるぞ、とるぞという意識をもたない、
魚がきたらシャッターを押す。

まさに「お邪魔している」精神のあらわれである。

中村は、秋田県の高校卒業後、
1年間で家電販売の仕事を辞め、
19歳の夏にたまたま遊びに行った先で見た、
水中カメラマンにみせられ、見よう見まねで始めた。

24歳で水中プロダクションにはいる。
31のとき、奥多摩での失踪事件で、
中村が撮ったスクープ写真が発見につながった。

人のためになったんだと、中村は想いを強く抱いた。
一念発起し、32歳で独立した。

何をとればいいのかわからなかった。

東京湾のヘドロの海に潜り、
そんな劣悪な環境の中でも、
海の生き物は新たな生命をやどしていた。

「東京湾は死んでいない」と中村は感動した。
東京湾にかけようと思うようになった。

10年をかけて1冊の写真集をつくった。
中村の執念の作品である。

東京湾で中村はいろんなことを学ぶ。
海のことを知らない自分、自然界の法則を知らない自分、
人間は、謙虚に自然とつきあわねばと、中村は心がける。

満身創痍の中村、自分の体に鞭打ちながら、
耳鳴り、腰痛に常に悩まされる日々。

いつまで出来るか、明日はわからない、
残された時間は少ないと、また海に挑む。

オニヒトデにやられたサンゴ礁のなで、
あらたな生命が誕生している。

中村は、懸命に生きようとしている生き物に敬意をはらう。
生きるということを目の当たりにする。

そんな場面に遭遇すると、やはり中村は写真を撮り続けようと思う。

今、中村は「コウイカ」の「交接」、
愛の営みの瞬間を捕らえようと
コウイカの一生はわずか1年、

そのシャッターチャンスをうかがうが、未だ叶わず。

諦めずにまた来年、コウイカ」の「交接」、に挑戦する。
中村は、海にお邪魔しながらシャッターをきり、
社会へのメッセージを伝える。

また、来年「コウイカ」の交接の撮影に懸ける。



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


ここは、辛抱のときや

2009/06/16 10:38
電話であるところから、
アンケートへの協力要請があり、
ファックスで内容が送られてきた。

送られてきた内容は、
神戸のインフルエンザの影響の、
その後の回復具合を問い合わせるもの。

今、現状として私が実感するのは、
インフルに関係なく、
依然として厳しい環境にあるということ。

何%ぐらい回復しましたか?。
この質問には、答えずらいものがある。
アンケートには、0%回復と書かざるを得なかった。

ファックスにて、
アンケートの回答をする。
内容は、けっして明るいものではない。

そんなことをしていると、
近所の幼馴染のKさんが、
弊店に来た。

仲間うちでの会話は、
「なに、これ、なんでこんな暇なん?」、
こんな問いかけあいが多い。

それでも、めげずにやっていくしかいない。

いつも、最後は笑って、
「ここは、辛抱のときや」
「なんとか、くらいついていこう」
それを、合言葉に日々過ごしている。

来月には、須磨寺前商店街では、
「七夕まつり」をします。

七夕の笹と吹き流しを飾り、
いやなムードを追い払おう。

少しでもみなさんにたのしんでもらえる様に、
商店街の皆さんの工夫が集まります。

子供たちの笑顔を楽しみに、
これから残りの準備をしっかりとやっていこう。

こんな時こそ、
笑顔が大切である。

大きな声で、
「ありがとうございます」と、
そう言おう。



記事へガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


普段触れることのない土塊

2009/06/15 10:12
子供たちが元気よく、
大人たちもわいわいといいながら、
マイクロバスに乗り込む。

行く先は、神戸市西区神出ファームビレッジ、
普段触れることのない土塊、
農業体験に出かけたのでした。

西区と須磨寺との地域交流の一環として、
現地に行く。

総勢、25名、
須磨寺を出発し、40分ぐらいで目的地に着く。
係りの方の説明を聞き、まずはサツマイモの苗を植える。

苗植えの要領を教わり、
おぼつかない手つきで、
一本ずつ丁寧に植えていく。

画像


さつま芋の苗と格闘し、
何とか終えると、
次は、じゃが芋掘りへと移動する。

最初からがんばりすぎると、
予定通り、スケジュールがこなせない。
体力配分を私はこころがける。

いざ、じゃが芋ほり、
手袋をした手で土を掘り出す。
じゃが芋畑をいじっていると、
おおきなミミズが出てきた。

とんと最近お目にかかることのない、
おおきなミミズ。
大人も、子供も大騒ぎ。

蛙もそこいらで飛び回る。
子供がそれを追いかける。

画像


自然と戯れながら、
じゃが芋掘りは、無事終了。
ここで給水タイム。

適度な水分補給は、
熱中症対策にはいい。

先方の細やかな気遣いで、
冷たい飲み物が提供された。

まだ、やらなければならないことがあります。
田植え、全体としては既に終わっているが、
私たちのために場所を開けてくれている。

その前に、田んぼのそばにある、
「ビオトープ」でひと遊びする。

画像


あめんぼう、めだか、たにし、
普段お目にかかることのない、
小さな生き物に子供も大人も無邪気になる。

きれいに蓮の花がさき、
そこだけは別世界。

こどもたちは、網ですくった小さな生き物たちを、
用意された容器に移し、観察する。

画像


田んぼの中での憩いの場所をあとに、
いよいよ田植え体験の田んぼへと、
移動開始。

子供たちは、元気がありあまっているが、
大人たちは、ちょっとバテ気味。

田んぼに到着し、田植えの要領の説明を受ける。
3本ほどの苗をつかみ、しゃがんでさす。

一列に子供を中心に並び、
教えられて様に指していく。

画像


午前10時から始まった農作業体験も、
約2時間ほどで終了した。

子供ははしゃぎながら、
大人は疲れ顔で昼食の用意されている、
ところへと移動。

「ああ、おなかすいた」の声が聞こえる。

昼食は、おにぎりに豚汁、そしてじゃがふかしじゃが芋。
喉の渇きに、冷えたビールがここちよい。
至福の時を迎える。

農作業のあとの昼食は、また格別。
用意していただいた昼食を食べ、
ちょっと一服をし、帰ることになる。

西区神出町の方のこころ温まる接待に感謝し、
再び、マイクロバスに乗り、帰路につく。

午後、2時ごろ須磨寺につき、
行きには、手ぶれ状態だったのに、
帰りは収穫したじゃが芋を手に散会した。

みなさん、半日ご苦労様でした。

久しぶりに太陽のもとで動き、
心地よい疲れを感じる。

こうして地域交流は、無事終えることに。

昨日は、太陽と土塊と農作業で、
充実した一日となった。








記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ボクらの時代 寺脇康文×岸谷五朗×三浦春馬

2009/06/14 16:28
19才の若き俳優と、
親子ぐらいの年齢差の先輩俳優2人が、
屈託のない鼎談を繰り広げる。

フジTV「ボクらの時代 」
寺脇康文・・47才映画、TVドラマ、舞台、今TVドラマ「相棒」で有名、舞台がホームグラウンド、
岸谷五朗・・45才映画、TVドラマ、舞台、に大活躍。寺脇と1994年に地球ゴージャスという、演劇ユニットを組む。
三浦春馬・・19才子役時代からTV、映画に出演、芸歴12年。映画「恋空」で日本アカデミー賞・新人俳優賞を受賞

3人は今回岸谷立ちの「地球ゴージャス」プロデュースの舞台で、
初共演する。三浦春馬は、舞台初挑戦となる。

三浦の芸能界入りは、母親が友達をつくってほしいとの想いでいれた。
自分の意思ではないという。

寺脇は、自分の力でしゃぶしゃぶが食べれるようになった時、
やっと本来の仕事でかせげるようになったと感動した。

岸谷は、今だに時給のいいバイトの広告をみると反応する。
若い頃を思い出すかのように。

三浦は若いからよく寝る、休みの日は10時間ぐらい、
それは、若さだと岸谷が自論を述べる。
寺脇が、47才にして8時間寝るのは、驚くと岸谷が付け加えた。

岸谷が三浦はフレームから飛び出している感じで、
すごい演技をすると評価する。

寺脇は、芝居を始め出したころは、うまい役者に憧れたが、
今は、上手な役者はいないと考える。
何か、それが気に入っているんだと評されるのを好む。

観客が、作品をみて、
かなしい、悔しい、鳥肌が立つと思わせるのが、
エンターテーメントだと岸谷は考える。

趣味については、
三浦はビリヤード、岸谷はサーフィン、
寺脇は無趣味、酒をのむぐらいと、
互いを語り合う。

恋については、好きなこの目は、
見れない、ちらっと見るぐらい、
男はそうだと3人の意見があう。

母親の存在についても、
寺脇と岸田は、尊敬できる存在であるという。

男は、マザコンでいいと断言する岸谷。
母親への想いは、強い。

その言葉を受けて、三浦は自分も母親を尊敬しようと思う。

稽古場に三浦の居残りをみて、
岸谷は自分の新人の頃を思い出すという。
舞台という床と永くいたいという。

演劇と映画について、岸谷は、
登場感があるのが、舞台、
映像は、その場の存在感だと比較する。

舞台はお客様が全部をみていると寺脇がいう。

三浦は、仕事として意識しだしたのは、
中学に入ってから、辞めたいとい思ったことはないが、
大人についていけないもどかしさを感じていた。

岸谷が重い言葉を発する。
諦めるということは、明らかに極めるということ。
自分はまだその領域に達してないので、
諦めないのだという。

寺脇は初日本番を迎え、3人で感動しあい、
ハイッタチすることを楽しみにしている。

三浦は、初舞台の初日に泣きそうだという。
それをフォローして、岸谷が、
泣くのなら初日がいいとアドバイスをおくる。

年齢差を超え、
共に同じ舞台を踏む3人、
真剣に仕事に立ち向かう姿勢は、
みな同じ、爽やかさが残る鼎談だった。

記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


プロの目は厳しく

2009/06/13 09:19
金槌を打つ音が響き、
防犯灯のシルバーグレーに、
錆び部分の赤茶けた色が目につく。

商店街にある防犯灯の中の一本が、
裾部分が腐食し、
ぼろぼろになってしまい、
大変危険な状態である。

前から気にたっていた一本の防犯灯、
専門の方が来られて、
腐食部分を金槌で軽くたたくと、
ぼろぼろと崩れ落ちる。

それを見て、私はびっくりした。

「もう、限界です、ほら軽く押しただけで動きますよ、
すぐに撤去したほうがいいです」といわれ、
早速、忠告に従い取り払ってもらうこと。

防犯灯を引き抜き、
バーナーで焼き切り分解し、
後の穴をセメントで埋めてもらう。

もうこれで、防犯灯が倒れることはない。

たまたま、昨日専門の係りの人がいたので、
より専門的に見てもらえ、
我々ではわからない判断をしてもらえた。

もう、すこしそのままで置いておいたら、
大変なことになっていたかもしれない。

やはり、しっかりとしたプロの目で見たもらうのが、
安心、安全への道といえる。

ついでに、他の防犯灯も見てもらい、
かなり危険な状態のものがあると、
指摘を受け、その防犯灯を見る。

外から私たちが見ただけでは、
単なる腐食で、塗装のやりかえで済むように、
思っていたら、大きな間違いだった。

多くの現場を踏み、
その経験に裏付けられた目で見て、
直感的に危険度の高さを判断する。

プロの目は厳しく、的確である。

来週、改めて商店街の防犯灯を点検してもらい、
どう、修理をしていくかの検討をする。

素人判断は、考えものですね。
ひとまず、一番危険な状態からは、
脱出でき、一安心しているところです。

本当に危険な状態だったのを、
思い知らされえた一日でした。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


過去の自分時間

2009/06/12 09:17
地域にあるK女子大学のキャンパスを、
所用があって、
何年かぶりに足を踏み入れる。

神戸の須磨区にあるK女子大は、
地域に根ざした女子大として、
我々地域の商店街とのイベントで連携をしている。

来月7月7日に開催する「須磨寺七夕まつり」に、
サポーターとして、
ゲームやこちらの催しものに参加してもらう。

総勢、20名の女子大生が応援にやってくる。
そのメンバーと担当教授であるS教授に会いに、
女子大のキャンパスに行った。

まず、S教授の研究室にご挨拶にあがり、
その後、学生たちの待つ、
教室へと案内を受け、学生たちと打ち合わせをする。

打ち合わせ会場となった、
4階の教室への階段をのぼりながら、
遠い昔の自分の学生時代を思い出していた。

教室につき、学生達に挨拶をし打ち合わせ。
20名参加してもらうので、
4グループに分かれてもらった。

そして、それぞれ責任者を決め、
打ち合わせをし、無事終えることとなる。

教室からの帰り道、
階段をおりながら、
すれ違う学生を見て、
なつかしく自分の学生時代を思い浮かべる。

キャンパスにでて、
歩きながらぼんやりと、
過去の自分時間を取り戻していた。

普段の商売の話から、
学生相手の話で、
しかも教室での打ち合わせとあって、
なにやら不思議な緊張を楽しませてもらった。

後ろには、幅の広い黒板、
大教室なので、
マイクの設備のついた教壇も供えられていた。

そんな前に立って学生に向かって話していると、
講義する感覚ってこんな風なものなのかと、
ちょっぴり先生気分を味わう。

20名とはいえ、
みなさんにわかりやすく、
まんべんなく顔をみながら、
話をするのは、簡単ではない。

日常と違う時間の流れを、
体感し、久し振りにリフレッシュすることができた。

学生時代という懐かしい過去があり、
社会人となり、
今は、自営業者となっている今がある。

そうなんだ、「今、ここから」である。

帰り道のぼんやりとしたいい気持ちを、
お土産に我が家へと向かった。

記事へかわいい ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


脳のスイッチの切り替えタイム

2009/06/11 09:58
月1回、第2水曜日は、
私たち須磨寺前商店街の、
定例役員会、昨日がその日にあたる。

午後7時半からスタート、
昨晩はあいにくの雨、
一人、二人とメンバーが集まってくる。

定刻から少し遅れての会議が始まる。
10名ほどが参加してくれた。

いつも、メインの議題を5課題ほど設けている。

来月の7月7日の七夕祭り等々について、
確認、報告を行い、
段取り、役割分担を把握していく。

約一時間ほどで、
所定の議題の報告、提案をし、話あいを終える。

そのあとは、フリートークキングタイム、
気楽に話をしようということになっている。

メインで話せなかったことを、
簡単にレポートし、
いよいよ雑談タイム。

この時間は、どんな話でもOK。
世間話のような時間帯。

昨日は、交通規制の話やら、
インフルのその後の話、
地域の建物の今後のゆくえなど、
さまざまな話題が飛び出す。

私なんか知らない話も聞け、
結構この時間が好きである。

私がおもに話をし、「何か意見は?」「質問は」と、
いってもなかなかあるものではない。

少しでも、何か話す機会があれば、
それもいいかなあと思って、
フリートーキングタイムを設けています。

それまでの、通常の報告、話し合いとは、
明らかに違う、リラックスした皆さんの顔。

脳のスイッチの切り替えタイムでもある。
この時間は、大切にしてききたい。

事前に伝えるべきことをノートに書いていくのですが、
ついつい何が言い忘れていたことなどもあり、
そんな話を時折はさみながら時間が経過してく。

やがていろんな話が展開し、お開きとなる。

皆さん、お疲れ様でした。
後は、飲み物の抜けがらを片付け、
お開きとなる。

また、来月よろしく。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


人生によりそい 、がんと闘う 乳腺外科医・中村清吾

2009/06/10 10:50
乳がん治療での日本での第一人者のひとり、
日々、患者の人生と向き合いがんと闘う、
一人の医師がいる。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
乳腺外科医・中村清吾が登場し、
患者と真摯に向き合う姿をみせる。

東京の築地の総合病院、
そこの地下一階に中村の仕事場がある。
中村は、年間700件という大変な数の乳がんの手術を手がけている。

中村の治療は、専門分野の違う医師、
看護師、ケースワーカーを含む、
医療チームを結成し、入院中は勿論、
退院後も見据えて総合的に患者にあたる。

中村を頼って、全国から患者が集まり、
週に2回の外来に70人を超える患者をかかえる。

中村が向き合うのは、患者の人生、
それを常に肝にめいじている。

患者の言葉に3分は耳を傾け、
ちょっとした反応を見逃さないように、
チームのメンバーにも注意する。

中村は、問診の重要性を指摘する。
患者に寄り添うことに心血を注ぐ。

中村のこだわりは、「医者は謙虚であれ」、
白衣を着ているから医者であるという思い上がりをすて、
常に患者目線で対峙し、考えるようこころがける。

中村は、できうる限りぎりぎりの努力と、
患者の術後の人生を考えて、
手術方法を選択し、その後の治療にあたっている。

中村は、東京浅草でうまれ、
鍼灸師の父のもと育った。

父の患者に対する姿勢に憧れ、
子供のころから医者目指し、
国立大学の医学部を卒業し、25歳で外科医の道に進んだ。

30代の後半に中村は、
忘れられない再発した乳がん患者と巡り合う。

治療にあたり「がん」を治すことばかりに捉われ、
副作用の強い抗がん剤を投与しつづけた。

強い副作用のために、子供の世話もできなかった。
その患者は、なんとか子供の世話をしたいと、
願っていたのを、中村は汲みとれていなかった。

一年後、その患者は亡くなり、
その家族と会ったとき自分の想いの浅さに気付かされた。

それから、一時期病室へも向かえないぐらいに、
落ち込んでいた中村。

そんな状況から脱皮するために、
41歳の時アメリカ研修に行くことを申し出た。

現地アメリカで中村が目にしたのは、
白衣をきているのは、医者とは限らず、
あらゆる専門スタッフが治療に合ったている姿を見た。

日本に帰り、すぐに中村は仲間の医師に呼びかけ、
時間をかけながら、
2005年に乳がんの専門医療センターを立ち上げた。

中村には、鍼灸師である父が残した、
患者にたいする思いやりの精神が息づいている。

灸は身を焼くにあらず、
心に火を灯すなり、
この言葉を書いた扇子を中村は胸にしまってもっている。

中村が再発がんの患者と向き合うとき、
よりその人の人生を豊にするために、
自分の病気を子供にもつげるほうがよいとさりげなくいう。

その都度、患者の精神バランスを考え、
体調を考慮しながら、けっして無理強いはしない。

あくまでも、患者の意思で家族に話すのを、待っている。
家族の中で共有できる思い、
生きていく上での励みになるという。

女性患者は、その後一念発起し、
子どもたちに自分の病気をつげ、
子供たちも理解し、互いに寄り添う生活が生まれた。

中村は、患者には様々な事情があり、
どれひとつとて同じ人生はない。
患者が自分らしくいきることを支援することを大切にしている。

患者の人生に寄り添う。
まさしく中村の患者に対しての気持ちである。












記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 2 / コメント 0


ここが、私たちのホームグラウンド

2009/06/09 10:04
昨日は、第59回神戸市商店街連合会通常総会に、
出席のために、同じ商店街のFさんと一緒に、
会場となるホテルのある新神戸に向かった。

午後4時より総会は始まり、
滞りなく進行し、午後5時半ごろに、
来賓を迎えることになった。

来賓のトップに、
矢田神戸市長が、挨拶された。

インフルエンザによる影響から、
神戸も少しずつ立ち直り始めていることにふれ、
市としての支援策を話され、苦境を乗り越えがんばろうと訴えた。

また、5月に開催予定だった「神戸まつり」は、
一旦は、インフルエンザの影響で中止を余儀なくされたが、
7月に夏の祭りとして夕方から行うと市長から発言があった。

夏の関西を彩る、京都の祇園まつり、大阪の天神まつりと、
連動するような形で、元気をもりかえそうと計画されている。

その後、懇親会が開かれ、
多くの出席者の方との、
歓談のひと時が設けられた。

同じ商店街で仕事をしている者通し、
昨今の情勢について、
意見交換をする。

出席者を取り巻く環境はまちまちながら、
厳しい環境にあることは、
共通認識としてもっており、
何とか知恵をしぼってがんばろうとなった。

午後4時から始まった総会も、
8時前には、お開きとなりました。

長時間に渡り、
皆さんご苦労さまでした。

私とFさんも、
会場を後にし、家路についた。

新神戸駅から地下鉄に乗り、
板宿で山陽電車に乗り換え、
約30分ぐらいで須磨寺についた。

地元の須磨寺につき、
須磨かるた灯篭のやんわりとした明かりに迎えられ、
ああ、戻って来たんだと、ほっと一息つく。

ここが、私たちのホームグラウンド、
また、明日から、がんばろうと、
同行したFさんと挨拶をかわし、わかれた。
記事へガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


2か月ぶりの疾風怒濤

2009/06/08 10:00
先月は、都合により「須磨寺朝市」をお休みさせてもらった。
昨日は、一休み後の野菜の即売会となった。

先月お休みしたので、
今回はどうだろうかと、
皆さん集まってくれるかどうか、疑心暗鬼だった。

心配をよそに、
すでに、野菜の到着予定時間のはるか前に、
今や遅しと野菜の来るのを待っている人たちがいた。

昨日は、いつもより荷物の到着が若干遅め。
やはり、野菜を積んだトラックの姿を見るまでは、
なんだか不安なものです。

そうこうしているうちに、
いつも見慣れたトラックが、
視界に入ってきた。

「荷物を下ろして、準備しますので、
それまで、お待ちください。」と、
いつものようにお知らせる。

しかし、そんな声は聞こえぬとばかり、
販売台のテーブルに野菜のケースがのるや否や、
「野菜いれる籠貸して」と、大きな声が聞こえる。

午前10時前に始り、
わずか20分ぐらいで、
大波が小波に変わり、静かな様子にかえる。

2か月ぶりの疾風怒濤、
やはりこれを見ないと、
「須磨寺朝市」をやっている感じがしない。

手に手に野菜を持ち、
家路へと帰る皆さん、
ご苦労さま、ありがとうございました。

来週の日曜日は、
地域交流の一環として、
神戸市西区にある「神出ファームビレッジ」へ、
農業体験に行きます。

サツマイモ植え、田植え、
ジャガイモ堀りと盛りだくさんのスケジュール。

大いに楽しんでこようと思っています。

記事へ驚いた ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ボクらの時代 内田也哉子×UA×野村友里

2009/06/07 13:02
心と胃袋がつなぐ女友達と紹介があり、
おいしい料理を囲んでの楽しい、
鼎談が繰り広げられた。

フジTV「ボクらの時代」
内田也哉子・・父・内田裕也、母・樹木希林、19歳で俳優・本木雅弘と結婚、
一男一女の母、エッセイを含め文筆家として活躍、一男一女の母
UA・・ソウル、ジャズ、ロックなどジャンルを超えた歌手、NHKで「うたのお姉さん」もやり、
子どもから大人まで、幅広いファンを持つ、一男一女の母
野村友里・・フードディレィター、多くの雑誌に連載を持つ

内田もUAも朝が早い、子供の弁当を作る。
UAは、離乳食でポタージュにはまっている。
野村からお勧めレシピを教わる。

内田は、19歳で結婚し30を過ぎて、
やっと料理を楽しめるようになった。
それまでは、義務感でやっていたようなものという。

野村おすすめの食材、「たまねぎ」の存在感に3人ともはまる。

内田は、食事をすることは、自分の裸の部分をだすことと語る。
初デートの時は、緊張したようだ。

3人は、野村が監督した映画「イートリップ」に出演した。

内田が友達の違いを語る。
大人になってできた友達と子供のころからの友達の違い、
知り合いと友達の違いも意識する。
何でも話あえる人は、そう多くないとUAも同じくうなずく。

野村は大人の友達の存在を意識する。
UAは、食べ物にも信念を通すと笑う。

自分としては、子供ができてから流すようになったと語るUA。
母としてのキャリアにまだ自信が持てないようだ。

子供と母親が日常を初めて向き合う関係だとのべる内田。

UAのメールは簡単と野村が話す。
UAは、50文字以内にこだわり、
一時期天声人語を要約する訓練をしたことがあると、
簡潔に文章をつくることにこだわりをみせる。

そして、最近の言葉の乱れを娘の言葉から感じている。

内田は、19才で結婚し、2001年の母と同居。
UAは、子供の成長を考え、田舎生活をおくる。

内田の母樹木希林は、あまり怒られなかったが、
怒るときは、噴火型だったそうだ。
母を母性も個性も凝縮したような人と評する。

父とくらしておらず、母といつも一緒だった。
それが、普通だと思ってたらしい。

だから、19才で結婚して、家に男の人がいる状態に、
カルチャーショックを受けたという。

結婚するまでは、文通をしていただけと告白。
30過ぎた今まで、怒涛のごとく時間が過ぎたといい、
母からの一人の人に添い遂げることにこだわる。

夫婦は、精神的には独立していないといけないと、
内田は、自論を展開する。

添い遂げるには、相手もその覚悟がいると野村が言葉を添える。

男と女は支えあって生き、
よりかかってはいけないと内田が話す。

UAは、時間がかかるからというは、貧粗だと考える。
ワンライフ、人生おもいっきりやってほしいと、
野村は訴える。

おいしい食事を挟んで、
3人の女性の屈託ないおしゃべりと、
3人の笑顔の絶えない鼎談を楽しむことができた。
記事へ面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 0


人生の星時間

2009/06/06 10:08
茂木健一郎さんの「偉人達の脳」の中で、
ゲーテの「ファウスト」について、書かれており、
私自身、「ファウスト」を読んだ経緯もあり、
再び関連個所を再読した。

「火成論と水成論」より

ここで火成論と水成論について、
茂木さんの説明を引用します。

「水成論」とは、ドイツの地質学者アブラハム・ウエルナーによって提唱された説。原語は、ローマ神話における海神ネプチューンの名に因(ちな)んだ「ネプチューニズム」。地球上の岩石は基本的に海洋の水の作用によって形成されたという考え方である。

一方、「火成論」は、スコットランドの地質学者ジェームズ・ハットンによって唱えられた、地球上の岩石は火山の作用に「よって作られたという説である。ローマ神話における地底世界の神ブルートの名に因んだ「ブルートニズム」が原語となっている。

中略
現代の私たちは、実際には火山活動を含む地殻変動と、侵食などの水の作用が相まって地球上の陸地が形成されたということを知っている火成論と水成論と「水成論」の二つのベクトルに厳密に分けられない形で、自然の複雑な作用は進んでいくのである。・・本文より引用

この「火成論と水成論」の章の最後に、こう書かれてあります。

時折燃えさかる炎と、日々の静かな営み。無意識の精神運動にもまっすぐにつながっていて、私たちの人生という「山脈」を形成する。
「火成論」と「水成論」の論争を「ファウスト」の中で詩的に昇華したゲーテは、生命の秘密へとつながる生理的直観に突き動かされていた。

火でもあり、同時に水である。生命というものの不可思議な成り立ち。その絡み合いうねる潮流の中に、私たちは生きている。・・本文より引用

本文にもかかれてあるように、
「火成論」を突発的で動的なもの、事象ととらえ、
「水成論」は、穏やかな流れの中でのものであると、
表現されている。

今の時代、自分たちを囲む環境に照らし合わせて考えてみると、
茂木さんの書かれた文章のように、
「火成論」と「水成論」がいりまじっているように思える。

人にも、物にも、出来事にも「火成論と水成論」的要素が、
混在しているように思われる。

何かを起こそうとするとき、
何かを立ち上げようとするとき、
「火成論」的な勢いも必要とされる。

それを進行する際に、熟慮しながら、
「水成論」的な考察が加えられるべきであろう。

そんなように、私自身は考えたのです。

私たちの人生も、突発的な「火成論」的なこと、
穏やかな「水成論」な要素でなりたっていると、
私は感じています。

もうひとつ加えておきたい個所があります。
「人生の星時間」から、引用します。

どれほど苦しく、不条理なものであったとしても、生きる時間の流れは最後には肯定される。
これが「ファウスト」の根本哲学である。ファウストのような特別な人間だけが「瞬間よとまれ、お前は美しい。」と叫ぶ権利をもつものではない。私たち一人一人が、必ずそんな「人生の星時間」を迎えることができる。
・・中略
私たち人間の意識は、「瞬間」に人生を投影し、限りない感謝で包むことができる。生きることのそんな奇跡のあり方を、ゲーテはファウストの一言に託した。
・・本文より引用

非常に考えさせられるな文章である。

ファウストを読んでみて、何かもどかしさを感じていた私ですが、
茂木さんの文章を読んで、一歩理解が深まった。

画像

Amazon


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


そう私は、直覚する

2009/06/05 09:25
昼食は近所のお店のカレーを注文し、
おいしく頂き、私は、食後の歯磨きを済ませる。

その後、用事を思い出し、
「出かけるで」と声をかけ、
家内のOKなしに飛び出していった。

用事をすまして帰ってくると、
家内が不機嫌である。

台所で洗い物をしながら、
顔は完全に怒りに満ちている、
そう私は、直覚する。

「もう、自分のことしか考えてないなあ」と、
怒りを洗いものにぶつけるかのように、
私にお説教をする。

そう言われれば、そうなのか、
自分ではそんなに自己中ではないつもりだが、
審判をくだすのは、家内だから、
畢竟(ひっきょう)、「自分のことだけ」となる。

確かに、二人で店をやっているので、
ちょっと私が気をつければ、
ささいな衝突にはならないのにと、
反省は、いつも後になる。

相手のことも考えてとは思うのですが、
何かを思い立つとすぐしないと気がすまないので、
わがままというのでしょうね。

毎日が反省の私である。

家内は本気で怒っていたなあ。
家内は銀行に用があるとかで、
出かけることになった。

出がけに「晩ごはん、何する?」と、
まだ不機嫌モード。

最近「焼きそば」用のそばが売れているらしい。
外食を減らし、家計にも助かるとかで、
以前、家内が教えてくれてた。

その話を思い出したのかどうか?

「今晩、どうするの?焼きそばにしよか?と、
家内大明神の仰せに従い、
「うん、ええで」と答えるのが精いっぱい。

反省は先に立ちませんなあ。
これから気をつけよう、
でも、またきっとやってしまうでしょう。
記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


メタ認知した

2009/06/04 09:43
少し早目に家を出て、
歯医者に着き、
しばらく待合室で待つことになる。

癒し系のBGMが流れ、
時間つぶしに持って行った文庫本を、
やおら開き読み始めたのだが、
なんだか眠くなってきて、うたたねをきめこんだ。

予約時間が過ぎても、
なかなか私の名前が呼ばれない。
少し、時間がずれてきているようだ。

どこの医者にいっても、
待たされるのはよくあること。

しかし、早く済ませてほしいと、
私は、願っている。

3週間前、予防のためと思い、
歯垢をとってもらい、
歯をみがいてもらったら、
下の奥の7番と8番の間に問題ありといわれた。

そして、その治療に先週行き、
今週で終わる手筈になっている。

呼ばれるまでの間は、
癒し系の音楽から立ち上がるクオリアが、
随分と私をリラックスさせてくれ、
今から、治療にかかる緊張感をほぐしてくれた。

ほどなく、私の名前が呼ばれ、
治療開始となった。

ライトが当てられ、口をあけ、
あとは、先生に委ねるだけ。

何度経験しても、
口の中で起こることは、
何故が神経過敏となり、
なんともいえない擬音が神経にさわる。

逆らえない状態なので、
ここは、辛抱あるのみである。

やがて30分ほどで、
治療がおわり、
やれやれといった感じである。

先生に歯に関する質問をしてみた。

先生の説明によると、
普通の成人で歯は、上下4つに分けて、
7本ずつ、計28本あるといわれた。

歯はデリケートで、髪の毛一本、
口の中に入っただけでも感知する。
髪の毛は、1ミクロンだと先生が教えてくれた。

何歳で何本の歯というより、
たとえ少なくなった歯でも、
おいしく食べられればそれでよし、
そう、先生が言われた。

ようは、健康第一、
歯の数が揃っていても、
食べるものがおいしく食べれなければ、
何の意味もない、そうも言われた。

けだし、名言だと私は感じ入った。
何が大事なのかをメタ認知した。

はっきりと自分の考えを聞かせてくれる
プリンシプルを大事にする先生だったので、
私も、安心して治療を受けることができた。

いい先生との出会いで本当によかったです。
次は、一ヶ月後に歯を磨いてもらいます。

日頃の予防が大切、
丁寧に歯ブラシと歯間ブラシで、
歯磨きをこころがけようと思う。

雨上がりで、ほどよい気温、
夕刻の空気が醸し出す、
ゆるいクオリアを堪能しながら歩いた。

帰り道、ぼんやりとぶらぶらしながら、
気分よく家へとたどり着いた。
記事へ面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


誇りと夢は、自らつかめ 農業経営者・木内博一

2009/06/03 10:32
全国から視察ツアーが押し寄せ、
既成概念に捉われない農業経営で、
大きな成果をあげ、今大注目の農業経営者がいる。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
農業経営者・木内博一が、
農業経営に懸ける熱い思いを語る。

木内の持ち味は、発想と想像力にある。
木内家は、4代、7人が暮らしている。

若い農家を仲間として集め、
農業経営の会社を立ち上げ、
今、若手を含め93人の仲間がおり、
彼らを束ねるのが、木内である。

現在、木内が作る野菜は、43種類にものぼる。

木内の想いは、自分のこともあることながら、
常に仲間を大事に思う心を忘れない。

木内は、常に若手のチャレンジにも、
やるのみ、前のめりで進むことをしょうれいする。

木内の最もこだわる点の一つ、
「常識を疑う」、
旬の時期は野菜の値段がさがるが、
安定して収穫ができる、それを冷凍し年間安定して供給し世という発想にかえる。

規格外の野菜も、カット野菜として蘇らせ、
なんと年商7億円にまで成長させている。

規格外の野菜は、何と全体の収穫の4割に達する。
それをいぜんは、廃棄処分していたのが大半であった。
それをもったいない精神で、あらたな製品を産んで営業化した。

インターネット・ベンチャー企業との打ち合わせでも、
アイディアである原石に光が見いだせれば、
すぐさま、「立ち止まるな、次へ、次へ」と、
前進することを旨としている。

農業経営に対しての木内の考えは、
天候にさゆうされる農業、
畑の事情にあわせて工場を稼働させる。
逆転の発想で、夜遅くまで働くこともしばしばである。

もともと木内は、農業に興味はなかった、
地元の高校を卒業後、東京の大学へ進学するも、
これといってやりたいこともなく、21歳で実家の農業を手伝う。

木内は、農業をやったいると胸を張って言えなかった。
その木内をかえたのは、木内の母の仕事を手伝ううちに、
その母の姿をみて、大変な仕事をさせていると感じた。

木内たちに小遣いを与えるため、必至に働いた母、
一か月はたらいて、手取りが2000円ほど、
その中から、子供に小遣いを与えていた。

木内は、母親にちゃんとした給料をあたえたいと、
一念発起し、農業への想いを強くしていった。

直接、消費者やスーパーへと、
自らも営業に出向き、得意先を増やしていった。

革新的な動きで成果を挙げる木内の農業経営にたいし、
まわりのやっかみもあり、その矛先が木内の父の耳に、
その父が涙するのを木内はみたが、父は一言もそのことを木内にはいわなかった。

そのことでより、木内の意は固く、
自分もそしてなにより一緒にやってきた仲間の生活を守るために、
自分の信念を貫き、自分流で進むことを決意する。

木内は、自然と向き合い思うようにならない、
それがかえって木内の挑戦魂を書き立てる。

常に木内の姿勢は、チャレンジするということ。
誰もやっていない野菜作りに、果敢にいどむ。

結果がついていかなくても、
まだ改良点はあるはずと、
常に前向きで諦めることをしない。

その精神は、若手農業経営者たちにも、
十分に伝播している。

ある時、オーストラリアからのオファーがあり、
木内は現地に向かう。

そこで、いろんな角度から検討し、
自分たちが目指す糖度の高いトマトが、
現地オーストラリアの人たちに受け入れられるかに疑問を感じ、
計画を断念することにした。

木内は、課題をのこしながらも次の挑戦機会をまつ。
辞めるという決断もまた、木内にとって次に繋げるひとつの過程である。

木内たちが進める糖度の高いトマトの栽培も、
採算面に課題を残している。

今、すぐ事業家はむずかしいと判断。
しかし、あきらめずに研究は続けるという姿勢である。
立ち止まるな、次から次への精神である。

現在木内は、大学と共同研究で、
ある事業をすすめている。

それも常識破りのやりかたをする。
レタス栽培の新たな挑戦である。
誰もやりたがらなかった手法を提案され、
それに、挑戦することとなった。

問題意識の高い木内にとって、
テーマはエンドレスにある。

あくまでも、前のめりに木内は進む。
諦めない、原石のような芽を求めて、それを育てる。

人間愛、それが木内を支えている。







記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


豊穣な年にするために

2009/06/02 09:39
商店街の若手の仲間を中心に、
気楽に話し合おうと、、
集まって飲み会をすることとなった。

今まで、計画だけはあったが、
なかなか実現できず、
ようよく先日開くことができた。

参加人数は、10名強、
30代、40代がメインで、
あとは、シニア世代が2人。

地域の活性化、
商店街を活気あるものにするには、
若手の台頭なくして考えられない。

先日は、まだ顔合わせ程度、
具体的な話はあまりできなかったが、
互いがどんな存在であるかは、知りあえたようだ。

現状を取り巻く環境は、
日々深刻なものがある。

過去のよき時代ばかり、
なつかしがっていてもしかたなく、
今日、これから未来を見据えていく以外にない。

まさしく「今、ここ」である。

思いついたら、とりあえずやってみよう。
年末の新たな取組みのアウトラインが決まった。

あとは、やるのみ。
結果にとらわれず、前進あるのみ。

豊穣な年にするために、
叡智をしぼって、がんばって進もう。

次回の「飲み会」を楽しみに!



記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


疾走する精神

2009/06/01 10:47
茂木健一郎さんの「疾走する精神」
「今、ここから始まる精神」を、
読んでみることにした。

茂木さんの豊穣な言葉たちが、
読む者を引きつけ、
200頁あまりの小冊さがら、
結構タフな内容で読み応え十分。

脳科学の面から、
哲学的なアプローチと、
少々難解な表現も、電子辞書を駆使しながら、
結構それを楽しみながら読み進むことができた。

まずは、知るということを「はじめに」から、
少し引用します。

世界について知れば知るほどわからないことが増えてくるという側面がある。
万有引力を発見した、かのアイザック・ニュートン。人間の歴史に燦然と輝く天才は、「私は巨人の肩に乗っていたから、遠くまで見通すことができたのだ」という箴言を残した。

知ること(=「巨人の肩に乗」ること)は、さらに未知なる世界(=「遠く」)への視野を開いてくれる。
学ぶことで、私たちの精神はさらに広々としたヴィジョンを得る。知ることで、世界のすみずみから伝わってくるさわやかな空気を吸うことができる。・・はじめより引用いました。


あと印象に残った箇所を何点かあげます。
ホメオスタシスとは、恒常性を意味することば。

「私」という存在を、激動にもかかわらず必死になって維持しようといホメオスタシスの作用が存在してこそ、
安心して偶有性に身をさらすことができる。実際、勇気をも持って変化に飛び込むことができる人に、強靭な自我を持つ人が多いことは、人生の経験に照らしても明らかではないか。
・・本文より引用

{多世界解釈}より
脳には、常に「今、ここ」しか与えられていない。操作の可能性が開かれているのは、「今、ここ」だけである。これから起こることを想像しようとする時、脳は「今、ここ」において残されている過去の痕跡を参照し、その組み合わせの中から、何とか未来を照射しようとする。
その際、過去の記憶はさまざまな形で結びつき、時に変容する。
・・本文より引用

「音楽」より
頭のよいということは、すなわち、脳の中ですぐれた音楽を鳴らすことができるということである。
センスがよいとは、脳内音楽のリズムに生命の躍動が吹き込まれているということである。
脳を、ある状態の下に固定しておくことはできない。神経細胞の脈動は止まらない。変化は避けられない。
ただ、その変化がどのような順序で組み合わされるかということである。
そのコーディネーションが、思考や感性の「生死」を分ける。
・・本文より引用

「拡散と収束」より
自分と価値観の異なる他者と向き合うことは、時にしんどい。しかし、その出会いと相互作用による自己と他者の共変容こそが、生命の創発に欠かせない。社会のなかの多様性を保ち、育むというのは、「政治的に正しい」お題目であると同時に、共変容を通して自分がより高められていくための不可欠な土壌である。
つまりは自分の精神のためなのである。
・・本文より引用

付箋をつけたところを再度たどりながら、
その中でも自分が気になったところを抜粋しました。

読んでみてたやすい内容ではないが、
なにか難解さを楽しんでやろうという意欲を、
掻き立てられる茂木マジックにはまってしまう。

読んだあとの開放感、
快感は読んだ者にしか味わえない、
豊穣な気持ちである。

画像

Amazon
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


ボクらの時代 吉行和子×富士真奈美×ねじめ正一

2009/05/31 11:24
俳句が結ぶ3人が、
俳句を通して互いをかたる、
大人の鼎談が繰り広げられる。

集まった場所は、関口芭蕉庵という、
松尾芭蕉が住んでいたと言われている所。

フジTV「ボクらの時代」
吉行和子・・女優
富士真奈美・・女優
ねじめ正一・・詩人・作家

俳句歴はねじめが一番浅い。
ねじめは、最初は不安で、嫌いだった。

小説100枚書くより17文字のほうが、
よっぽど神経を使う感想を述べる。

俳句歴の一番長い富士曰く、
小説も俳句も考える分量は一緒だと。

吉行は、富士、岸田の句会に引き込まれた感じである。

女優二人に、ねじめの素朴な疑問。
女優さんは恥かくのを嫌がるから俳句をやりたがらない?

吉行は、句が取られないと(選ばれない)と傷つくひともいるが、
自分は平気なんだそうだ。

吉行は、初めて1ヶ月ぐらい取ってもらえなかった。
それでも、くやしくも、恥ずかしいとも思わない。
実にマイペースの人である。

ねじめが、気をつけることは、
自分の句が選ばれても大喜びしない。
選ばれなかった人の気持ちも推し量る配慮がいるということ。

ねじめは、最初のころは連戦連敗だったとか。

吉行がいう、俳句は人によって解釈が違う。
自作の句・・秋扇 失せし男に 未練なし

ここで、男に未練がないのに、
男の扇に未練がないと思ったひとがいたようだ。
人、それぞれの解釈がおもしろい。

ねじめの初期の句。
実は母親が心配をして手を加えた。
さくさくと 素足にみえる 雪女

それぞれが、一番好きな句を選ぶ
ねじめ・・満月を 四つに畳んで 持ち帰る
おくさんのお土産に持ち帰るの意。

ねじめには、この他持ち帰りシリーズとして、
春の山、明治大学ももちかえりの対象となった。

吉行・・青年よ 饒舌になれ おぼろ夜だ
せっかくのおぼろ月なのに、
すこしは、気の利いたことをしゃべってほしいという気持ちがこめられている。

富士・・時雨きて 男半端な 顔となる
なかなか意味深な男女の関係の句である。

相手の句で一番好きな句
ねじめ・・富士の句・・かはたれの 酒場のソファ 饐えてねる
かはたれは、朝方のこと

富士自身も酔っ払っているのに、相手を冷静にみている。

吉行の句を選ぶ
雪解けや 男の腸を ふむごとし
吉行らしい、シュールであっさりとしておもいろいと、
ねじめの論評。

吉行が選ぶ句
富士の句で
夏風邪や 泣かねば 母は振り返らず
富士は母親の気を引こうと泣いても、母親はそうかまってくれなかったらしい。
弟であり長男が、一番だったようだ。ちょっと、やきもちをやいた。

ねじめの句を選ぶ
鰐見てる 本当に見てる 十三や
ユーモラスな句である。

次は、富士が選ぶ番。
吉行の句から
鰆はね ポールニューマンも はねている
これも、おもしろいですね。

ねじめの句を選ぶ
野茂の目は ちらっとかがやく 鯨の眼
野茂の横眼づかいに見る様が見えますね。

吉行は若いイケメンが好き。
映画「おくりびと」での本木に化粧をしてもらうやくとか、
沢田研二のとか。

吉行は、役を役として割り切るが、
富士は、自分の日常を引きずると、吉行がもらす。

ねじめからみると、
富士は古典的な女性だという。

吉行は富士を評して、
地に足のついた人だと思っている。

ねじめの富士票は、エキセントリックな役が多いとみる。
吉行は、一瞬にして何かを嫌にタイプと見る。

買い物をすると、富士と吉行は正反対。
あっさりときめる吉行、なかなか決まらない富士。

それでいて、うまくいっている。
互いにないものがあって、バランスがとれている二人。

俳句が二人をつないでいると、ねじめが話す。

富士が語る。
俳句は人の本質がよくわかるという。

いい歳の重ね方をした3人の、
軽妙洒脱なおしゃべりは、
本当に聞いていて何度も笑ってしまった。
素敵な鼎談でした。

記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


「今、ここ」からが大切

2009/05/30 10:09
一つのテーマに向かって議論するとき、
必ず意見が対立したり、
方向性の違いがでたりするものです。

あるテーマをめぐって、
互いの想いをぶつけあうことは、
誰にでも経験知としてある。

やることのリスクを先に考える人、
とにかくやってみなきゃあと考える人、
大きくふたつに分かれる。

やってみなきゃ派の人の発言は、
なかなか熱っぽいものがある。

議論をリードしてくれる人が、
大変情熱をもって話されるので、
そのインパクトに感動しています。

やはり、何かをやろうとする時は、
その人の思い入れの深さによるんだと、
話をきいていてつくずく感じた。

当然、やる現場としては、
面倒なことも多くでてくるだろうが、
それだけに、逆にそれを乗り越えられた時、
小さな成功体験ができ、ドーパミンのシャワーを浴びれる。

ここは、少々の意見の対立があっても、
やってみようという気にわたしはなっている。

以前文芸春秋の特別号版で、
師弟座談会で養老孟司さんと茂木健一郎さんの、
鼎談が掲載されていたのを、
私は思い出し読み返してみた。

布施英利さんが養老孟司さんに、
よくいわれていたことです。

塀の上を歩け」ということです。塀の外に落ちても困るけど、
内側ばかりみていてもつまらないから塀の上のぎりぎりを歩く。
その芸を身につけろ」とおしゃるんですね。

見てみなければわからない、
一度やってみて、
それを反省材料に次回につなげる。

そうポジティブにとらえていこう。

やってみなきゃあわからない、
やるからには、スピード感が大事と、
大胆な意見に後押しされ、
やってみようという気になっております。

まだまだ、これから詰めるべき課題は、
山積みしていますが、
「今、ここ」からが大切。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


安全宣言

2009/05/29 09:51
昨日、夕刊が届き、
一面に「神戸市長が安全宣言」と、
書かれてあり、思わず記事に見入った。

私たちを悩ませていた、
新型インフルエンザの感染の広がりが、
一応収まった様子で、ひとまず安心とのこと、
神戸市長の安全宣言につながった。

「市民生活と地域経済に大きな打撃をうけた。
これからは新型インフルエンザを体験した町として、
どこよりも安全・安心な生活を取り戻す」とした。
・・・産経新聞夕刊一面記事より

そして今後は、神戸モデルを構築するとあった。
「神戸モデル」は、発熱外来のほかに国の機関である、
神戸検疫所と市内の開業医、校医らに協力を依頼し、
検体の提供を受けて定点観測を行うサーベイランス(監視調査)を実施する。
・・記事本文より、

夕方のTVのニュースでも、
矢田神戸市長が記者発表をしていたのを見た。

市民の一人として、ほっとしている。
又、麻生総理も冷静な対応をと、
訴えていたのを聞き、国と地方との一体感を感じた。

先の阪神淡路大震災を経験した神戸、
その後、震災への対応にその神戸の体験が、
大いに生かされた。

今回も、新型インフルエンザを経験した都市として、
神戸モデルが今後各都市のモデルとして、
貢献することになるでしょう。

経済面、とりわけ商売人として私が実感するのは、
まだまだインフルの余波は消えているとは思えない。

決していい状態ではないけれど、
いつまでも留まっているわけにもいかず、
気持ちを前向きにして日常の商活動に励むしかない。

過去があり現在があり、未来がある。
「今、ここに」が大切であり、
今後、未来にどう向き合っていくかが、
今後の私たちの課題である。

今日は、幸いといいお天気になりました。
「安全宣言」も出たことだし、
気分一新して再出発といこう。

天台宗大阿闍梨・酒井 雄哉(ゆうさい)さんの「一日一生」より、
言葉を引用します。
「大丈夫、
明日はまた、
新しい人生が
生まれてくるから」

そう、それだけその日一日一日を大切にということです。
いつも、自分のPCの見える所に置き、
元気づけられている。

また、元気なお客様に会えるのを楽しみに、
神戸へ、須磨への皆様のお越しをお待ちしています!

記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


発信場所は、上海から

2009/05/28 09:13
携帯のメールの着信音が聞こえる。
どうやら家内に届いたメールのようだ。
神妙な顔をして「誰からやろ」と、そんな雰囲気で。

発信人は、家内の古くからの友人で、
昔の仕事上の後輩にあたる女性から。

発信場所は、上海から。
そう家内の友人Iさんは、
今、中国の上海でパタンナーの仕事をしている。

現状報告なのだが、
6月初旬には、仕事を辞めて、
日本に帰ってくるとかいてたようだ。

その友人のメールのはじめに、
私が中断していたブログ「須磨寺ものがたり」が、
再開しているのを喜んでくれていた。

心配をかけて申し訳ないとと、
同時に、拙ブログを読んでくれていたことを知り、
嬉しく感じ、励ましにもなった。

ウエブの世界なんですね。
上海で拙ブログを読んでくれたなんて、
嬉しいかぎりです。

私のブログを読んだと見えて、
家内が機種変更した携帯に、
手こずっているのを察して、
「メールの返信は無用」という、
内容の気遣いがあったという。

上海にまで、機種変騒動が伝わっていた。
本当に身近にグローバル化を感じる。

それでも、家内は果敢にメールに挑戦し、
返信をしました。

また、Iさんから帰国後の報告がある予定です。
再会を楽しみにしています。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


石ころだって、宝になる 材料科学者・細野秀雄

2009/05/27 10:22
昨年度の科学関係の論文の引用数で世界一、
今大注目の科学者、
新たな新素材の発見に真摯に取り組む一人の男がいる。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
今世界中から注目を浴びている材料科学者、
ノーベル賞候補者として名前が挙がる、
細野秀雄が登場した。

細野の研究は、
現在の錬金術、超電導物質、
材料科学、あまたある元素から、
全く新しい物質に変えるもの。

職場は東京工業大学、
そこで教授として20人の研究員を束ねている。
昨年は、60本の論文を海外の科学誌に発表している。

細野の仕事の姿勢は、現場主義。
5か所の研究所を駆け巡る毎日である。

ある物質とある物質とかけあわせ、
どう化けるかをみきわめる、
細野は普段からそう考える。

現場での細野のスタンスは、
「知の現場に上下なし」である。

若い科学者たちを、積極的に登用し、
彼らの研究成果、意見を真剣に受け止め、
新たな発見に繋げている。

細野は、30年の研究生活で「勝てる科学者」でなければ、
たんなる愛好家で終わっていてはいけないという、
想いを強く抱き続けている。

その仕事に対する気持ちは、
常に結果をだしてこそプロの科学者という、
熟知たる思いがある。

最初から出来上がったものなんてない、
原石みたいなデータを見つけ、
どう化けるかを見極める。

多くのデーターから、
これはというものを感じ取る、
五感を細野は大事にする。

「目の前の事実をまっすぐ見る」とは、
細野自身が強く心に刻んでいることである。

細野は、最も素材として不適当と思われてきた鉄に着目、
電気は電子がるからながれる、その物質はいろいろあると考えている。

細野の研究者としての歩みは、
平たんではなく、高専に入り、
一人の研究者にであった。

宇井純という研究者、公害問題に取り組み。
細野は宇井に直訴し、手伝うようになった。
宇井はいった、「公害は今の問題、
自分の分野を見つけなさい」と。

高専と中退し、もう勉強のすえに、
都立大の科学関係の学部にはいった。

おりしも科学界は超電導ブーム、
地味なセメントを使い、5年後知られざるセメントの性質を発見した。
信念をつらぬいている科学者である。

細野は、その後も、次から次へと新素材を開発した。

細野、45歳にして東京工業大学の教授となる。

細野は、ある研究の論文発表で大失態をした。
データを見誤っていたのである。
論文の発表会場で、自らの誤りを発表し、
謝罪をした。科学者として致命的なミスである。

しかし、それで諦めない細野は、
一年後驚くべき発見へとたどりつく。

鉄と掛け合わせて、
全く新しい素材を開発し、
世界をあっといわせた。

自分の名前の付いた法則を産みたい、
そう考える細野、
ありきたりの元素で新しいものをつくる、
それが恩師宇井のいう公害をおこさいに通じると話す。

研究室の最年少の研究者がいる。
とにかく負けず嫌いのがんばりや。

ある研究をまかせる。なかなか思うような成果がです、
その研究を継続か中断かを細野は決断しなければならなかった。

細野はあくまで「目の前の事実を、まっすぐ見る」を、
自身のこだわりとしてもっている。

絶対自分が作ってやるという、
強い信念のもと、若い研究はさらにデータ集めに奔走した。

若い研究者は、ダメといわれたわけではないので、
あくまでも食い下がり、可能性をさぐり、
研究発表に臨んだ。

その場での丁丁発止のやりとりのなかで、
何か嫌いと光る原石のようなものを、
細野は若い研究者の発表のデータに見出し継続をきめた。

目の前の事実を、まっすぐ見るという、
細野の信念が新たなるムーブメントへとつながる。

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0


新たな生命が育っている

2009/05/26 09:55
ツバメのひなたちが、
小さな口ばしをめい一杯に、
ひろげて餌を待っている。

弊店「茶の森園」の向かえにある、
「天ペロ」さんという、
揚げ饅頭を中心に和のテイストのスィーツのお店の、
テントの裏に、格好の場所をみつけたようで、
しっかりとツバメの巣が作られている。

屋号の「天ペロ」は、
ポルトガル語の「テンペロ」、
揚げるという意味からとったと聞いています。

「テンペロ」は、「天ぶら」の語源の一つのようです。

この7月で1周年を迎えるそうで、
新たにアイスモナカを送り出そうと、
日夜若社長が奮闘しています。

どんな、スィーツが巣立つのか、
ツバメの巣立ちとともに、
楽しみにしています。

何事においても、
新たなるものが誕生するのは、
幸せな気分を与えてくれるのもです。

「天ペロ」さんの店を訪れる人も、道行く人も、
ヒナ鳥たちの鳴き声に、足をとめて、
ヒナ鳥たちをながめ、相好を崩している。

心やすまるひと時を、
ツバメのヒナたちは、
人々に与えている。

やがて巣立つ日がくるのであろうが、
出来るだけ長くその愛らしい姿を、
我々に見せてほしいものです。

それにしても、今年はツバメの飛来が、
昨年に比べて少ないように思われる。

そのようなことを、
近所の方たちも、気にかけていた。

ツバメは子供を産み、
育てふるさとに帰る。

来年飛来するツバメは、
新たなメンバーでくる。

来年は、多くのツバメが来るといいですね。

画像


画像


画像
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


偉人たちの脳

2009/05/25 10:31
「偉人たちの脳」 (文明の星時間)は、
サンデー毎日に連載されている、
茂木健一郎さんの「文明の星時間」を、
まとめた茂木さん初の歴史エッセイである。

またしても、茂木さんの脳からくりだされる、
言葉たちの美しさ、力強さ、心地よさに、
ぐいぐいと最後まで、引っ張られていった。

茂木さんの歴史観に触れ、
過ぎ去った過去、現在、未来を、
見つめる機会をえる。

「今、ここ」という茂木さんのテーマが、
全編的に貫かれているように、
私は、受け取った。

<「偉人たちの脳」序文より>
生きることは、つまり、どうなるかわからない時間の中に身を投じる。
中略
一寸先は闇である。ぎりぎりの決断を下す人間の姿尊い。そのような瞬間を「星の時間」と表現したツヴァイクの詩心にしびれる。

「私たちは皆下水溝の中にいるが、何人かは空の星を見上げている」
アイルランド出身の作家オスカー・ワイルドは、かってそう書いた。
人生は必ずしもうまいくいかないし、世の中きれいなことばかりではない、
それでも、この世界の「下水溝」こそがわたしたちの生きる場所なのだ。
・・本文より引用

<命がけの跳躍 白州次郎より>
歴史は、来し方を振り返る中で立ち上がるなにものかである。
過ぎし日々に向き合うことで、私たちは有無をいわさずに進んでいく「時間」に対する感性を研ぎ澄ます。

時間の流れにおいて、「過去」と「未来」はおおよそ性質が違っている。
「過去」はすでに定まってしまったものである。昔のアルバムの写真、それを撮った日の生き生きした感触は、
もはや戻ってこない。

生命にとって、自由になる時間は、本来、「今、ここ」からの「未来」である。
・・本文より引用

<受難と情熱 キリストより>
日本語で「情熱」と訳される「パッション」は同時に「受難」という意味だと気づいたのは,バッハの作曲した「マタイの受難曲」を聞いたいる時だった。
中略

振り返れば、現代における無神論者を熱心に唱えるリチャード・どーキンスが心から尊敬するチャールズ・ダーウィンも、また「受難」の運命と無縁ではなかった。神が自身の似姿として人間を創造したという当時のキリスト教の世界観と、ダーウィンの内なる直観は相容れなかった。それでもダーウィンは自分の主張を公にすることから逃げなかった。・・本文より引用

<小さな歴史より>
時にはより小さなスケールの歴史についても考えてみることが大切である。私たち一人ひとり、あるいは友人や家族のささやかな人生。人に歴史あり。とるに足らないように見える生の履歴の中にも、必ず物語がある。

一つの村や街の来歴を考えるというように、きわめて小さなスケールで歴史を考えるアプローチを「マイクロヒストリー」と呼ぶ。ひとりの人間の生涯に即した時間の流れという究極の「マイクロヒストリー」を考えることで、私たちの歴史と向かい合う際の主体性を回復させることがでいる。

国家レベルの政治史だけが唯一の歴史ではない。「私」というひとりの人間に寄り添った歴史というものがあって良いのである。・・本文より引用

本文の中で検証されるいろんな歴史的局面を、
あらためて目にすることで、
新たな発見や気づきをえることができる。

一つの歴史観から人間の脳のありかたまで、
全てがつながっているといえる。

多くの点で興味深く読み終えることができた。
付箋をつけたところを思い起こし、
読み返すことになるだろう。

そして付け加えていうと、
本の装幀(緒方修一)のすばらしさと、
さらにイラストレーション(谷山彩子)の、
感覚の素晴らしさも必見です。

画像

Amazon
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


ボクらの時代 瑛太×役所広司×益岡徹

2009/05/24 11:41
トーク番組に不慣れな3人の俳優による、
鼎談がどう展開されるか、興味をそそり、
決して裏切られることなく楽しいトークが展開する。

フジTV「ボクらの時代」
瑛太・・26歳、俳優、モデル出身
役所広司・・俳優、元公務員、無名塾出身
益岡徹・・俳優、無名塾で役所の後輩であった

役所と益岡は、無名塾からの30年来の付き合い。
役所が先輩にあたり、面接のときに出会って以来。

瑛太と益岡は、ドラマ「ウォーターボーイズ」で共演、
よき飲み仲間であった。

「なぜ若者は酒を飲む?」
益岡曰く、時間を無駄遣いするのがいいんじゃないかと感じている。
瑛太は、なんかしらないけれど飲みにいく、
そんな感覚をもっている。

今や「イケメン」というくくりで、
よく言われるが、はたしてどう思うのか?

瑛太自身は、イケメンと思っていないが、
20代の俳優たちと仕事しても、
10人10色だと思うと発言する。

瑛太は、「イケメン」くくりに反発があるものの、
それは、それでしょうがないと受け止めている。

役所は、美しいだけで仕事をすることに疑問を持つ。

瑛太に対する先輩俳優2人は、
落ち着きのある感じをもっている若者だと思っている。

瑛太自身は、サッカー選手志望だったが、
途中で挫折し、CMのオーディションから映画に出会った。

瑛太は、映画「青い春」で共演者の一人に、
「俺は映画しかやらない」と言われたことが、
印象深く残っていると話す。

瑛太は、何でもや、モデルだし、
ドラマもやるしとコンプレックスを感じていたこともあったようだ。

映画とドラマに仕事としての違いは感じないと、
益岡は考えている。

役所は、画面の大きさの違いにあるかな。
スケール感は違うかもしれないがやることにそう違いを感じていない。

役所は、かねてより一本ぐらい映画をとりたいと考えていた。
今回役所は、初監督、主演もこなす「ガマの油」という映画を作った。

その映画の主役が役所で、その息子役が瑛太、ガマの売りの役が益岡である。

今回の「ガマの油」という映画。
死というテーマをユーモラスに描いている。

死について役所は友人から、
人は二度死ぬ。一度は肉体的に、もう一度は忘れ去られること。

「死」についての3人の感じ方。
役所は、母親の最後に立会え、
穏やかに去って行ったのを見て、死を怖いものではないと考えるようになった。

益岡は、父の死に際し、
父が死に向かいながらも、
周りの人に感謝の気持ちをあらわしているのをみて、
死に関して、怖いものではなく幸せに死ねることも見た。

瑛太は、26歳。
死について最初は怖いだけと感じていたが、
お通やを経験し、ただ悲しむだけじゃなくて、
何かをのこしてくれたと、そう思ったようだ。


家族を持つことについて。
瑛太は、家族をもつまでは死ねないという。
安らぎの場所だと先輩からも聞かされるので、
そうありたいと自分も思う。

役所も益岡も、家庭はあるほうがいいと考える。

今回「死」をユーモアに扱うことから。
役所曰く、ユーモアは物語を豊にすると話す。

瑛太は、笑いを狙いでいかない、
話の流れをを大事にする。

瑛太が芸人役をやって1シーンごとに笑いが来る。
それを経験したが、一番受けたのは自分が舞台の、
コードに足をとられこけそうになったとき、と苦笑いを浮かべる。

アドリブについては、
3人ともそのものを否定しない。

役所は、アドリブみたいなセリフが書かれているのがいいと感じる。

トークを苦手といっていた3人の俳優。
饒舌ではないが、それがかえって心地よいリズムを生み、
楽しく、真剣さがつたわり、さわやかな鼎談であった。



記事へ面白い ブログ気持玉 2 / トラックバック 1 / コメント 1


軽いバトル

2009/05/23 09:35
「ええ、どないなってんのん?」、
「どないしたんや?」
「ええ、おかしいねん」と。
これは、我が家のシニア夫婦の会話。

しばらくすると、
また家内が「これ、おかしいは!」と、
怒りを爆発する。

「何がおかしいん?」と聞くと、
「ちゃんと、やってるのに変やねん」という。

最近、私たち夫婦の携帯電話を機種変更した。
家内は、機種変には乗り気ではなかった。

せっかく慣れた携帯を変えると、
操作方法がちがってくるので、
それを嫌がっていた。

案の定、予定調和というか、
「ああ」「えええ」「これどうなってるの」の、連発である。

「ちゃんとしてるのになあ?」と、
不可思議な顔をする。

「それはなあ、操作がまちごうてるからや」
「そんなこというても、ちゃんとしてるで」
「ちゃんとしとったら、ちゃんとなるがな」
と、堂々めぐりの会話。

「携帯は命令されたことに、
忠実に従うようにできてるねん、
そやから、変なところに指があったたりして、
操作がちごてんねんて。」と、説得する。

そして、「違えば違う答えがでる。
それが携帯やで」と、説明をする。

家内は、それでも半分納得がいっていない。
「そうなんかなあ、おかしいなあ」と、
不機嫌である。

思い込みは、誰にでもあることで、
自分は間違うはずがないと思うものである。

これは、家内だけでなく、
私も、よくやることです。

PC相手に「どないなってんねん?」と、
喧嘩を売ることもしばしば。

たまたま、そばに家内がいたりすると、
「そんな大きな声ださんでも、
なんか間違うてるのとちがうん?」。

「そんなことあるわけないやろ」と、
私は、憤慨し、自分の怒りの矛先をさがす。

このように、互いにやりあっております。
一日一日、平和でありますように。
その日を大事に、軽いバトルを繰り返している。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


一日一生

2009/05/22 10:28
茂木健一郎さんのブログで、
天台宗大阿闍梨・酒井 雄哉(ゆうさい)さんの、
著書「一日一生」が紹介され読んでみた。

「大丈夫、明日また、
新しい人生が
うまれてくるから」
・・「一日一生」天台宗大阿闍梨・酒井 雄哉(ゆうさい)より

天台宗大阿闍梨・酒井 雄哉は、
千日回峰行を二度達成した方である。

そんなすごいことをされた酒井さんだが、
経歴なりその人となりに触れると、
ごくごくどこにでもいらっしゃるかたである。

偉業をなしとげたという気負いなど、
まったくなく、話を聞きにきたひとも、
あまりにも淡々と普通に話されるので、
拍子ぬけして帰る人が多いと酒井さん自身が、
笑いながら語られいる。


「一日一生」の中から、
私にとって印象に残る文章を一部しるします。

<一日一生と思っていきる>より
一日が一生、だな。今日失敗したからって、
へなへなすることない、落ち込むこともない、
明日はまた新しい人生がうまれてくるじゃない。

それには、今日を大切にしなかったら、
明日はありませんよっていうことである。
今が一番大切だってことだよ。
・・本文より引用

<身の丈に合ったことを毎日くるくる繰り返す>
みんな背伸びしたくなるの、ねえ。自分の力以上のことを見せようと思って、
ええかっこしようとするじゃない、だから、ちょっと足元をすくわれただけでも、
スコーンといっちゃう。

自分の身の丈に合ったことを、毎日毎日、一生懸命やることがだいじなんじゃないの。
人間から見て偉いとかすごいとかなんて、仏さんから見れば何にも変わらないから。
・・本文より引用

<自分はなんのために生まれてきたのか、
なにするべきか問い続ける>
何をやるにしても「何のために、何をもって」と考える。
これが意外に奥が深くて、何でも通用する。たとえば会社に入ったとしたら、
会社のために仕事をするんじゃなくて、自分の人生として、こうふうになるべきだと考えて、
やればいい。

「一隅を照らす」とはそのことなんだよ。「温故知新」も、故(ふるき)を温(たず)ねて、新しきを知る。
これからどう生きるか・・・・というのが温故知新の本当の意味だから。
・・本文より引用

<人は自然の中で生き、生かされている>
山をあるいていると、いつしか自然の中に溶け込んで、
自然と一体になっていると感じるんです。

人間だって自然の一部、自然はいろいろな命が繋がり合っている。
たった一人で生きている人間なんてだれもいない。
だれもが、いろんな命の中で生かされているんだな。
・・本文より引用

この部分に関して言うと、リンゴ農家の木村さんの、
考えと共通するものを感じています。

これ以外にも、どこを開いても、
何かを感じることを禁じえない。

最近、自分の気持ちの中での戦いに、
疲れ、精神疲労を強くかんじていたので、
まさしく、いいタイミングで本書に出会えた。

思い当たるふしがあったり、
反省につながることであったり、
心新たにしようと思うきっかけを満ことが出来る。

折にふれ、手元において、
読み返すといいと考えております。

本書を知りあえたことを、
大変喜んでおります。

画像

Amazon


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


しょうがないな、また、ええこともあるわいな

2009/05/21 10:27
昨日、天気は晴れ、少し暑いぐらいだが、
人出が十分に期待できる天気のもと、
インフルエンザの影響をもろに受けた、
今月の須磨寺のお大師さん。

須磨寺の参道すじにある須磨寺前商店街は、
人出も少なく、インフルエンザが影響しているのでしょう。

お参りに来られる人の大半は、
勿論マスクを着用し、
足早にお寺へいき、足早に家路に急ぐ。

手元の時計をみて、
まだ正午前なのに、
もはや、3時以降の雰囲気。

「ええ、これどうなってるんや」と、
私は、思わずつぶやいた。

予測としては、暇なのは、
想定内であったが、
あまりにも静かになるのが早かった。

当然のことながら、
弊店の売り上げは、もろにインフルの影響で、
昨年同日の売上の50%ほどに終わった。

雨なら諦めはつくが、
なんとも煮え切らない一日。

とにかく、人出が少ない。
私たち夫婦も、マスクをしての接客となる。
なんとも、ぎこちなく不自然な対応である。

神戸の中央区・三宮へ出かけて、
須磨寺に戻ってきた友人の話。

「電車の中で咳したら、
周りの人が席を移動するんよ」と、
あきれ顔で話していた。

過敏になっているのだろうが、
ある種の神経疲れを起こしそうである。

近所の幼馴染の食堂をやっているKちゃんに、
「どうやった、今日は?」
「そんなもん、全然あかんわ、
買い物でもいっってくるわ」と、
笑い飛ばしながらどこえやらといった。

私たち夫婦も、
「まあ、しょうがないなあ」と、
互いに顔を見合せていた。

今日は、今日でお大師さん2日目の21日、
曇り、日中は雨はなさそう。

相変わらず、マスク着用の人が多い。
やはり人の流れもすくなく、
勢いというものが感じられない。

マスクが相変わらず不足気味、
たまたま買い置きのものがあったので、
近所の店の人に差し上げた。

今日の朝方、近所のLさんが、
「ゲンつけに来たで」と、
弊店の商品を買ってくれた。

「しょうがないな、またええこともあるわいな」と、
笑いながら、自分の店に帰って行った。

そう、ここは、踏ん張り時。
みんな同じ思いで過ごしている。

一日でも早く、インフルエンザが終息することを、
願うばかりである。


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


”ばかものが”、うねりを起こす 公務員・木村俊昭

2009/05/20 10:15
小樽の一地方公務員から、
内閣府へと抜擢された、
地方改革に熱情をささげる一人の男がいる。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
公務員・木村俊昭が登場した。

木村が注目を浴びたのは、
小樽でのさまざまな仕掛けにより、
一躍小樽を観光名所に押し上げたことにある。

その手法たるや、奇想天外、
そのために反発や、理解を得られないことも、
多々あったが、木村の生来もっている「熱意」が、
多くのひとを動かし、結果を残した。

木村は、毎日出勤時間の2時間前には、
職場につき、出勤途中の電車のなかでは、
メモのチェックを欠かさない。

常に戦闘モードである。

職場について、昨日の名刺の整理、
人脈づくりを大切に、木村は、
「人を動かせるのは、人」と、肝に銘じている。

木村は出かけた先で、
気づいたことは、遠慮なく意見としていう。

その意見の多くは、大抵の場合相手の躊躇を生む。
それでも、出来ることから少しずつと、決してあきらめない。

木村の熱い気持ち、少しでも現状をよくしようとする、
素直な気持ちが、人の心を動かす。

やるのは、地元の人間だから。
どんないいアドバイスも、その真意を理解し、
熱意をもって行動しないと成功への道はひらけない。

それを、一番よくしっているのが、木村自身である。

私も、商店街を預かる身として、
行政の方と多く接触してきましたが、
木村のような人は、稀有な存在です。

それでも、もの静かな中に情熱をもったかたもいらっしゃる。
そんな、行政の方からのアドバイスを受けた時、
「ええ、それはそうなんですけどね」と、言ったことも、
私の経験上しばしばあります。

現場をみているだけに、
先にマイナス面に目がいってしまう。
従来方式の安全性を優先してしまったり。

また、私が言い出したことで、
「そんなことして、どうなうる」「ええ、なにそれ」と、
顰蹙(ひんしゅく)をかうこともよくありました。

しかし、木村の言うゆうように「ばかが、うねりを起こす」のは、
事実として見聞きしている。

私の尊敬する地域活性に熱意をもっていどんでいる青年がいます。
先日もあるイベントをしかけ、多くの人を動員し、
多大な反響をよんだ。

その人Oさんが常に言っているのは、
「地元愛について話したら何時間でも、しゃべりますよ」というのである。

そして、僕がものいうと周りの人が引いていくんです。
それでも、とにかくやってみる。

思いついたら、スピードが大切と、
よく私は、彼の考えに刺激されてきました。

それが、木村のいう「ばか」なんでしょう。

なにかのうねりを生むのは、
確かに「ばか」が呼び水になっている。

何をやるのも、やるのはその地域、
そこにる人がやることなんです。

立場をかえれば、どんな局面、
人間関係にも置き換えられるのが、
昨日の公務員・木村俊昭の行動・考え方だと、
強く心に刻んだしだいです。

こんなことしたら、おかしいかな?
そんなことをやってみないと、
おかしいがどうか、本当のところわからない。

今、私たちの商店街も大変厳しい環境に立たされている。
こんな時こそ、考えて、考え抜いて、考えぬく。
そうするうちに、ふといいアイディアに巡り合える。

諦めない気持ちが大切と、
木村のメッセージにこめられていた。
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


東京物語

2009/05/19 09:43
一人のお客様が弊店に来られ、
お茶をお買い上げいただいた。
「今朝の未明に子供がうまれたんです」と、
喜色満面とはこのような顔なんだと感じた。

お孫さんは、男の子。
名前もK君と既にきまっていると、
元気一杯にその女性が話してくれた。

その方は、文学に興味をお持ちのようで、
弊店においてある、和風フォークに書かれた、
「須磨」に関する歌にひかれ、それもお買い上げいただいた。

歌に興味を持たれているので、
「須磨かるたのすすめ」という、
小冊子を差し上げた。

大変喜んでいただいた。

そして、今日子供が生まれたので、
新しい急須でお茶をいただきたいと、
急須をお求めになった。

うれしくてたまらないその方の笑顔が、
すっかり私たち夫婦にも伝播。

そのお客様の笑顔ぺースに、
すっかりと乗っていました。

お客様は須磨の方ではなく、
娘さんが出産されるので、
1週間ほど前から須磨に来られた。

すっかり須磨を気にいられて、
特に須磨寺というお寺によく来るといわれていた。

その方は、尾道の人です。
須磨寺は、尾道とよく似ているから好きなんだと、
なんとも嬉しい言葉をいただいた。

「尾道といえば、茂木健一郎さんが小津安二郎監督の、
「東京物語」に出てくる尾道が大好きで、
いい所だと書いているのを読んだことがあります」と、
わたしが、そのお客様に申し上げた。

「そう、そう、その通りです。
いいところなんです。

暮らしやすいし、須磨もそのあたりが似ていて、
大好きになりました」と、答えをいただいた。

「須磨寺のこの商店街もいいところですね」と、
重ねていっていただき、
大変嬉しく、楽しく接客をさせていただいた。

お帰りになるまで、
笑顔がたえることなく、
「本当にありがとうございました」と、
言葉を残して帰って行かれた。

商売人にとって、お客様から、
「ありがとう」の言葉を頂けるのは、
至福の時である。

笑顔って、本当にいいものですね!


記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


言葉の豊饒さを

2009/05/18 10:36
[茂木健一郎『今、ここからすべての場所へ』 (筑摩書房)は、
第12回桑原武夫学芸賞の受賞作品となりました]という、
案内が茂木さんのブログに載っていた。

茂木さん、おめでとうございます。
自分の読んだ本が、受賞対象となったことは、
何よりも嬉しいことです。

「脳と仮想」が小林秀雄賞を受賞しており、
「今、ここからすべての場所へ」は、
その作品に勝るとも劣らない秀逸な作品です。

今回の「今、ここからすべての場所へ」を読み、
再読し改めて、茂木さんが表す言葉の豊饒さを、
つくづくと感じました。

もう一度、読み返しX章「今、ここからすべての場所へ」から、
印象に残ったところを触れてみたいと思います。

「信じることと生きること」より
信じることが時に災厄をもたらすのは、
それが生命原理から離れるからである。

生きるということから離れない限り、
信じることは、「今、 ここ」に身体を持つという人間の生の根本的制約と同義語であり、
その制約に負けることこそが、道を切り開き生命を輝かせることにつながるはずである。

そのようなことを思う時、私は全力で信じ、全身で愛し、そして思いきり裏切られたいと思う。
希望にみちて前に進み、思い込みが外れて失望し、後悔する。
そのような精神の混迷の中にこそ、生きることの真実があるはずである。
・・本文より引用

実に実感できる表現である。

「喜びは不安に由来する」より
不安があってこその人生だと思う。時に「自分はなにものなのか」という問いを発しなければ。
生きていく上でもったいない。

時折、人生の最初の頃に、存在論的不安の萌芽があったことを思い出す。
そして、二度と戻らない過去を私の生の軌跡とともに育てていこうと決意するのだ。
・・本文より

最近特に、感じていることなので心に強く残っている文章です。

そして以前にも拙ブログでも書きましたが、
やはりこの文章ははずせない。

「あとがき」より
旅することが私たちの宿命ならば、その定めを喜んで享受しよう。
いつか死ぬまで、変化し続けることが避けられないのならば、
運命の暗躍から目を上げて太陽を見つけよう。

自分たちの眼自体を陽光としよう。
避けられないことから逃げずにむしろ抱きしめる。
その魂の姿勢の中に真実がある。
・・本文より

本は読み返してみるもので、感じ方もその時々、
自分の心境を浮かび上がらしてくれる。

また、再び歩みあじめる為にも、
いい書に出会えたことに感謝している。

画像

Amazon


記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


ボクらの時代 観月ありさ×谷原章介×松下由樹

2009/05/17 11:39
二枚目俳優と、
きれいな女優ふたり、
コメディについて鼎談を交わす。


フジTV「ボクらの時代」
観月ありさ・・連ドラの常連で、殆どが主演、
昨年20作目となるドラマをやった。「ナースのお仕事」が、大好評。

谷原章介・・2004年以来連ドラに連続した出演している。

松下由樹・・18年もの間、必ずどこかの連ドラに出ている。

こんな連ドラによく出ている人たち、
しかもコメディへの想いが強い、
それが、今日の3人の共通点といえる。

観月は、「ナースのお仕事」が、
分岐点となりコメディに目覚め、
突っ込み役から、ボケに転身する。

自分も変わったし、回りの見方も変わる。
親近感がましたようだ。

松下は、現場での笑いをひきずらない。
視聴者目線を大事に、一瞬の笑いより、
笑いを積み重ねていく。

ねらうとはずすことが、よくあるようだ。
この点は、3人とも同意見。

現場でも、一回目の演技が、
一番おもしろかったりすと、観月はいう。

「ナースのお仕事」は、コメディの王道。
まくらは、飛んでくるは、ドリフ的。

次にこう来ると見る人もわかりまっていて、
来るとおもしろい、そんな流れがいいという。

お酒での失敗談。
松下は、和食のときは日本酒、
かなり飲むようだが、これといった失敗はないという。

観月は、シャンパン党、
軽い二日酔い程度は、経験するが、
仕事に影響するようなことはないと、明言する。

そして谷原は?
ある朝起きてリビングをみると、
その中央に一冊の本が開いてあり、
しかも水びたしだったのを発見した。

自分では、まったく覚えていなくて、
状況を再現してみると、ぞっとすると、
本人のコメント。

連ドラについて

松下は、回をかさね、それが待ち遠しいという。
観月は、脚本もどんどん変わっていくし、
自分も柔軟性が要求されると語る。

松下は、連ドラは、完がないからいいという。
時代感を反映しているとも、語る。

谷原の話が興味をひいた。
ある監督が連ドラを電気紙芝居とたとえ、
高級じゃないけど、展開が早くおもしろいし、
まだまだみたくなる、そんなものだといったという。

谷原は、その表現に感銘をうけている。

結婚について、未婚の女優たちは、
今は、特に考えておらず、
二人とも仕事は、続けたいと語っていた。

この3人「べイビイ べイビイ べイビイ」
で共演をした。

妊娠出産について、男と女の違いを、
谷原が話す。

女性、母親は、自分の体に子供が宿るので、
最初から子どもと一体感があり、
母親という意識が芽生える。

一方、男は、子供が生まれて初めて、
父親になるから母親の感覚とは全く異質ものとだと、
考えを述べた。

3人とも、人生ながれにまかせ、
自然体でのぞむ、結婚もこどもも、
そんな考えのようだ。

番組中終始笑顔が絶えない、
鼎談であった。
愉快という言葉が、ぴったりの30分間でだった。

記事へナイス ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0


プロフェッショナルたちの脳活用法

2009/05/16 10:22
茂木健一郎さんの近著[プロフェッショナルたちの脳活用法]を、
一気に読み終え、気になる点を再読した。
「トークスルー」なる表現にであい、
なるほどと納得がえられた。

第1章ひらめきの極意〜プロに学ぶアイデアの極意
「言語化」頭にえがいたものはまず口に出してみる
・・本文より引用します。

イギリスやアメリカの研究者の間では日常的に行われえいる、
“トークスルー”という習慣がある。これは頭の中でまとまっていることをぶつけ合うディスカッションとは違い、
「とちあえずしゃべってみる」ことを意味する。

しゃべっているうちに頭の中が整理され、自分が本当に言いたかったことがわかってくるのだ。
・・本文より引用

これは、実体験として最近痛切に感じた事なので、
これからもフリートーキングタイムとして、
会合の後半に設けようと思っております。

あと本書の中で印象に残った部分を少しだけ触れます。
笑顔をみせることで相手の反応が変わってくるというのは、
人間同士のコミュニケーションにおいて実証されている。

たとえ苦手なタイプの相手でも、笑顔で接することによって、
相手のいちばんいい部分が引き出せる可能性が高くなる。
・・本文より引用

これに関しては、これから大いに実践しようと思っております。

ちいさな成功体験を積み重ねることで、誰の脳でも自信をもつことができる。
そして、自信が芽生えたら、それを自分のかけがえのない力として持ちつづける。

肝心なのは自信の大きさではなく、自分を信じることができるという強さなのだ。
それは、プロフェッショナルたちの証言からも伝わってくる。
・・本文より引用

大変勇気づけられる文章で、私も最近ちいさな自信をもてました。
それを熟成し、育てていきたいと思っております。

これを締めとします。
自分の「弱さ」を冷静に受け止めるとということは、ある意味で「強さ」だと私は思う。
さらに、コミュニケーションを重ねながら、

共同作業でひとつの目的を達成しようとするシーンでは、
ときとして人間の弱さが、強さ以上に相手の心を動かす力を発揮するということを、
音楽プロデューサー武部聡志さんの言葉は教えてくれる。
・・本文より引用

なんだかジーンとくる言葉です。
共同作業の困難さは、よくぶち当たる壁である。
こころしておこう、この一文を。

読み終えてあまりにも、
印象深い言葉に巡り合ったので、
また読み返し、脳にきざんでいきたいと考えています。

随分、元気と勇気をもらった気がしています。

画像

Amazon
記事へブログ気持玉 / トラックバック / コメント


続きを見る

トップへ

月別リンク