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zoom RSS アシタスイッチ 三宅裕司×立川志の輔

<<   作成日時 : 2012/06/04 11:46   >>

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TBS番組「アシタスイッチ」に 三宅裕司と立川志の輔が出演し、互いの思いをぶつけあった。

三宅と志の輔の付き合いは、40年にのぼる。明治大学の落語研究会の先輩である三宅と2年後輩の志の輔が志の輔にとって、三宅は全てにおいて憧れに人。それと同時に三宅に対して、自分にないものを全部もっている三宅。三宅がテキストだった。志の輔は、そんな三宅に大きなコンプレックスを抱いてきた。

三宅の歩んだ道を自分もと志の輔は、考えた。三宅の落語のセンスをテキストと思い追いかけやっていたが、三宅がg大学を卒業して選んだ道は、演劇の道だった。その事が、志の輔の落語家への道を遅らせた。志の輔は、一時期劇団に所属していたが、目がです、サラリーマンをやり、28才の時、もうこの時期を逃すと落語家の道はないと、立川談志に弟子入りした。

志の輔にとって、結果的に、寄り道をした格好になったが、全てが志の輔の落語の糧となった。志の輔の寄り道を三宅は、「やりたいから、ならないようにしてきた」と落語を捨てたわけではなかったと、指摘した。だから、全てが今、落語に生きているともいった。

落語家になった志の輔は、自分の寄席に客が入らない悲惨な状況を経験した。1年間、50回落語会をやり、満席になったのは、最初と最後だけ。それ以外は、数えるほどの客しか入らなかった。その事も、三宅は、芸の肥しになっていると考えた。無駄な努力などないよ、言っているようだった。

28才で演劇集団「スーパーエキセントリックシアター」を立ち上げ、大人気の劇団に押し上げた三宅。その後も、TVの司会や、憧れだった伊藤四朗と一座を組み、それも成功させた。そんな順風万帆に進んでいた三宅の人生におもわぬアクシデントがまっていた。

還暦を迎えた三宅にサプライズパーティを仲間が企画してくれた。その後に、なんと三宅は、腰のヘルニヤをやってしまし、半年間芸能活動を休止せざるを得なかった。三宅にとって、その間は、つらいというより、これが現実を受け止めざるを得なかった。ひたすら、本に没頭した。

志の輔から見たら、三宅は自分のやりたいことをやり、全て成功させたと思えるが、やり残したものはないのかと質問した。

三宅は、いろんなことをやってきた。幅広く、深くをモットーに。しかし、志の輔のように、一つの道を極めたことはない。俺は、一体何?と悩んだ。一番やりたいことは、笑いをもっと丁寧に作り上げること。最近は、受けるためなら何でもやるというのが風潮としてある。そうではない、台本があり、きっちりと練習をし、練り上げた笑いをやることを再確認し、追求していこうと思っている。

志の輔にとって、師である立川談志の死は、受け入れがたいものである。これから、どうしていこうかと悩んでいる。三宅は、師匠と同じことをやってもしかたがないと、自分のスタイルを築きあがたんだから、それを磨きあげればいいと、アドバイスをした。

三宅は、自分が何か、得ようとするなら、自分からその世界にはいっていく。そう、考えるようにした。志の輔は、自分のことをみてくれている三宅の存在を再確認でき喜びを感じた。

二人は、互いになくてはならない存在であり、互いを認め合い、尊敬しあっている。素晴らしい関係です。




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