耳順の年齢に至り

須磨かるた大会(11/9)の会場となる須磨寺本坊に、
須磨歴史倶楽部のN先生と出向き、
会場の設営について、
お寺の担当者の方と打ち合わせをした。

会場は、須磨寺さんのご好意で、
お借りすることになっている。

現場を確認し、準備のもれのないように、
互いにしっかりと話しあった。

一つのイベントを開催するにあたって、
多くの人の関わり合いによって成り立っているのを、
改めて認識させられるとともに、
皆さんのご協力を無駄にしないように、
しっかりと準備をしたいと思う。

その前にもう一つイベントがある。
次の日曜日(10/26)に行われる、
須磨寺前商店街をメイン会場とする「須磨寺楽市」の、
準備も同時に進行中である。

今週、2度に渡り商店街の世話役の方に、
出ていただき準備をします。

時として混乱しそうになるが、
一つ一つこなしていこうと、
自分の気持ちの焦りを静めている。

今、出来ることをしっかりとやっておかないと、
商店街として生き残ってはいけない。

茂木健一郎さんの「欲望する脳」、
<不可能を志向すること>の中で、こう書かれてある。

孔子の言う「自分の心の欲する所に従っても、
倫理的規範に抵触しない」という境地は、
凡夫にとっては現実に満たすことのできない憧れの対象であるに過ぎない。

遥かなるものに対する憧れも、充足することのできない欲望も、
あるいは未だ見ぬ真理に対する渇望も、
全ては志向性によって担われている。

欲望の対象として、
原理的に手に入れられないものを志向するという「魂の我慢強さ」の傾向は、
現代人には希薄である。

容易には実現できないことをいかに志向するか?
そのこと自体が、現代における一つの倫理命題である。

人は、不可能なことに真摯に向き合った分、大きくなれる。
・・本文より抜粋
耳順の年齢に至り、
具体的に向き合うことがあることは、
恵まれているといえよう。

根拠のない自信、
こうなりたいとイメージして、
次なる年代を迎えよう。

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