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zoom RSS アシタスイッチ コシノ・ジュンコ×石井竜也

<<   作成日時 : 2012/06/25 11:54   >>

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世界的デザイナー・コシノ・ジュンコとアーティスト・石井竜也が、「命と家族 生き方の真実」について語りあった。

デザイナー・コシノ・ジュンコは、朝ドラ「カーネーション」でも紹介さられた、母・小篠綾子のもと、3姉妹で育った。ジュンコの母は、洋装店をしていた。姉ヒロコ、妹ミチコも世界的デザイナーである。

石井竜也は、米米CLUBのボーカル・カールスモーキー石井として活躍。グループ解散後、石井竜也として音楽以外にアートシーンでも活躍中。

石井がまず興味をもったのは、人のスケール感に自然条件と家庭環境が関わると考え、コシノは、自身が育った、大阪岸和田のだんじりのスケール、母・綾子さんの世界観に影響を受けたと捉えた。それについては、コシノも認めた。

母からまず「思ったことは口に出す」ことと教えられた。それによって、責任が生まれ、本気になり、実行し、形になるんだと。デザイナー・コシノを生んだのは、3人姉妹の中で人真似をしない、同じ方向を向かないという強い思いがめばえたことも影響している。

母が洋装店をやっていた関係で、コシノは、放ったらかし状態で育ったといった。コシノのすぐ目の前で母親の仕事をする姿を見ていた。母は、全部こどもに見せていた。母の生きざまを、見せることが、教育であった。

コシノも石井の突出するような存在感に興味を持ち、その生い立ちを石井に聞いた。石井は、お菓子を家業とする家に育った。常時、石井の周りに20,30人の人がいるという環境だった。だから、少しでも一人になりたくて、屋根にのぼったり、蔵にはいったりして、自分の世界を作っていた。

石井竜也は、米米CLUB解散後、苦悩の時代を過ごした。米米CLUB時代の後半から、歌以外にも活躍の場をひろげ、気が付いたら借金が10億に膨らんでいた。人間不信に陥り、自殺未遂を2度ほどしていた。

そんな石井を立ち直らせたのは、石井の父の一言だった。

「人を恨んでないか?」「恨んでる」
「人を恨んでいい作品が出来るか?金なんて心の無いものに命を預けるのか?」
めったに電話なんてしこない父。その父から、から息子達也が「死」を考えていると見通したかのようにいわれた。

父の言葉に「死ねない」と、気付き一念発起し、コンサート活動を積極的に展開し、借金を自分を奮いたたせてくれるものと捉えることが出来るようになった。

コシノが母にいわれ、凄いことをいわれたと感じたことがあった。母の手を煩わしたりすると、「あなたさえいなければ世の中がうまくいくのに」と言われたことがあった。「世の中」って大きなものを意識させられた。

決して、何ごともなく順調にいく人生なんてない。行き詰まる時は、かならずある。そこから、どう這い上がっていくか?そんな時、気付きを与えてくれる人がいて、その人の一言で蘇ることもある。諦めないことでしょう。

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