科学と宗教の関係 養老孟司

新潮社の雑誌「考える人」の中で、
養老孟司さんが、
「宗教と現代」という題で執筆され、
「科学と宗教の関係」という項目に着目した。

米国の生物学者で理論家だったスティーブン・グールドは、
ダーウィンの「種の起源」そのもののアイディアが、
ある意味での宗教論争から生み出されたと推測している。・・本文より

「種の起源」の根本的思想が、
ビーグル号での5年間の航海の中で生まれたのは、
よく知られたことのようである。

ビーグル号の船長・フィッツ・ロイは、
当時の慣習にならって、
同行させる博物学者を募集し、
それに応募したダーウィンが選ばれたという。

ダーウィンは、博物学に関心が強く、
神学にも通じていた。

ダーウィンは、自分の研究のために、
雇い主としての船長フィッツ・ロイの、
素人ともいうべき神学論にも、
いやいやながらも耳を傾けていた。

こんな記述がある。

その反発(ダーウィンの船長に対する)こそが、
自然選択というアイディアと、
あの丁寧でしつこい論証を生み出し、
「種の起源」を書いたに違いない、
と、グールドは推測していたようだ。

何かに対する反発、或いは負けん気が、
人の気持を研究に向かわせたり、
ライバルの存在が自分を高めることになったり、
嫌なことも、人も、
たまには、ある意味結果に結びつくものだと,
私は思う。

養老さんは、今の経済優先主義に対し、
憂いを強く感じている。

金銭感覚での割り切りが、
言葉の表現にまで及ぶと、
言葉の多義性が汚点に感じられてしまうと、
困ったことになると、養老さんはいわれている。

若いひとほど、「客観」信仰がつよい。
それが私は非常に気になっている。

その信仰が同時に、数学信仰を生み出している。・・本文より

いわゆる行間に流れるなんて、
それがなんだというのか、
いくらの価値なんだ、
それ的なとらえ方をする、
人たちが増えてきたというのであろう。

私はそう解釈した。

こんな話も語られていた。

ダーウィンの妻は、
陶器で有名な「ウエッジウッド家」の出身で、
敬虔な英国教会の信者だったそうだ。

常日頃、ダーウィンは、自分の書く論文を、
妻はどう思って読んでいるだろうと、
気遣いをしながら書いていたという。

人の気持ちは、計り知れないもので、
意外なとこで、意外な行動をする。

外的要因が、内なるものを刺激する。

いろんな気づきがあったり、
面白いエピソードに触れることができたり、
本を読むことは、いろんな発見を運んでくれる。


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