須磨寺ものがたり

アクセスカウンタ

zoom RSS 意志あるところに、道は拓(ひら)ける 中華料理人・古田 等

<<   作成日時 : 2011/03/08 11:03   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 0

数年前まで無名だった一中華料理店が、今、全国いや世界の食通をうならせる店となっている。その店は、大都会ではなく、岐阜県にあるという。その店を率いる男こそ、“類いまれなる創造力”、“想像を上回る料理”と、“あくなき料理へのこだわり”で、食することの感動を多くの人に与えている。

NHK“プロフェッショナル仕事の流儀”に中華料理人・古田 等が登場し、料理に真摯に対峙し、料理人としての人生のありようをみせた。

中華料理人・古田 等の一日は、朝6時岐阜県中央卸売市場での食材の仕入れから始まる。古田の凄いところは、食材を目の前にすると調理法がとめどなくあふれ、口の中で食べたような完成した料理のイメージが出来ることにある。

古田の店は、岐阜市にあり1階から3階まで合わせて50席あまりの店だ。そこで、古田は、仕込みから調理まで一人でこなし、一日12時間ばかり厨房にたっている。お昼のランチ時、麺やチャーハン以外に越前ガニの春巻きなどコース料理を食べるひとがいる。決して、気どった店ではない。

古田のこだわりは、オリジナル料理にあらわれる。常に高みをめざし、“ほかのどこにもない料理”を追求する。例えば、フカヒレを柔らかくしてスープ仕立てにするのが普通だが、古田はその常識をくつがえし、フカヒレのステーキを生みだしたのである。各種のソースを効果的に使い、フレンチ風に仕上げ、新たな料理の顔をみせる。

何も新しい料理だけがいいのではない、基本の料理のほうがおいしい場合もある。古田は、“伝統の美味のさらに上へ”と料理心を昇華させる。先人のつくった料理の枠をはみだし、完成された料理を追求する。

ミシュランの三ツ星日本料理店・吉兆嵐山店の徳田邦夫は、古田を評してこういう。「中華の料理の世界からトライし、挑戦してコースとしてどうメロディをかなでるかを考えている。おいしい、また行きたいと思わせる」

古田のこだわりの一端が、だし汁「上湯=しゃんたん」にあらわれる。だし汁の根幹となる水を求めて、岐阜の深い山中まで水を汲みにいく。“手間は足し算、料理は引き算”、そう考える。だし汁の食材も、鶏肉と金華ハムのふたつに、シンプルに決める。それらをぎりぎりまで凝縮する。

地元の食材へのこだわりも、古田の料理の基本にある。例えば「子いのしし」の肉を使う。気になる“すじ”をあえて承知の上で、それらを気にさせない料理へと進化させ、食する人をうならせる。“おいしい”と。

この料理では、古田は火加減の難しさを熟知しており、ぎりぎりをねらう。「過ぎない」ように。細かな所へのこだわり、“味は細部に宿る”という精神にいきつく。小いのししと春キャベツとざーさい、そしてトリフを合わせる。新たなる料理の誕生。客の反応は、上々だ。

古田は、オフタイムをとること大切にしている。ランチタイムが終わると自宅に戻り、夜の仕込みの一時間前まで体を休ませる。そばには愛犬トリフがいつも一緒。

古田には、コンプレックスとの長い闘いがある。

古田は、昭和31年岐阜県郡上市に3人兄弟の末っ子として生まれた。小学校の頃から、料理人に憧れていた。そのきっかけは、地元の食材を使った母の手料理にある。岐阜を出て、都会の有名店での修業をねらっていた。しかし、高三の時、母が癌でなくなり、父が気落ちしてふさぎこんでしまった。父一人残して上京できないと、断念した。

地元の料理学校に通い、卒業後地元の中華料理店で働いた。だが、勤めていた店が弊店となり、古田は、22才の時借金をして自分の店をだした。身を粉にして働いた古田は、10年後借金を返した。それから地元岐阜でスターシェフ陳健民の料理を見る機会があり、“自分も独創的な料理”を作ろうと、31才の時オリジナル料理の店を開いた。

有名料理をいろいろにアレンジしたが、食べて愕然とする。必死に考え抜き、行きついたのが母の手料理。慣れない食材より地元の食材にこだわろうと考えた。何度も創意工夫を重ね、お客さんの“おいしい”の一言をえるために心血をそそいだ。

“立ち止るな、ただ掘り続けろ”、そう自分に言い聞かせ切磋琢磨する毎日を送る。店を開けて17年目のある日、一人の食通が店に現れた。料理の批評家・門上武司が古田の料理を口にした時、想像をくつがえすものだった。やがて、知り合いの料理人や食通にしれわたり、驚きの声を聞いた古田。

“僕は僕でいいんだ”と思えるようになった。それ以来、挑み続ける道に終わりはない。

1月3日妻と近くの神社に初詣に出かけ、”新たな定番への挑戦”を誓う。単に美味しい料理だけじゃんく、料理として新たな定番となる料理に挑もうと決心した。

古田が目をつけた食材は、“郡上味噌”。塩分が濃く骨太、独特の香りがあり、それがもろ歯の剣となることも承知していた。しかし、あえて可能性にかけた。その成果を試す機会をもった。古田の自宅にある食通の常連客のための「シェフズテーブル」という席。

郡上味噌の個性を生かす工夫を凝らす古田。試行錯誤の結果、ポイントとなるソース作りを完成させる。完成した料理をシュミレーションさせる。それに、加える食材としてごぼうを使う。悩み続け、「まだ出来る、まだ先はある」と挑み続ける。

そして、当日の朝、ごぼうを使うかぎりぎりまで考えた。午後8時客がやってくる。古田はごぼうを入れた。味噌にもんだいなし、こだわりぬいた新しい味が客に評価された。しかし、古田もう少ししっかりとした方向性がいると考えた。慌てず新たな料理を考えた。もっと、出来る、もっと上がある、そう言い聞かせる。

一歩ずつ道を切り開いていく。

古田の料理の原点は母の手作りの料理にある。そこには母の子供への「無償の愛」がこめられている。その愛をしっかりと受け止め、慢心することなくさらなる高みを歩んできた古田。「しっかりとした準備が出来たものに、幸運が訪れる」というが、まさにその通り古田に幸運が舞い込んだ。

そこで、止まらないのが古田。さらに、さらに、まだ先へと向上心を忘れない。古田の料理に対する静かなる情熱の火は、消えることはない。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 3
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
意志あるところに、道は拓(ひら)ける 中華料理人・古田 等 須磨寺ものがたり/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる