時代を超えろ、革命を起こせ デザイナー・石岡瑛子

常に挑戦する気持ちを忘れず、誰にもまねが出来ない、革命的で、時代を超えるデザインをモットーに世界に敢然と輝く一人の女性がいる。ニューヨークを拠点に世界的に大きな評価をえるデザイナー・石岡瑛子(71)が、ブロードウェイミュージカル・スパイダーマンの舞台衣装に全身で立ち向かう姿を追った。

NHKプロフェッショナル“仕事の流儀”にデザイナー・石岡瑛子が登場し、ニューヨークのブロードェイ史上最大となる6500万ドル、日本円にして約54億円という莫大な資金が投入されるミュージカル「スパイダーマン」の全衣装を担当、開幕までの闘いの日々を繰り広げた。

デザイナー・石岡瑛子は、アカデミー賞、グラミー賞、そしてカンヌ映画祭でも受章し、その名を世界に知らしめた、世界が認めるデザイナーである。

石岡の仕事場兼自宅は、ニューヨークのセントラルパークを見下ろすアパートの70階にあり、窓際にすわり仕事をする。飾り気のない部屋。石岡は、結果である過去をひきずらないように、過去の資料をかたずけている。オスカー像が一体飾られた場所には、5体飾れるが、5体オスカーをとったとしても、必死でやっていると思うと、心意気を語る。

今、ハリウッドから「白雪姫」の実写版の依頼がきている。

映画「ドラキュラ」の衣装デザインでイメージをくつがえす表現が認められアカデミー賞を、仕事の幅を広げ、パフォーマンス集団「シルクドレイユ」や、北京五輪の開幕式の衣装を担当した。

石岡は常に3つの言葉を胸に刻みデザインという仕事に向き合う。
Original    誰にも真似できない
Revolution  革命的な
Timeless   時代を超える

ミュージカル「スパイダーマン」の音楽担当は、U2。彼らは石岡が生みだす革新的な舞台を期待すると信頼をよせる。3年まえから準備し、デザインの構想をねってきた。

石岡は、コスチュームよりキャラクターを作っていると考える。今回超悪女役のモンスターを新たに誕生させた。クロームメタルで覆われた衣装で、感情のない殺戮マシーンを表現しようとしている。

石岡の仕事の道具へのこだわりをみた。“色鉛筆”、ずっと同じメーカーのものを使い続けている。“芯が太く、クレヨンのようなタッチ”をもっている。そして同じ紙をつかう。そこに、衣装デザインの真正面の姿を服を着せるように描く。

石岡のオフの過ごし方は、散歩。アメリカ自然史博物館にいき、生き物たちの動きに創作意欲をもらい、そして脳の引き金をひく。

スパイダーマンの衣装製作は、工房で行う。何度も何度もやり直すが納得がいかないと、さらに追及の手を緩めない。素材、色、その組み合わせも。そうやって試行錯誤を繰り返し完成まじかなスチュームを俳優にフィっティグし、修正する。石岡は、そこで“ミリ”単位にこだわる。“1ミリが世界を変える”それが、生命線だとわかっているから。

舞台からディテールの細かな部分が見えないという人は、何も見えていない人。一つのこだわりが、パフォマーのやる気をひきだす、そう信じている。

石岡は、劇場にいき担当した衣装が舞台でどう映るかを確認する。石岡がこだわる部分の足につけた“ハサミ”がとられていた。理由は、俳優の動きに支障がでるからという。しかし、それがポイントとなるデザインと確信する石岡は、粘り強く演出家と話あう。演出家は、石岡のデザインポリシーを受け入れ、演出プランの変更を考えるといった。

石岡の若さの秘訣は、どこでも出来るストレッチ。仕事に入るのが嫌な気分の時も、ストレッチが終わると、すっきりし仕事モードにはいれると、笑顔で話す。石岡は、時に緊張感でいっぱいの現場をなごませる。「もんだいない」の言葉をかける。現場がなごんでいく。

エンターテイメントの国アメリカで活動する石岡は、格闘の歴史をいろどる人生を送ってきた。昭和14年東京生まれ。5歳の時、広告のデザインを仕事としていた父が結核で倒れ、貧しい生活をしいられた。しかし、母の一言が石岡の人生の礎となっている。

“大きくなったら仕事を持ちなさい。一人でも生きていけるように”と。東京芸大を卒業し、昭和36年父と同じ広告の仕事についた。無我夢中の毎日、前向きに頑張った。順調に仕事をこなし、評価を高めていった。しかし、“仕事と結婚するつもり”でやってきたのに、同業者から“女だからちやほやされている”と揶揄された。

斬新なポスター、CMで話題となり30代後半に日本を代表するグラフィックデザイナーとなった。40代を前にして、仕事の達成感が感じられなくなり、スランプに陥った。寝る前の充実感がなくなった。何をデザインしていいかわからなくなっていった。

40才の時、決断した。全ての仕事をやめ、あてもなくニューヨークに向かった。心の赴くまま、いろんなものをみてんまわった。渡米して1年がたったころ、ふと入った映画館で見た光景に石岡は、覚醒された。日本の古い映画、黒沢の「七人の侍」を見終わった観客が、口ぐちに本物の良さを、圧倒的な力強さを称賛した。

当時無名だった石岡のデザインの本が出版されたのをみた、映画監督ポール・シュレーダーから三島由紀夫の映画の美術監督をしてほしいと依頼を受けた。石岡は、映画の経験がない。その時、監督が“経験は、これからつんでくれ”と、映画の世界に引き入れた。

しかし、石岡にとって映画の世界は苦難の連続、三島の精神世界をどう表現するか七転八倒をくりかえした。石岡に監督、プロデューサーは、石岡の仕事を革新的と絶賛した。しかし、仕事の現場ではデザインのすり合わせも余儀なくされることもある。衝突することもしばしばだ。

“自分にしか出来ない新しいデザイン、圧倒的なデザイン”にこだわった。

Original    誰にも真似できない
Revolution  革命的な
Timeless   時代を超える

カンヌ映画祭で賞を受賞し、世界に名をはせ、その日から26年葛藤の日々が続く。

去年の秋、“スパイダーマン”のコスチュームのほとんどが完成したが、最もむずかしいデザインが残っていた。革命的デザイン“、重要なキャラクター、8本足の女“フューリー”7人が登場する。複雑なダンスをする。その動きを損なってはいけない。

こだわったのは、胸元のデザイン修正。高みを目指すも到達できるか、試行錯誤がつづく。“セクシーだけれどコミカルに”を表現するために。ショウビジネスの世界は、華やかな一面コストとの闘いをしいられる。時に、デザイナーとの格闘もある。

石岡のこだわりは、中途半端では客のハートを掴めないという思いがある。それを、責任者に訴え、2週間遅らせ演出を変えることになった。

衣装が変更となり期限は、3週間。その間で、やりきらないといけない。異常な緊張感につつまれた。修正は連日深夜に及び、疲労はピークに達し、みんなイライラしていた。その中で、71歳の石岡の疲労もピークに。でも、その手をゆるめようとはしない。複雑で革命的な“フューリー”を生みだすために。

ニューヨークにわたって30年たった。デザイナーとしての名声も手にした。それでも、石岡は挑戦することをやめない。それは、”自分の全てを燃やしつくす”ことで、一歩一歩目指す理想に近づく。

11月15日最後の1着のフィッティングをむかえた。これまでにない怪しい蜘蛛女。全部乗り切って、最終リハーサルの臨む。11月26日劇場に石岡があらわれた。7人の“フューリー”の情熱的なダンスが繰り広げられた。それをみたスタッフが大きな拍手をおくる。

石岡の最も身近にいる専属スタッフに“お金をかけたくないので、改良したい”といった。最も複雑にもう一段上をめざす。いつまでも無我夢中。

“Blush Up"さらなる高みへ。スタッフはいう、“あなたは、いつもそういう”と。まだ、旅の途中、目隠した馬のように、はるかなる旅をつづけ、革命をおこしつづける。

脳はオープンエンドと、石岡が身をていして我々に教えてくれた。常に高みを目指し、現状に満足することなく、それでもって出来る現実的な配慮をする。そんな人なんですね。年令をかさねるのは、いかんともしがたいが、石岡の若さは、常に前を向き、誰にも真似の出来ない、革新的で、時代を超えたデザイインへのこだわりがもたらす。

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