「すべては脳から始まる」茂木健一郎

漱石の「坊ちゃん」が漱石自身でななく、実は赤シャツが漱石であるとわかったと茂木さんが書いているのをみて、以前茂木さんの著書にそのように書いてあったなあと思いながらも実際自分で最近読んだ時には、すっかり「坊ちゃん」=「漱石」に頭の中が摩り替わっていた。

しかし、よくよく何作品かを読んでみて、赤シャツが漱石であるというのが納得できる。

「漱石に見た客観的な自己批評の精神」にこう書かれてあった。

漱石のように自分自身を突き放し、客観的に批評する自己批評の精神は、すぐれた創造者になるために、ぜひとも必要なことではないか。

この本を読むきっかけは、「クオリア日記」に「読売ウィークリ」に連載の「脳から始まる」のことが載っており、読みたいと捜したが、近所に売っておらず、「すべては脳からはじまる」の存在をしり、アマゾンで購入した。

なかでも「脳名人の流儀」は、楽しく読ませてもらった。「~の流儀」か、あの番組を想いださせるなあと思いながら、そのタイトルづけも合わせて楽しませていただいた。

本を読んだときに気になった処の目印に、ニチバンの「ポイントメモ」を張ることにしている。そして一読したあとに、その目印を見直すようにしている。

今回「すべては脳から始まる」を読んで、ポイントメモに占領されもう一度整理するのが大変なぐらい、訴えるものがあった。

一つ一つの話が、簡潔に書かれ、読む側に苦痛を与えず、一気に読ませてしまう魔力のようなものが潜んでいる本だと関心させられた。

あまりにも、たのしく愉快なお話が多いのでこれとしぼりにくいけれど、あえてこれは自分も心しておきたいと思ったのが、<第四章 そこに、多様性の海が開けている>にあった、心理学者で、文化庁長官の河合隼雄さんのお話である。

「奇跡の聞き上手の秘密」より原文を引用させていただきます。

河合先生の聞き上手は、ほとんど神懸り的な領域に達している。以前お目にかかったときに、びっくりするようなことをうかがった。タクシーに乗ると、運転手が身の上話をはじめるというのである。

後部座席に座り、運転者の言葉に「はあ、はあ」と相づちをうっているうちに、「いやあ、私も人生でいろいろなことがありましてね」と始まる。河合先生が話しを聞いているうちに、運転手も夢中になって、目的地とは別の場所に行ってしまうこたさえあるのだ。

あるときなど、すっかり違った方向に行ってしまって、メーターの料金がとても高くなってしまったのだが、運転手は「まあ、話を聞いてもらえたから、いいですわ」と料金をとらずに走り去ったという。

この河合さんのお話の締めくくりに、茂木さんがこう付け加えていた。

河合隼雄先生のような「奇跡の聞き上手」がもっと増えたら、よい世の中になるだろう。その秘密については、引き続き考え、調べて、改めて報告したいと思う。

是非是非、待ってますので報告御願いします、茂木さん!

この部分が気になっていたところへ、仕入先の担当者が集金に来て話をしている時に、ふと思い出し、「よし、ちょっと軽く練習!」と心の中で叫び、「聞き手」に回るようにした。

でもむずかしいですね、そう思いながらもやっぱり自分が喋ってしまっていた。まだまだです。これからおりにふれ、河合先生を思い出し、相手を気分よくさせポイントでしっかりと自分の意見をいうようにしたいと思います。

一度読むと、何処から読み返しても読みやすく編集されているので、気軽に読めしかも中身が濃い得した気分になれる一冊の本でした。

余談ですが、「負けている時こそファンは心を寄せるべき」に書かれてあった、2006年に東京ドームの巨人戦を容易に想像させるイラストがまた実にいい味をだしている。あれは、上原投手だろう?と思わず笑ってしまった。






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  • すべては脳からはじまる/茂木健一郎

    Excerpt: すべては脳からはじまる/茂木健一郎 複数の雑誌のエッセイを寄せ集めたものなので、テーマがひとつに定まっておらず、いまいちな感じです。 Weblog: 仮想本棚&電脳日記 racked: 2007-03-11 18:21