こころ揺さぶる歌は、こうして生まれる 音楽プロデューサー・武部聡志

30年間第一線で活躍し続け、
手がけたアレンジ、作曲は2000曲にのぼり、
一緒に仕事をしたアーティストから絶大な信頼を得て、
「音の職人」と呼ばれる一人の音楽プロデューサーがいる。

NHKプロフェッショナル仕事の流儀に、
音楽プロデューサー・武部聡志が登場し、
歌に対するこだわりを淡々と語った。

音楽プロデューサー・武部聡志の生活は、
全てが歌のため、そんなスタンスを保っている。

以外にも、移動中の車のなかでは、
音楽を聴かないというポリシーをもつ。

今現在、一青窈(ひととよう)に新しい詩を書かせている。
そこで、武部はアーティストの紡ぎだした言葉を、
聞く人に伝えようと助言する。

武部の音楽づくりは、
あくまでもアーティストの内側にあるものを、
わかりやすくパッケージする。
それを武部は、
「流行を追いかけない」と表現する。

今井美樹の代表曲の「プライド」のアレンジでも、
担当するミュージシャンと、「アイディア」を響きあわせる。

より完成度の高い音楽を求めて、
協同で曲づくりをし、
ビビットな音楽へと繋げる。

武部が担当するアーティストの中に、
才能が開花せず、低迷しているものもいる。

そんなひとたちにも、
強制はしないが本質的なものを、
ひきだしてやろうと、手を差し伸べる。

やるのはアーティスト自身、
もがき、苦しみ、ブレイクスルーしてこそ、
いいものが生まれる、武部のこだわりである。

武部の音楽人生は、
4才からはじめたピアノがスタート。

青春時代はロックにはまる、
「カマヤツヒロシ」のバックバンドをつとめる。

武部は、自分をセンターに立つ人間ではないと受け入れた。
一番前にでる、「光」は自分にはないと感じたから。

武部は自身の音楽生活のなかで、
必死につくりこんだものが、
時代の流行りにあわず、
自分の音楽を否定された時期を経験した。

迷いと不安の真っ只中に、武部はいた。

そんな時に、松任谷由美の音楽に対する姿勢に触発された。
自分の音楽スタイルを貫く、流行にへつらうことなく、
堂々と生きてきた松任谷の姿に。

自分のもっている音楽性を信じろ、
それがなければだめ。

流行り物に振り回されるな、
自分の色が薄まるぞという、
松任谷の言葉を引き受けた。

それが、やがて武部、43歳の時に花開く。
一青窈の「もらいなき」の大ヒットを生んだ。

武部の曲に対する思いは、
やはり自分を押し付けない、
アーティストに対し最初から、
100%を求めない。

基本的にアーティストの何を、
引き出すべきか、何が足りないか、
進化していくために。

それを徹底的につめていく。
答えをだすのは、アーティスト、
そこまでの水先案内人が、
武部なのではないか。

一青窈もある楽曲でつまずいていた。
曲の本質と彼女の詩にずれを、
武部は感じていた。

さらなる高みを求め、
アーティストに理解を求める。

苦しみあった者だけが、
人の心を動かせる、
武部の重い一言が響く。

武部と一青窈との葛藤の延長線上に、
薄明かりを見つけた。

やがて、二人ともが納得のいく、
曲の誕生に繋がった。

音楽プロデューサーとアーティストとの関係では、
それぞれのこだわりのすり合わせをし、
コミュニケーションを大切にすることが大事。

それまでの人生において、
何を引き受けて生きてきたかが、
作品にあらわれるのでないでしょうか。





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