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今年2009年メンデルスゾーン生誕200年を迎えた。 それに関連した番組が昨日TV東京で放送され、 女優山口智子が案内役で出演したのを、 興味深く見ることにした。 フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルティは、 1809年にハンブルグに裕福な銀行家の息子として生まれている。 祖父モーゼスは、カントにも影響を与えた著名な哲学者であった。 ユダヤ人として生まれたメンデルスゾーン、プロテスタントに改宗している。 メンデルスゾーン一家は、後にベルリンに移る。 名前もメンデルスゾーン・バルトルディと改姓したが、 フェリックスは「バルトルディ」を使いたがらなかったという。 ユダヤ人としての誇りにこだわり、「メンデルスゾーン」と名乗っていた。 モーツアルトにひけをとらない天才であったといわれる、メンデルスゾーン。 フェリックスは、ユダヤ人として迫害を受けていた。 第2次大戦時、ヒットラーによりメンデルゾーンの像が、 一時撤去され、音楽を流すことも禁止されていた。 後にその像は、元の場所に設置された。 メンデルスゾーンといえば、 「夏の夜の夢」の一部「結婚行進曲」が有名です。 ヴィクトリア女王の王子の結婚式で使われ、 それにあやかろうと広まっていったという。 そしてなんといっても、 バッハの「マタイ受難曲」を、 20才のころ自ら指揮し世に送り出した功績は大きい。 メンデルスゾーンは、それまでの作曲家と違い、 楽団の指揮者としても活躍していた。 演奏者を育てた最初の音楽家と言われている。 フェリックスは、自然を音楽にした。 英国、スイスなど、 あちこちと旅するのが好きだった。 後にライプツィヒ音楽院を創設する。 そして38歳の時に、この世を去る。 何ごとにも歴史あり、 歴史は鏡といわれる。 一つの作品には、いろんなバックグラウンドが存在することを、 改めて知ることとなる。 クリスマス・イブの夜に、 美しい音楽と偉大なる作曲家メンデルスゾーンの足跡を訪ね、 いい夜を過ごすことができた。 |
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