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zoom RSS サワコの朝 俳優・沢村一樹

<<   作成日時 : 2012/09/01 11:35   >>

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今朝のTBS「サワコの朝」に、私もファンの一人である俳優の沢村一樹が出演した。

28歳で俳優デビューした沢村一樹。それまでは、モデルの仕事をやっていた。それも、雑誌モデルの仕事は少なく、「チラシ」を中心の仕事のモデルだった。

こどもの頃は?
小学校から映画館に行くのが好きな少年だった。007とかブルース・リーのような、主人公がよその土地にいって活躍するというストーリーのある映画が好きだった。沢村は、少年のころから下ネタで笑いをとっていたようだ。
ちょっと、おませな男の子で、当時はやりだった大人の番組「11PM]を母親に内緒でみていた。

翌日学校で番組の内容を話すと、友達が興味津々で聞いていたという。思春期の男の子ならありがちなことです。

そんな少年時代だったが、沢村が中学1年の時に両親が離婚した。沢村の目には、いつも喧嘩ばかりしている親たちが写っていた。男の子である沢村は、母親の味方をした。ふがいない父を見ていて、苦労している母をしっていたからだ。

母親は、女で一つで沢村と妹を育てた。「貧しいながらも、楽しい我が家」と母は歌っていた。そんな状況をみていて、子供心にサラリーマンの収入では、母を養えないと思い、TVで活躍する人の世界なら華やかで、もっと収入が得られると、沢村は考えたのだった。

物心ついたころから、芸能界に対する憧れをもっていた沢村。高校を卒業し、所持金18万円を持ち、上京した。東京についた初日は、当てにしていた人が部屋にいなくて、公園のベンチで野宿をした。でも、みじめさは、ゼロだった。

ファッションモデルでは食っていけなかったという沢村。それをやめて、アルバイト生活をした。そんな時、別の所属事務所を紹介された。しかし、モデルの世界も要望されるタイプが変わり、沢村のようなタイプにオファーがなかった。あるのは、チラシのモデル。でも、沢村は、それをいやだとは思わなかった。

そこそこ収入も増えたたが、こんなことをするために東京にでてきたはずじゃなかったと、自問自答を繰り返す生活だった。モデルの仕事の現場で俳優になりたいと常にアピールしていた。モデルを辞め、俳優になる覚悟をきめた沢村。

現実は厳しく全く食っていける状態ではなかった。しかし、それは沢村にとっては覚悟していたこと。そして、やがて仕事も入りだし、順調にいきだしたころ、面白くなくなってきた。当時二枚目で売っていた沢村。そのために、つきたくない嘘をついていた。年齢のことや彼女がいるのにいないとか。

それを吹っ切るためにバラエティ番組でキャラを変えることにした。ちょっとHな楽しい沢村へと。もともと、子供のころからのきゃラにした。それが、好評をえて、最近ではNHKで番組を持つまでになった。

プライベートでは、3人の子供の父親である沢村。恨んでいた父と別れてから一度再会した。でも、今さらなんだという思いで父を受け入れなかった。それから、2年後父はなくなった。せめて葬式に行くようにとの母の言葉も無視して、葬式に出席しなかった。そんな別れ方をしたことに後悔をした沢村。償いをしようと、父の墓を建てた。

そのことを一番喜んでいたのが母親だった。

沢村は、自分の中のわだかまりがとけ、父にも許してもらえたと感じられたのである。

好評を得ていた人気シリーズ「浅見光彦」を今回の放送をもって卒業する。まだ、やってやれないことはないが、惜しまれて辞める方がいいと考えた。

今後も俳優として、バラエティ番組も含め、いろんな分野で活躍していく沢村にエールを送ろう。





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