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zoom RSS ボクらの時代 渡辺謙×小山薫堂×三國清三

<<   作成日時 : 2012/02/12 12:29   >>

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フジTV「ボクらの時代」に国際舞台で活躍する3人の男たちが、日本人としての自分、家族への愛、社会との繋がりなどを熱く語り合った。

渡辺謙・・俳優。1959年新潟県生まれ。大河ドラマ「伊達正宗」に主演し、その時の視聴率はいまだに破られておらず、2003年「ラストサムライ」の主演で、世界的なスターとなり、日米で活躍している。

三國清三・・1954年北海道生まれ。中学卒業後、札幌の米屋に丁稚奉公。夜間高校を出て、札幌のレストランで働き、後に東京・帝国ホテルでフレンチの修業をし、20才でスイスの日本大使館の料理長を務め、30才で東京・四谷にフレンチレストラン「オテル・ド・ミクニ」をオープン。世界的なシェフとして活躍するとともに、子供たちの「食育」にも力をいれている。

小山薫堂・・1964年、熊本生まれ。「料理の鉄人」の放送作家でもあった。放送作家をへて今は、いろんなメディアとの関わりを持ちながら幅広く活躍している。アカデミー賞外国語映画賞受賞作品、映画「おくりびと」の脚本を手掛けた。

渡辺と三國は、十何年前に渡辺を驚かすという企画の番組で知り合った。渡辺と小山は、一年ぐらいの付き合いである。

小山が明かす、渡辺謙の料理人ぶり。渡辺は、料理がめちゃめちゃうまいようだ。特に「玉子焼き」。掃除もまめにやるという。それに、渡辺の暴走癖を暴露した。小山のスケジュールに渡辺が来ると書かれてあった。マネジャーではなく、いきなり渡辺本人が会いにやってくると聞き、びっくりしたと明かした。

渡辺のまめさを語ったのを受け、そうである理由を渡辺が語った。
人に任せるのが嫌だという。自分で自分の生活をコントロール出来ないと海外では仕事が出来ないという考え方である。それは、よく海外で成功する秘訣と聞かれたらいう話なんだそうです。それを、渡辺は「生活力」と表現した。

渡辺はいたずら好き。
小山の告白が続く。

たまたま二人は、別々に京都に来ていることを知り、会おうということになった。いったお店でサプライズはどうと小山が誘いをかけた。小山は、突然、渡辺が行くことだけでもサプライズと考えていたのに、渡辺は変装していくといいだした。

渡辺が扮するのは、京都大学でエコロジーを勉強しにきたトンガ人。小山も凝り性で、それらしい渡辺のなりすまし人物の名刺を作ってきたというから、二人とも悪乗りが好きだ。しかし、店の主人があまりにも渡辺と気付かないので、自分で少ずつ変装をといていったが、最後にカツラをとりやっと本人と分かったという結果だった。

3人の男たちが、東京を目指した理由は?

フレンチシェフ・三國は、中学を卒業し、札幌の米屋に丁稚奉公した。そこで、生まれて初めてハンバーグを食べた。黒いソースが掛けられていた。母親から、黒いキノコは食べてはいけないといわれ、得体のしれないソースを目のまえにして空腹に勝てず、初めてのハンバーグを経験した。その時の甘酸っぱさという味が、こんなハンバーグを作る料理人になりたいと、三國を料理人の世界に誘ったと語った。

渡辺は、小中高とラッパを吹いていたが、自分で才能がないのに気付き、高校を出たらとにかく東京に出ようとおもった。三國は、とにかく津軽海峡を渡ろうと思ったのと同じ気持ちである。

小山は、不純な動機だと笑いながら語った。東京の大学へ行けば可愛い女の子に会えるだろうという思いで、落ちこぼれ学生だったと語った。

3・11以降の自分の仕事のあり方に疑問を感じた3人。
渡辺は、東北の人たちの生活がなりたって初めて自分のような仕事があると考え悩んだという。そんな時、三國が子供たちに給食を賄っているのを知り、自分もいくことにした。

三國は、高級レストランをやっていて、料理どころではない東北の人たちに、まずは子供に給食を通じて「食育」をと考えた。子供たちの笑顔に、料理人であることでよかったと思えたという。

小山は、10〜20年後、東北の子供たちが、渡辺のような優しい俳優になったり、三國のような天才料理人になったりしてたりすると楽しいと想像を巡らせた。

海外で仕事をする上で自分を支えているもの、あるいは「アイデンティティ」について語った。
渡辺は、白血病を患い絶望感にさいなまれたこともあったが、それが今は糧となっている。渡辺は、自分には違う価値観があるが、それを声高にいうのではなく、「俺はこれだ」というのを見せるのだという。

小山は、海外から日本の良さを知ることがある。「おもんばかる」の精神。だが、三國は、ヨーロッパでは、能ある鷹は爪を隠さず、見せないといけないという。

家族について
三國が料理をつくってあげたい相手として即答したのが「おふくろ」。札幌の自分の店に呼び料理をふるまったが、手を受けない。「なぜ?」と聞くと「箸」がないと食べられん」といわれた。それ以後、三國の店では、ナイフフォーク以外に「箸」を置くようになった。

娘の結婚式には、横に並ばずに厨房から手を振るだけと照れかくしにいった。

渡辺の娘が最初にボーイフレンを連れて来た時、相手が大変緊張しているのがわかり悪いことをしたと思い、その後は、この人だという時に連れてきたらいいと話したという。

それぞれの世界で名をはせているが、気負いがないですね。3人が本当に楽しそうに話をしていたのを見て、見ている私まで楽しくなった。「いい仲間」です、彼らは。

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