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zoom RSS 高倉健 インタビュースペッシャル 映画俳優・高倉健

<<   作成日時 : 2012/09/11 10:40   >>

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NHKプロフェッショナル仕事の流儀、高倉健スペッシャル第2弾、高倉健インタビュースペッシャルで高倉は、かなりふみこんだ発言をした。今だから話せる、話しておきたい、そんな思いもあったのだろう。

不器用といわれてきた高倉は、81歳になった。高倉健は、全く実年齢を感じさせない、凛とした姿で撮影現場にたっていた。常に、いい意味の緊張感をたもちながら、それでいて、周囲のスタッフには、気をつかわせまいと、冗談を飛ばす。

それを、受けたスタッフもみんな笑顔で返す。そこには、高倉への尊敬と高い愛が感じられた。存在感てよくいうけど、その人がそこにいるだけで、ピーンとした雰囲気が醸し出される。しかし、高倉の場合、そのある種の緊張感をみんなで共有し、時に楽しみ、時に自分への厳しさに置き換えたりしているところが凄いと思う。

高倉は、大変現場を大事にする。現場は、ある種の狂喜集団だと表現した。みんなで一体となり、命がけで一つの作品を作り上げているという意味だ。そんな現場の人たちを高倉は、「一番がんばっている人が、一番お金をもらってない。」といい、申し訳ない、そういう思いが常にある。

だから、自分は映る人としてどうあるべきか、現場の緊張感と対峙している。

共演している俳優、佐藤浩一は、高倉のことを「役者のみんなが高倉健さんの姿を見た瞬間からしゃんとする。そんな俳優は、今はもういないし、今後もでないだろう」と、高倉の存在感が圧倒するものをまじかに感じ取っていた。

俳優として共演したビートたけしは、高倉健を「シロナガスクジラ」と表現した。水面に顔をだすだけで、それ以外なにもしなくてもシロナガスクジラとわかる。健さんも、何もしなくても、そこに高倉健がいる、そんな俳優だといった。

ナイナイの岡村も、半年体調不良で仕事を休んだ。高倉健のような俳優をめざすと公言していたのをどこからか聞きつけてきた高倉は、岡村に2通の手紙を送った。その内容は、明かされることはなかった。そういうことは、男は口にださず、腹にしまっておくもんだと、高倉健と現場であって諭された。

俳優と私生活について、高倉は、私生活を見せるべきではないという。俳優の役のイメージに影響するとかんがえている。だから、一つの作品が終わると、高倉は居場所のわからないことろに身をおく。前回の作品から、今回の作品まで6年間あり、その間、人の目にふれるようなことはなかった。

高倉健が理想とする俳優は?
二人いる。ジャン・ギャバンとイブ・モンタン。

ジャン・ギャバンは、ギャングをやっても紳士をやっても、気負いなく演じた。役と人生は別のタイプ。プライベートでは、不幸だった。一方、イブ・モンタンは、明るいキャラで私生活も幸せだった。どちらの二人も、尊敬に値するといった。

高倉健は、離婚後40年ずっと今も独身をつづけている。人と接する場所はあまり好まず、特定の範囲の人との瀬食に限られるので、出会いがない。また、自分の思いは、映画に集中することで、それ以外のことは苦手なんだそうだ。

今回の映画「あなたへ」で大ベテラン大滝秀治と共演した。大滝の圧倒的な存在感に高倉は完璧に魅せられた。大滝の短いセリフに込められた感情が高倉に伝わり、カットがかかった瞬間、画面うつらないところで涙した。それが、現場でしかあじわえない、それをいつも高倉は大事にしている。あの高倉の涙をさそったのが、大滝の演技だったのだ。

大滝の神々しい顔に、高倉は、大滝が現場をさるとき、最敬礼をした。みていて大変印象的なシーンだった。高倉はいった。「出会う人が一番大事。そこで決まる。いろんなものをもらう」。大滝との出会いをいったのだろう。

そこで、高倉が俳優として一番大事にしているのが、”気持ちは映る”ということだ。感受性や感性を大切にすること。それのない奴は、光らないと断言した。

高倉は、大変な勉強家で努力家である。よく映画を見ている。特に、海外作品。いくつか、印象に残った作品をあげた。どの作品も俳優の存在感が際立っているものだった。それらは、けっして大げさでなく、さりげないしぐさやが演技に現れているものだった。名優といわれる俳優たちに共通するものだろう。高倉の求めているものもそこにある。

今回の作品「あなたへ」にでるまで6年の空白があった。前の作品は、中国で製作され言葉もうまく伝わらない状況であったにもかかわらず、撮影が終わったとき、現地の中国人俳優やスタッフが泣いて、高倉にハグしていた。その涙は、芝居の部分ででたものではなく、そこで知り合った人間同士が、一定期間、切磋琢磨して作り終えたあとに出た涙である。そんな彼らとの別れがつらい。

そんな思いをしたくないが、それも避けられない。そうこうしているうちに6年たった。いろいろなオファーがあったが、高倉の思いとは違っていた。でも、いつまでも断っていては、次できなくなるかもしれないと考えた。正直、自分の年齢も考えた。それで、今回のオファーをうけた。

高倉健は、孤高の人。これからも高倉健として生きていくことをつなぬく男だ。高倉は、黙して語らず、背中が語っていた。

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