a risinig star  モデル・水原希子

情熱大陸にモデル・水原希子が登場。第67回ベネチア国際映画祭のレッドカーペットを颯爽と歩く、19才の水原。その姿は、その場を楽しむかのようであり、特におごりのようなものもない、自然体な様子を見せた。

モデル・水原希子のミステリアスな表情は、プロの写真家をうならせる。「あいつは大物、最初の撮影で心を奪われた」・・世界的写真家・荒木経惟(あらきのぶよし)、「状況を服で、ストーリーを作り上げることが出来る」・・蜷川実花、二人の巨匠は高く評価する。

その評価に対して水原は、いたって冷静。褒められている時、話し半分に聞く。それは、あまえる自分が厭だから。もっと勉強しろと、叱ってくれる人がいないから。自分を、自分を取り巻く環境をしっかりと捉えている。

モデル・水原希子のデビューは、13才。ファッション誌のモデルオーディションに応募し、最年少で合格した。あこがれて入った世界だが、決して順調ではなかった。同時期のモデルが注目を浴びるのを、じっと見る側であった。ただ、ただ、必死だった。必死過ぎてネガティブに落ちる余裕させなかったと、振り返る。

今、水原には時代の風が追い風となっている。「UNIQLO」のモデルとして登場する。有名になるのは、簡単。それからが大変。それで満足していないと、あくまで冷静。

モデルの仕事の評価は、いかに高いランクのファッション誌の表紙を飾るかによって、左右される。水原は、「VOGUE NIPPON」の表紙の撮影でイタリアに飛ぶ。表紙の評判がそのまま雑誌の売り上げに反映するので、売れなければ二度とオファーが来ないという厳しい現実がまっている。

プレッシャーを感じている表情が、写真に出たらおわりだと、よく認識している水原。だから自然体であろうと、こだわる。モデル歴6年、各種の写真集をみて勉強することを怠らない。

モデル・水原希子は、1990年生まれ。父はアメリカ人、母は、韓国人の間にハーフとして生まれた。1才で神戸に。13才で両親が離婚、母と残った日本。いじめにあった。でも、前を見て、自分をしんじていこうと決意した。

水原のこの冬、女優デビューを果たした。発行部数1000万部を超える超ベストセラー小説、村上春樹の「ノルウェーの森」が原作。監督は、シクロ」でベネティア国際映画祭でグランプリをとった世界的に有名なトラン・アン・コン監督。共演は、松山ケンイチ、菊池凛子。

水原は、モデルと違う映画の現場で、何度もやり直しを要求された。ちょっとした細かな仕草にも、ダメだしが出された。一つのシーンで24TAKEでようやくOKが出た。

水原は、モデルの仕事の時もそうだが、今回の映画の仕事でも、自分の出番のない時にも、現場に足を運び、共演者の演技をみて勉強をする。怒られる、悔しい、だから完璧にして何にもいわれないようにしようと、心掛ける。

水原には、16才の妹佑果がいる。佑果は、姉希子に憧れ、モデル志望。今回の映画出演に驚きをみせる。

映画「ノルウェーの森」のクライマックスシーン。失敗は許されない。台本を現場に持ち込まない。しっかりと台詞を入れて、現場に望む。「一瞬の沈黙」と、だけ書かれたシーンの撮影では、水原は、アドリブで泣いた。OKが出た。「超最高」とスタッフから声をかけられた。

3か月に及ぶ撮影は、無事終了した。「ノルウェーの森」は、ベネティア国際映画祭に出品され、公開後会場で6回にわたるスタンディング・オベーションを受けた。

普段の水原は、渋谷を気軽に歩くのが好き。食べたいものを、食べ、一人の時間を楽しむ。もうすぐ20才になる水原。そのタイミングで自身初となる写真集「水原希子KIKO]を出す。その撮影場所に水原は、父の住むアメリカを選んだ。久振りに父に再会した。

ハーフとしてコンプレックスを感じた少女時代、今は、個性と考えるように成長した。今の人気がいつまでも続くとは考えていない水原。いずれはおわる。人気がなくなってから勝負と将来をしっかりと見据えている。モデルしか知らない、出来ないという怖さも同時に感じながら。

人は、困難を克服して成長する。ネガティブになりがちなところを、生きることに真剣に前向きな水原には、道をそれている余裕などなかったろう。自分の立ち位置にしっかりと向きあう一人の若い女性に、大きな声援を送ろう。

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