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zoom RSS ボクらの時代 上原浩治×建山義紀×大畑大介

<<   作成日時 : 2013/01/13 11:23   >>

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今日のフジTV「ボクらの時代」は、世界を知っているトップアスリートたち。しかも東海大仰星高校の1年組の同級生だった3人の男たちの飾りっ気のない話が展開された。

大畑が同窓会に出席するといつも、上原と建山の活躍が話題になり、みんな喜んでいると二人に報告した。東海大仰星高校は、特にスポーツで有名な高校ではなかったから余計だ。高校一年の時に、マドンナがいたようだ。建山と大畑は、そのマドンナを意識していた。上原は、そうでもなく、自分は硬派だったからという。

高校生の頃、誰が一番モテた?
上原と建山は、互いに同じぐらいだと評価した。大畑は、ラクビーで注目され、試合になると黄色い声援をあびていた。野球がそれほど強くなかった野球部の上原と建山は、大畑を羨ましく感じていた。

上原は、なぜ髭を生やしている?
その答えは、アメリカにいくと日本人はよく誰も同じようにみられるので生やしているという。レンジャーズ時代に先にレンジャーズにはいっていた建山と間違えられたり、ダルビッシュがメジャーにくるとなり、あまりダルビッシュが知られていころ、ダルビッシュに間違えられた経験がある。

建山も同じような経験をもっている。ダルビッシュがキャンプインしたころ、まだよく知られていない頃に、建山は、メキシコのTVからダルビッシュと間違えられ、インタビューを受け、ダルビッシュに成りすましたことがあったと告白した。

上原は、浪人中に大畑に年賀状を書き、既にラクビーで活躍していた大畑に「来年の今ごろは抜いている」と書いた。負けたくないという気持ちが強かった。

上原と建山は、同じ野球部でどちらもピッチャー。建山がエースで、上原は控えであった。互いに「負けたくない」という気持ちでやっていた。プロに入って建山は、パリーグに日ハム、上原は、セリーグの巨人。メジャーにいき、先にいっていた建山と同じチームに入った上原。

約20年ぶりに同じチームでプレーすることになり、上原がトレードでパドレスからレンジャーズにはいってロッカールームで最初にあったとき、「互いに照れた」という。「また、会えた」という気持ちだった。

上原と建山がプロでいけると思ったのはいつ?
建山は、実業団の松下でやりだし、急激にうまくなったと感じたころ。上原は、大学にはいり、日本代表に呼ばれた。上原は、大学時代にプロにいけると思った。同い年で現役で大学に入った巨人の高橋や当時中日に入った川上の活躍をみて、プロを意識した。

高校生ルーキー大谷がメジャーではなく、日ハムを選んだことは、正解だとおもうと上原と建山が口をそろえていった。日本だと寮があり、食事の心配もない。言葉の壁もないからいいと。高卒だとメジャーは難しいだろうとの判断だ。メジャーの厳しさをしっている二人だからこその判断だ。

日本球界からメジャーに有名選手が流れるのは日本球界にとってマイナスなのでは?との大畑の疑問。それにこたえて、上原は、日本の野球を高めるためにメジャーに挑戦している。誰にも、メジャー行を止める権利はないと。

メジャーは、常に試合をしている感じがあるので、試合のないとき以外は、外で食事なんてありえないと二人のメジャーリーガーがいった。マイナーとメジャーの差は雲泥の差。だから、みんなハングリー。怪我を隠してやっている選手なんてざらにいるという。マイナーに落ちたくないから。

大畑は、現在ラクビーの現役から引退し、TVに出演したり、ラクビーで後進の指導にあたっている。選手時代と今の仕事の生活の緊張感の違いを話した。選手生命をかけてやっていた緊張感はないが、今仕事現場では違う緊張感もあるという。

互いを知り合い、今を懸命に生きている3人の男たち。いい笑顔での久しぶりの同窓会対談だった。



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