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今月5日に人間国宝になった歌舞伎役者・中村吉衛門が情熱大陸に出演し、生い立ち、歌舞伎、人間国宝、について自然な形で話が展開された。 中村自身が語ったように、子供のころは体が弱かった。 少年のころから絵を描くのが大好き。 今でも、ちょっと暇を見つけは、喫茶店で取材スタッフの似顔絵をさっと書いてみせた。 別に自慢するでなく、本当に好きで楽しんで絵を描いたようようだった。 幼少のころに、祖父初代中村吉衛門の養子にはいり、 祖父がなくなり、実家である藤間に帰ったが、 自分一人名前が違うことを受け入れられない時期を齟齬した。 22歳で二代目中村吉衛門を継ぐも、苦悩の日々を過ごした。 それ以来、日々研鑽を重ね、試行錯誤を繰り返しながら芸を磨いてきた。 そして、歌舞伎の発展と後進の指導にたいする長年の努力が認められ、 今月5日「人間国宝」の認定を受けた。 その事でなんら変わることはないと、はっきりと吉衛門はいった。 「今までやってきたことを認めていただいた。 だから、今まで通りでいいんだと思っている。 なでしこジャパンが国民栄誉賞をもらったが、 ロンドン五輪での金メダルというプレッシャーがかかるのを気の毒に思うとなでしこを心配していた。 中村は、歌舞伎の裾野を広げるために、 歌舞伎界の子弟でない人たちにも歌舞伎の門を開き、 指導にあたっている。 歌舞伎の世界を閉鎖的な社会にせず、 開放的なものにして、 新陳代謝をよくしようとかんがえている。 吉衛門の体は、長年の使い傷みというか、 膝への負担がかかることが傷みに繋がっている。 それを、普段のジム通いで鍛えている。 普段の話しぶりも気負いがなく、 誰に対しても同じ対応をしていた。 決して、上から目線でないの大変好感がもてる。 人間国宝になろうがなるまいが、吉衛門は何ら変わらない。 今までどおり、淡々とこれからも生きていくでしょう。 |
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