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ああ、七夕やね!

2008/06/30 09:19
スケジュールとは、
その通りにいかないもので、
お天気だのみとなるとなおさらである。

雨を嘆いていてもしかたがないので、
何か少しでも出来ることを考える。

状況の変化が、考えることを教えてくれ、
これが教訓となり、次につなげることが出来る。

考えようで、思い通りにならないことが、
自分にとっては、いい機会と捉える。

一生懸命やっていれば、
みんなが協力してくれる。

イレギュラーなことが、
いい経験知となり、
新たな智慧を生む。

天気の悪い中、
多くの人の協力で、
少しずつ七夕の準備が進む。

昨日より今日は、
段取りが進んだ。

それでいい、それでいい。

何もしないのは、
何も生まない。

天候不順を気にしてくれ、
前倒しで笹を運んでくれた、
西区神出町のYさん。

お陰でこちらは大助かり、
一つのスケジュールを消化でき、
相手の好意を無にせずに済んだ。

昨日、雨もようながら、
有志による大笹飾りをしていると、
「ああ、七夕やね!」と、
親子が近づく。

近所の幼馴染も手伝ってくれ、
顔なじみの学生も、
アルバイト帰りに一緒にやってくれる。

笹飾りをしていると、
思わぬ応援もあり、
やってよかったと実感する

出来る準備はしっかりとやろう。

ご褒美は七夕まつり(7/5土)の皆さんの笑顔。

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ボクらの時代 樹木希林×YOU×是枝裕 パート2

2008/06/29 08:16
ボクらの時代、
先週に続き、
女優・樹木希林、女優・YOUと、
是枝裕が出演した。

3人は、是枝作品・映画「歩いても、歩いても」で、
一緒に仕事をした仲間である。

まさしく仲間という、雰囲気が画面から伝わる、
ごく自然な関係、
そこに互いへの尊敬、信頼、親愛が加わる。

3人にとっての子供とは?
樹木希林の話が秀逸。
家族ってホラーだと思う、
そう表現する、

一人っ子の子を、子供扱いせず、
一人の人間として、ただ与えるだけをしなかった。

どんな時でも、誰にでもしてもらえるなんて、
将来子供が成長したとき、ありえないと思うから。

孫に思わぬことをいわれた。
樹木希林は、自分の体が人と違うのを意識していたが、
孫は、「大丈夫、家族なんだから」といったという。

思いやり、そのままを受け入れる心があるからでしょう。

YOUは、一人っ子で育った。
何でもやってもらえ、全部自分の世界。

しかし、学校へいくようになり自分で何もできず、
ぐずだったと感じていた。

だから、自分の子供には少し厳しくとこころがける。

樹木希林は、子供に大人のTシャツを着まわしで、
使っていた。子供はそれを、工夫しながら着ていたようだ。

孫の男の子は、少し臆病のようだ。
しかし、樹木は慎重な子なんだと考えるのだそうだ。
そのもまを受け入れてやる、そう心掛ける。

是枝は、上から下へと役者をみない。
役者の責任のもと仕事を進めるタイプ。

是枝自身は、自分のだんどりで進めるので、
まわりのイライラも気づくが、
とらわれ過ぎないように、貫いてやる。

子役について。
是枝は、オーディションで、
俺に合わせろでなく、
どのようにしてこの子をとれるかにこだわる。

地位、名誉について。
是枝も2004年作品で、
主演の子役が、いきなり主演男優賞をもらった。

樹木希林は、「東京タワー」で、
最優秀助演女優賞をもらった。

是枝は、監督を地位だと思っていない。
単なる職種なんだと。

TVより映画を上と見る人に、
TVのおもしろさがわからないのに、
よくいえるものだと、疑問を投げかける。

役者の中にも、主演と脇役の上下を感じる人がいると、
樹木希林はいう。

その差を感じるのって、おかしいと彼女は考える。

賞を取る、総なめすることは、
映画の宣伝としてはなるが、
最初から「ねらい」ではいかないと、
是枝はいう。

樹木希林もYOUも、
賞はあまり意識しなようだ。

まあ、そんな感じの独自路線の二人といえる。

ものを貰う、ものを贈る・・

樹木希林は、ものを貰うのが面倒でいやがる。
ほどく労力がいやなんだそうだ。

是枝は、上手にプレゼント出来ないので、
出来る人は、大人だと感じるらしい。

YOUは、貰うのも好き、やるのも好き。
助けられながらやってきたようで、
だから何も出来ないという。

樹木希林が「美しいということは、
それだけで才能」と、
フォローする。

気負いのない人間、
いい意味わがまま、
それが受け入れられる力がある。

もの作りをする人間には、
個性としてのこだわりはないと。

こころ許しあい、
尊敬し、
信頼関係が一つの作品をやり終えたことで、
醸成されたと感じる。

また、見たい、聞きたい、
そんな3人の関係だった。

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本を読むことは、最大の「宝物」

2008/06/28 13:58
昨日の産経新聞に、
大阪大学名誉教授の加地伸行さんが、
「国語力低下」を主題にした記事の中で、
読書の持つ意味を話していた。

本を読むことについて、
加地さんは、このように書かれてる。

人間にとって本を読むことは、
最大の「宝物」だと思うのです。

本は過去の知識・智恵の蓄積であり、
新しいものを生みだす動力となってくれます。

読書は考えたり、
書いたりする力、
そして情緒を養います。・・記事本文より

そして、読書は習慣づけるように、
子供のころからするとよいともいわれている。

読書の大切さは、
多くの知識人が語っている。

改めて、加地さんの記事を読み、
読書の大切さ、素晴らしさを痛感する。

最近、地域交流で大学生と接する機会もあり、
就活(就職活動の略)に忙しいと聞くと、
私は必ず「本を読んでる?」と聞く。

自分が茂木さんの「クオリア日記」に触発され、
還暦手前で本を読むことに目覚め、
今に至って、続けていて良かったと実感するからです。

特に何かを表現しなければいけない時、
本を読んでいなければ突然浮かんでくるなんてありえない、
そう思うからです。

加地さんもいっておられるように、
何事も積み重ねだと思う。

私も再び本を読みだし約2年、
一年目を過ぎたころから、
知識の繋がりを感じるようになった。

そうなると、面白くなってくる。

そのことを事あるごとに、
特に若いひとに話し、
「本読んでる?」と問う。

同時に自分にも。
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青い、青い、一本のきゅうり

2008/06/27 09:50
昨日のこと、
「はい、これ」と、
その声の主は、
毎日のように顔をあわす、
Mさんであった。

カウンターの上に、
白い半透明の袋が置かれた。

「今日取ったばっかりの、
キュウリや」
「一番目は、お寺に御供えして、
次にここへ持ってきた」。

一見ぶっきらぼうのようで、
よく話をするようになると、
実に優しいひとだとわかる。

間違ってもお世辞なんかいわない、
どちらかというと、
口べたのほうかな。

去年も、Mさんが家庭菜園で、
自分で育てたキュウリをもらった。
あれから、もう一年たったんだ。

それにしても、
お寺の次にもらえるなんて、
嬉しいことです。

見てないようで、私のことやら、
店のことを気にしてくれている。

さりげなさが、大人である。

どこかで、誰かが見てくれている。
何だか気持ちがホットした。

何気ない会話が、
コミュニケーションの原点。

青い、青い、一本のきゅうり、
ありがとう、Mさん 。
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バッハの「マタイ受難曲」

2008/06/26 09:59
茂木健一郎さんのブログ「クオリア日記」に、
絵の力 ―延長された顔―
2008年6月22日
横浜美術館レクチャーホールと書かれており、
講演の音声ファイルを聞いた。

茂木さんは、外国の著名な「知のメジャー」に、
闘いにいき、負けにいく。

こてんぱんに負けないと変化しない。
と、今の時代の閉塞感を憂う。

私たちの身近なコミュニティでも、
閉塞感を打ち破れず、
無難にという雰囲気がある。

とことんやられないと、
気がつかない。

その時には、時すでに遅しなんてことに、
なりがちだが、いくとこまでいかないと、
人間変われないものである。

音声ファイルの中で、
バッハの「マタイ受難曲」が紹介されていた。

ウイッキペディアで調べると

1727年4月11日、ライプツィヒの聖トーマス教会において初演。
バッハの死後、
100年ほど埋もれていたのを、
メンデルスゾーンが復活させ、
バッハを再評価につながったという。

マタイ受難曲は、
大きく二部(通常68曲)からなるというから、
凄いスケールの作品なんですね。

演奏時間も、2時間半から、
最も長いものでカラヤン指揮で、
3時間30分とある。

名前はよく見聞きしていたが、
YOU TUBE で検索し、
ダイジェストを楽しんだ。

その後ウエブ検索で、
マタイによる福音書」なるものに、
たどり着き、
ちょっと立ち読み的に、
読んでみることに。

キリスト教にとくに関心がるわけではないが、
一時期神戸の「セントミカエル国際学校」に、
通った時期がありその時に新約聖書に触れた経験から、
懐かしく思い読んでみたくなったのです。

その学校は、英国教会系の学校だった。

「マタイによる福音書」で、
たまたま目に止まったところがあります。
第七章 0713
狭い門からはいれ、滅びにいたる門は大きく、
その道は広い。そして、そこから入っていく者は多い。

あえて闘いを挑み、
困難な道を歩めということと解釈した。

今、自分の置かれた環境を、
引き受けるのに、
勇気ずけらる言葉との出会いである。

バッハのマタイ受難曲について、「J.S・バッハマタイ受難曲」に、
詳しく説明されており、参考になりました。

「YOU TUBE」より
Bach - Matthaeus Passion - 01

Bach - Matthaeus Passion - 30-31-32-33-34

Bach - Matthaus Passion - 39. Aria A - Erbarme dich
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希望は、必ず見つかる がん専門看護師・田村恵子

2008/06/25 10:26
「希望」がキーワード、
諦めない、
向かい合う、
患者一人一人の人生を大切にと、
日夜がん患者と向き合う一人の女性看護師。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
がん専門看護師・田村恵子が登場し、
献身的な患者の人生への対応をしめす。

がん専門看護師・田村恵子が勤務するのは、
大阪市東淀川区にある淀川キリスト教病院、
その7階ホスピス病棟である。

20人をこえる看護婦をたばねる責任者、
ホスピス歴20年目のベテラン。

田村が患者と向き合うとき、
最も大事にするのは、心の痛みを癒すこと、
迫りくる死の恐怖という。

苦しみの中にあるがん患者と、
正面からむきあう、
田村の基本的なスタンス。

田村は、患者みずからが自分の中に前向きな気持ちに、
気づくと信じている。

例え医師からがん治療の効果なしといわれても、
患者自身が挑戦したいとえば、
その気持ちを尊重し、本人が納得のいくように、
手助けをしていく。

「支えるのは、自分らしい人生」だから。

結果的に治療の効果がなくとも、
患者自身がやりきったという気持ちをもつこと、
しょうがないとふんぎりがつく。

そして患者の命の火が消えると、
田村はひとりで泣く。

しかし田村はいう、
気持ちがなえている暇がない、
そう切り替えつぎなる患者の元へと向かう。

田村は10年前に、
ボランティア活動をしているとき、
ひとりの男性がん患者と出会う。

がん再発の恐怖と闘い、
したいことがないと希望を失いかけていた。

ピアノが好きという患者の言葉を、
実現させ病院で他の患者の前で、
演奏をする。

がん再発、手術も不可能、
本人の希望をつなぐものに挑戦し、
最後にホスピスを選択する。

「幸せだった」と、男性患者はいった。

「希望は、必ず見つかる」、
田村の信条である。

一人の50代の男性患者、
せめて娘の晴れ姿をと、
結婚式に出ることの望を糧にしている。

しかし患者には、既にそこまでの時間はない。
せめて花嫁姿を見せ、
写真をとろうとなった。

その計画を患者に話すことは、
死が迫っていることを告げることになる。

しかしながら、そこでも田村は希望をつなぐため、
計画を話し、本人の了解を得る。

男性のがん患者は、
娘の花嫁姿を脳裏に焼きつけ、
旅立った。

こころ残さず生ききった、
そのことが大事と、
田村は考える。

私自身、両親をがんで亡くし、
兄も姉も同じくがんでこの世をさった。

18年ほど前のこと、
今でも忘れられない、
父に告げた病状。

主治医から年も年だから、
柔らかく話してくださいと。

病院の談話スペースで、
父は私の話を聞いてくれ、
受け入れてくれた。

手術が出来ないと告げずに、
検査だけだったと。

告知は、しなかった。

それでも、父は私に何も聞かなかった。
私への配慮だったのだろう。

それから、約一年ほど父と一緒に、
家業を手伝い、
親子を実感した。

自分なら覚悟が決められるか、
スタジオでもいっていた、
身近にいるひとで、
支えてあげることが大事であると。

大切にしていこう、
自らの人生を、
そして支えてくれる人の人生も。








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Ken Okuyama Design代表・奥山 清行

2008/06/24 10:11
久し振りにTVで見た奥山 清行、
以前にもましてアグレッシブ、
故郷・山形の中小企業の再生に、
熱い気持ちで立ち向かう。


TV東京「カンブリア宮殿」に、
Ken Okuyama Design代表・奥山 清行が、
現在の心境を語った。

NHKのプロフェッショナルで紹介された時は、
フェラーリーのデザイン・ディレクターだったが、
今回は自らのデザイン工房
Ken Okuyama Design代表としての顔をみせた。

イタリアも日本同様中小企業が多い。
ただ大きく違うのが、
日本の多くの中小企業が、
大手の下請けとなる傾向があるが、
イタリアはあくまで一匹オオカミ的、
一つの会社に属することをしない。

自社を主張する強い信念と、
デザイン力、仕事力に誇りをもち、
自ら販路の開拓にあたっている。

今回奥山は故郷山形にもイタリア的な考えで、
東京だけでなく、
自らイタリアをはじめ海外に活路を見出そうとする。

奥山は、常日頃アイディアをためておく。
思いついたときに思いついた場所で。

仕事がきてからではなく、
無駄と思えるものでも、
多くのアイディアから、
光るものをつなげるという。

会議の席では、いいアイディアは生まれない、
日頃の積み重ね、
村上龍も同じく、
突然生まれたアイディアなんてなくて、
過去からの積み重ねの延長で生まれるという。

日頃から、仕事に直結しなくても、
脳をフリーの状態にして、
浮かんだアイディアを大事にしておく。

セレンディピティは、そんな時に訪れるのでと、
私は考えるのです。

山形の中小企業の再生には、
真似の出来ない独自の製品の開発、
高い付加価値の製品で新しい市場を開拓、
そのように奥山は考える。

一例が紹介されていた。
イタリアで開催された国際家具見本市で、
「ORIZURU]という合板を、
折り紙をおったよなフォルムの椅子が、
高い評価を得た。

今後の課題として、
奥山は、自分がやっているからでなく、
誰がやってもやっていけるしくみを作ることが、
大事であり、まだまだこれからであるという。

行政からの補助金をつけることより、
取り外すことが難しい、
一人歩きすることが目指す方向だという。

私たちも地域活動において、
補助金のことはいつも話題に上る。

永遠に補助なんてありえないので、
次のスッテップを踏むことを念頭におく、
そんな心構えが必要です。

奥山のいう、自力でやることの、
踏ん切りがいつも課題として残る。

それを可能にするのは、
当事者の情熱でしかないであろう。

やるのは、自分たち。

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もう一度リフレイン

2008/06/23 15:30
今朝の産経新聞の「知の先端」に、
東京工業大学教授・細野秀雄さんらの、
研究チームの話が載っており、
私が興味を持ったのは、
細野さんのプロフィールに書かれてあった、
「座右の銘」にある。

今朝の産経新聞に書かれてあった、
細野さんの科学する心の原体験は、
小学校入学前。

「変だな。でもおもしろい」と思ったことから。
砂糖と塩を混ぜたら、
甘さと辛さで味が打ち消され、
味がなくなると思った、
細野少年。

しかし、実体験は違った。
「変な味」を味わったのである。

細野さんのチームが、
新たな高温超電導物質を発見したようです。

細野さんの少年時代の「変だな。でもおもしろい」が、
今回の新たな発見に繋がっているのであろう。

東京工業大学教授・細野秀雄さんの、
「座右の銘」は、このように書かれていた。

二つ書いてあった。
「オール・オア・サムシング」
・・一生懸命やれば何か得るものがある。

「トゥモロー・イズ・アナザー・ディ」
・・明日は明日の風が吹く

常に前向きで、
諦めずに、
楽観的に考えよと、
いうことなんだろう。

くじけそうになりがちな、
弱い自分に力を与えてくれた、
今日の細野さんの「座右の銘」。

先日もある人にいわれたな、
少し気楽に考えたら、
他人にはよくいっていたのに、
自分のこととなると・・・・

苦笑いしながら、
一週間のスタートを、
気持ちをリセットして切ろう。

もう一度リフレイン!

「オール・オア・サムシング」
・・一生懸命やれば何が得るものがある。

「トゥモロー・イズ・アナザー・ディ」
・・明日は明日の風が吹く



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ボクらの時代 樹木希林×YOU×是枝裕和

2008/06/22 10:38
個性派女優が二人、
その二人と映画を作った監督、
3人が語るそれぞれの思いを語る。

フジTV「ボクらの時代」に、
樹木希林・・女優、
YOU・・女優、
是枝裕和・・映画監督の3人が登場した。

樹木希林とYOUは、
是枝監督の「歩いても、歩いても」で、
共演し、親交を深める。

この映画の主演阿部寛について、
体が大きいことの威圧感を与えない、
それは、心の威圧感がないからと、
樹木希林の意見に、他の二人も同意する。

仕事について、
仕事を選ぶのか、
くるもの拒まずかについて。

YOUは、何でもやるべきかどうかに、
疑問を感じ、選ぶときがあるようだ。

樹木希林は、それに対し何でもやるというが、
YOUから見ると、結構選んでいるよと、
笑いながら話す。

YOUは、3ヵ月も同じ現場に通う、
そういう状況が受け入れにくいようだ。

それをあえて、わかったうえで、
是枝は、YOUに無理をいい、
毎日撮影所に来て、
セリフも覚えてとお願いしたと、
破顔一笑といった感じで話す。

互いによく理解しあった仲間だからこそ、
いえる会話が成立している。

状況に応じて自分を変えられるか?
主演女優は、常に自分がどう映っているかに、
こだわりがあるので、現場での急な変更を嫌がる。

しかし、樹木希林は、自分が脇役である以上、
変化に対しては、常に柔軟であるという。

YOUは、前から樹木希林が好きで、
憧れてきた、今回の映画に出る条件として、
樹木希林と共演できるならと訴えていた。

「あて書き」といわれ、
相手役を想定して書くことを言うらしいが、
樹木希林は、そういう「あて」を受けることが多いという。

それだけ、俳優として共演したいと、
思わせる存在の大きさを証明していることになる。

しかし、樹木希林は依頼を受けたときに、
台本は、あくまで主演俳優を想定し、
自分に合わせないでほしいという。

自分はどうにでも、
変えられるからと、明言する。
代役で出ることは、いとはないという。

お金についての考え方が、
3人の人たちに共通したものがある。

拝金主義に疑問を投げかける。

樹木希林は、人に迷惑をかけない程度に、
お金を稼ぐことを常としている。

お金を掴んだひとが、志のない人だと、
「宇宙旅行」に行きますなんていい、
人間形成が伴わないのを軽蔑する。

その点については、YOUも同意。
是枝は、映画を撮り続けられるように、
お金は必要だが、
それ以上に固執はしないという。

相手を尊重しあった3人、
しっかりと自分の立ち位置を、
見つめて生きているように伝わった。

今回は前半、
来週に後半部分がオンエアーされる。
次回の放送を期待して待つことにする。






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見つけてジャンケン!!

2008/06/21 08:56
昨日の夕方、
地域協力をしてもらっている、
神戸女子大の学生が二人、
来月7/5(土)の夕方から開催予定の、
「七夕まつり」の打ち合わせに来てくれた。

5月18(日)「須磨寺楽市」という、
イベントでも協力をしていただき、
今回の七夕イベントにも参加を要請し、
快く受けてもらった。

携帯電話での連絡で、
リーダー格のAさんから、
子供たち相手のゲームのタイトルを、
教えてもらった。

「見つけてジャンケン!!」
サブタイトル・・お星さまをさがせ・・
七夕にちなみ、考えてくれました。

そのゲームの具体的な内容を、
昨日聞かせてもらった。

星のマークをつけた、
神戸女子大の学生を子供たちが探し、
見つけたらそこで、ジャンケン。

なにやらポイントがあるらしく、
キャンディの掴みどりが、
子供たちへのご褒美とか。

何とか子供たちを楽しませようと、
一生懸命考えて来てくれた。

当日は、浴衣姿に着替えて、
七夕の雰囲気をアップしてくれます。

子供たちに夢を与え、
大人も夢をもらう。

「夢」というキーワードで、
大人も子供も一緒になれる。

キラキラ輝く子供たちの目に、
会えるのが楽しみです。

来週の月曜日に、
女子大内部の説明会をすると、
聞いています。

しっかりと、スケジュールを把握し、
大人の対応が出来た優秀な学生たちです。

互いに気持ちがシンクロしないと、
イベントは楽しくありません。

しっかりとした打ち合わせが出来て、
ホッとしています。

6月29日(日)午後2時より
商店街のお店に小笹をくばり、
上下2か所にあるアーチに大笹を飾る。

この笹は、地域交流している、
神戸市西区の人が、
運んで来てくれます。

商店街には、吹き流しの、
帯が揺れ七夕を感じていただく。

多くの人の協力をえて、
楽しい「七夕まつり」が、
開けそうです。

その時にしか味わえない、
一回性を大切に、
多くの人の笑顔に会えるのが楽しみです。

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音楽を「考える」 茂木健一郎/江村哲二

2008/06/20 17:00
私のPCデスクに、
読み終えた一冊の本が置いてある。
音楽を「考える」 茂木健一郎/江村哲二。

一読したあと、
何度か気になる箇所を、
繰り返し読んでみた。

スチュディオスなお二人、
茂木健一郎さんと、
江村哲二さん、
による対談形式の中身の濃いお話が、
展開されている。

残念ながら、江村さんは、
2007年6月に亡くなられている。

互いに尊敬しあう、
二人の音楽に対する熱い思いが、
読んでいる者に伝播してくる。

音楽と数学者ピタゴラスが、
関係あるなんて、
この本を読むまで思いもよらぬことであった。

最初に音楽の構造、
いわゆるハーモニーというものを、
見つけ出したのはピタゴラスです。・・本文より(江村)

読んでみなきゃわかないもんです。

そして、musicを日本では音楽と訳されるが、
江村さんによると、
ヨーロッパで音楽仲間との会話では、
「楽譜」という意味で使われるという。

音楽における「楽譜」のしめる位置が、
いかに普遍的で、
高いものであるかと強調されている。

バッハの楽譜は、完璧であり、
モーツアルトのそれは、
実に美しいと、お二人はいう。

江村さんは、音楽を聴くという大切さ、
そしてその意味をこういっている。

「音楽では、聴くということがとても大切な行為です。
聴衆という立場であっても、
音楽と対峙するという意味では、
作曲家や演奏家と一緒であって、
自分の音楽を探そう、創ろうとしているのです。

だから聴くということ、音楽鑑賞ということは、
非常にクリエイティブな仕事です。・・本文より(江村)

なるほど、音楽を聴くというのは、
そういう意味を含むのかと、
考えを新たにした。

この本の中で、わたしが特に注目したのが、
「人生の転機はホメオスタシスである」という、
タイトルの内容です。

脳には、あるところでブレーキをかけるという、
安定化機構がホメオスタシスとして、
備わっています。

フロー状態というのは、
その制限をかけているタガをはずしてしまった状態ですから、
それをどう外すかというのは生命体にとって深刻な問題なのです。・・本文より(茂木)

茂木さんは、江村さんが曲を書いている時に、
脳の中で何が起こっているかについて、
興味深い考察をしている。

いかに「超える」か、
いかに「際に立つ」か、
いかに「疾走する」・・・・中略

この逸脱が人格の変容にもつながるわけですが、
自分の人格が変わるような人生の転機で起こっていることって、
むしろホメオスタシスなのではないかと気がついたのです。

いろんな事態が襲ってきて、自分がどうしようもなくなったとき、
必死になって自分を保とうとする。

その中で起こるある種の精神運動とかダイナミックスは恒常性の維持であって、
その結果気づくと新しい自分ができている。・・本文より(茂木)

よくよくかみしめて、
考えてみたい文章である。

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アウェーの状態

2008/06/19 10:46
この空虚感はいったいなんなんだろうか?
初めて味わう、乾燥した雰囲気。

普段とは違う、
アウェーの状態を体感した。

そんな状態でも、
何人かの人とで、
話し合いを持った。

全く違う視点を持つ、
外部の方のアドバイスをいただく。

まだ知恵は、
尽きたわけではない。

諦めるわけにはいかない。
ある意味チャンスととらえ、
やれることをまずやる。

逆風を楽しむなんて、
そんな余裕はないが、
吹いてくるものから、
逃げている場合ではない。

根くらべ。

自分の中にいいイメージを描こう。
根拠のない自信もなきゃあ。

まだ、まだ通過点。

もっとアイディアを絞り出し、
具体化しろということ。

どこかできっかけをつかめるよう、
努力を続けよう。

そんなことを考えている時、
電話が入り、
現実の世界とご対面です。

止まってしまってはいけない。

今週のNHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に出演した、
茶師・前田文男さんの言葉を、
呼び起こしてみる。

「自分の中にある弱い自分に負けない、
強い心を持ち続けることですね。」



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一葉入魂、本分を尽くす 茶師・前田文男

2008/06/18 10:40
茶葉をみる、
茶葉に触れる、
茶葉の香りをかぐ、
五感を総動員して、茶葉と対峙する男がいる。

NHK「プロフェッショナル」仕事の流儀に、
茶師・前田文男が、
おいしいお茶を求めて、
諦めず、こだわりぬく姿勢を見せてくれた。

自然の生き物である茶葉、
新茶の時期になると、
生産家、問屋、小売屋ともに、
神経をとがらせる。

天候に敏感に反応するため、
遅霜などの被害にあったりもし、
毎年大変な思いをして茶葉を、
世に送り出している。

私も小売業ながら、
茶葉を取り扱うものとして、
茶師・前田文男の姿勢には、
頭がさがる。

まさしく前田が手塩にかけて、
茶葉をブレンドしていく工程は、
ウィスキー・ブレンダーの輿水に、
匹敵する心血の注ぎ方であると思った。

一つの際立つ個性を、
どう活かすかによってお茶の味が、
微妙に変わっていく。

茶葉は、生きものなのです。

「合組み」というものが、
それにあたるといえる。

茶師・前田文男を生みだしたのは、
祖父の代からの茶葉にたいする、
厳しい取り組み方を受け継ぐことにある。

前田も若さに任せ、
その時のこだわりによって、
お茶そのものを見失っていた。

「光るお茶を買ってこい」

父によって、叱責され、
仕入をはずされ、
それでもあきらめず、
自ら茶葉を聴くことが、
大事だと思えるようになった。

茶葉の声が聞こえるように、
なるのに5年以上かかった。

茶葉の声という、
メタファーは、
前田のような人にしか、
聞こえないないことでしょう。

煎茶を作る過程で、
ふるいにかけ、
出目と呼ばれるものを取り除き、
一般的に煎茶として飲まれている。

単一品種・一産地物を販売している、
弊店とは、方向性は違うが、
茶を飲む人に、
おいしく飲んでいただき、
喜んでもらいたいという思いは、
茶に携わる多くの人の思いだと感じている。

それこそ、価格だけていうと、
高級茶葉は、
一般の人には手の届きにくい、
価格のものがあるのも事実。

より多くのひとにおいしいお茶を、
楽しんでほしいという前田の姿勢が、
グラム1000円という単位に現れる。

弊店においても、
お客様から、
味わいのあるお茶を求めらると、
迷わずグラム1000円位のものを、
おすすめする。

「茶葉離れ」と、いわれて久しいが、
もう一度良質の茶葉を、
ゆっくりとした時間とともにいただく、
そんな素晴らしさを茶師・前田は、
自らの姿勢で示してくれた。

茶師・前田の言葉
「自分の中にある弱い自分に負けない、
強い心を持ち続けること」

私は、直面する問題を切り開く時に、
気持ちがなえそうになることがある。

まずは、自分との闘い。

そして、常に謙虚であろうとする、
茶師・前田の真摯な態度は、
私自身も肝に銘じておこうと思う。
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継続は力なり

2008/06/17 09:22
元気な人繋がり、
昨日もニコニコ顔が、
印象的で、
ボランティア歴30年をこえる、
女性の方にお会いした。

7月5日(土)に地元の須磨寺前商店街で、
開催予定の「七夕まつり」に、
ゲストで出ていただく。

「南京玉すだれ」「皿回し」「動物風船」と、
どれもこれも子供たちは勿論、大人も楽しめる、
大道芸を見せて下さる。

その方、Mさんは子育てをしながら、
何か社会に貢献したいという気持ちから、
一念発起し、ボランティアに目覚めたという。

その時に、、
「家のことがおろそかになるような人は、
外に出ても上手くいかない」と、
御主人にいわれたそうです。

それ以来、子供たちにも理解してもらうのに、
いろいろと乗り越えなければならないことが、
多々あったが、やり続けてきて良かったと、
心をこめて話された。

「継続は力なり」、
Mさんが実感されていることです。

自分の一生懸命さを見てもらえば、
上手下手は関係ない。

気持ちが伝わり、
見ている人が笑顔になるよと、
ニッコリと笑った。

茂木さんに続き、
また元気いっぱいの方に、
お目にかかり、
パワーをいただいた。

きっと楽しい「七夕まつり」と、
なるでしょう。

多くの人たちと、
私たちも楽しませていただこう。

みなさんの笑顔が、
たくさん見れそうです。
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時間は繋がっている

2008/06/16 13:34
今日、拙ブログにコメントをいただいた。
時折下さるその方は、
私の昨日の茂木さんのサイン会の興奮を、
自分のことのように喜んで下さいました。

それを読んで、
改めて思い切って行って良かったと思う。

歓びを得るには、
行動しないとだめですね。

昨日の茂木さんのサイン会のこぼれ話。

トゥープゥートゥーのすむエリー星」に出てくる、
「のりこ」さんは、実在の人物の名前からとっていると、
茂木さんは、照れながら告白されていた。

茂木さんの青春時代のほろ苦い思い出、
お相手のお名前だと、
しかもこういう字を書くと、
具体的でした。

ところで、今日の産経新聞で、
最相葉月さんが、
昔のファイルを呼び出せるタイムマシンという、
機能があると作家で東北大学特任教授の、
瀬名 秀明さんから聞いた。

それは、どうやらワンクリックで破壊されたデータが、
復旧するありがたいシステムらしい。

なにやらマックユーザーが、
その機能を使えるとか、
最相さんは、マックユーザーではないらしい。

最相さんは、自分自身を振り返って、
ここまで生きてこられたのは、
偉大なる忘却力のおかげだといっている。

そのあとに、こう続きます。

「でも、過去に積み重ねた経験を総動員して、
向き合う必要があるのが、未来である」・・記事本文より

その通りだと、大変深い言葉です。

時間は繋がっている。
突然今があるわけでもなく、
未来があるわけでもないでしょう。

その時々の生き方は、
誰にとっても大事です。

昨日の茂木さんのお話は、
短いながらもポジティブに、
物事を捉えましょうと力説された。

常に現実と向き合いながら、
未来に向かうために、
ポジティブに考えると、
何がしかのヒントを得ることがある。

どう考え、どう生きるかは、
その人次第。

他人のせいには、出来ません。





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一番乗りで

2008/06/15 17:18
意を決して大阪ジュンク堂本店へ向かい、
着いたのが午後1時ごろ。
目的は、茂木健一郎さんの「トゥープゥートゥーのすむエリー星」の、
トーク&サイン会に参加するためである。

家内が行ってきたらと、
私の気持ちをさっしてくれ、
思い切っていって本当に良かった。

茂木さんの印象は、
TVで受ける好印象と全く同じ、
なんの構えもなく、自然体であった。

会場にきていた女性が、
TVで見るより大きく見えると、
いっていたが、私も全く同じ受け止め方である。

体格ではなく、かもし出す雰囲気も手伝い、
スケール感が伝わってきた。

一番乗りで、いい席に座れ、
間じかで茂木さんの話が聞けた。

質疑応答の中で、
ある有名人の話に及び、
茂木さんは、以前からいわれているように、
相手の方を全否定はしない、と明言された。

このことは、大変重要なキーワードだと思う。
どこかに、少しは相手を受け入れる隙間も、
必要かなと、最近よく思います。

「トゥープゥートゥーのすむエリー星」で描かれている世界が、
今現実となっているのかのようである。

茂木さん、23才の時の幻の処女作である。

いつまでも失わずに大事にしたい、
夢のある世界、
持つ気があれば、いくつになっても持てるもの。

生のホープフルモンスター茂木さんに、
お会いして元気をもらった。

初めてという一回性と、
その興奮をお土産として、
家路についた。

家に帰ってきたら、
姪が用事で来ており、
家内とともに「おめでとう」と、
祝福された。

私の喜びを、素直に喜んでもらえた。
家内には、感謝しています。

今晩は行きつけのお鮨屋さんで、
もうひと盛り上がり、
茂木さん話が続きます。

茂木さんと握手をした。
しっかりとした、
気持ちの伝わる握手であった。

ジュンク堂の方から、
茂木さんの了解を得て、
後ろの方から写真を撮らせてもらった。

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多くの茂木ファンが詰めかけました。
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サインに集中する茂木さん
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こんな素晴らしいサインをいただきました。
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Amazon



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ボクらの時代 伊原剛志×永井大×宅間孝行

2008/06/15 10:23
大阪の昭和の下町の匂いをコンセプトにした、
お好み焼きで、
男たち3人が等身大の自分を語る。

そのお好み焼き屋を経営するのは、
俳優伊原剛志、
東京、大阪に11店舗をもっている。

永井大は、体脂肪率2%という、
鍛え上げた体を持つ、
元気印の俳優。

宅間孝行は、劇団を主宰、
演出、脚本家・俳優と、
マルチな才能を発揮する。

以上の3人が、フジTV「ボクらの時代 」に出演し、
ざっくばらんなトークをする。

いきなり伊原は、
TVでの食べるシーンは自分が出るから、
例えば箸の持ち方とか、
少し抵抗があるという。

30歳という年齢について、
永井は、体力的に落ちてくるし、
反射神経が鈍るのを感るという。

その点については、他の2人も同意見。

体を鍛えるのは、
見られて恥ずかしくない体を保つため。

ハリウッドはさすがに違う。
スターとして扱われると、
飛行機は、ファーストクラス、
勿論送迎つき、
撮影現場では、いたれりつくせり。

日本では、弁当が配られるが。
伊原はいう、仕事をするのは同じだと。

永井は仕事上での悩みをぶつける。
体が売りのような自分からの脱皮。
役者としての道を模索する。

伊原は現在45才、
だが30才のころと気持ちは変わらないという。
今でも、チャレンジャーでいようとする。

30才をターニングポイントとして、
永井は不安をもつといい、
伊原は、29才で店をやり、
30で父親になったと話す。

宅間は、30才で自分の劇団で脚本を、
書くようになったという。

一つの節目なのであろうか。

宅間は伊原にいわれたことで、
心に残ることがあるという。

世の中に出るのは大変、
その後出続けるのはもっと大変。

宅間は、自分に言い聞かせつつ、
そのままを若手にいうと、
笑いながら話す。

永井はどうやらきっちりとした性格のよう。
人生プランもちゃんとしなければと考えている。

「結婚」ってどうとらえる?
永井は憧れはあるが、
タイミングだと思っている。

伊原が結婚を高飛び込みと、
同じだと例える。

タイミング、思いっきりということでしょう。

今の仕事につくきっかけは?
伊原は、漠然と大学へいくよりは、
いいいと学校選びの感覚で入ったという。

永井は、単なるサラリーマンより、
自由度がありいいかなと仕事とした。

永井は、こっぴどく父親に叱られた経験をもつ。
学校からの成績が悪く、
親の確認サインを真似て、学校へ出したことがばれ、
風呂の戸を蹴り上げられたという。

伊原は、冗談混じりで御馳走するのが多いから、
されてみたいと笑いながら話す。

それは、相手の成長の証しとして、
されてみたいということなんだろう。

どんな人でも常に順調なんてありえない、
どんな状況でも自分を見失わないように、
その時の環境に対峙することが大切であろう。

今日の3人の男たちは、
仕事に対し真摯な姿勢を保ち、
それでいて自分というものを、
常に問いかけているように見えた。

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勘違いをしていた

2008/06/14 11:59
昨日、大阪に出かけていた家内から、
電話で「ジュンク堂」本店って、
どの辺にあるのかと尋ねてきた。

今、梅田にいるという家内、
「何時から茂木さんのサイン会?」
クオリア日記を見て、
「ええ〜と、ジュンク堂は、14時〜15時」
「ああそう、な〜んやもう終わっている」
と、残念がっていた。

こうもいって悔しがっていた。
「紀伊国屋書店なら、
時間的に行けたのに、
残念!」と。

私がまだ一度も会ったことがないのに、
家内に先をこされるなんて許せない。

ああ、良かった。

ところが今朝のことである、
クオリア日記を確認したら、
大きな間違いに気がいた。

明日の日曜日、6月15日と書いてあった。
知ればなんていうだろう、家内は?

私は、勘違いをしていた。

私の勘違いを謝り、
正しい情報を伝えよう。

情報は、正確かつ共有するもの。

事の真相を家内に告げると、
「な〜んや、そうやったんか」
と、呆れておりました。

明日か、行けるかな?
行きたいな!

行くとしたらやはり私が行くべきでしょう。
だが、家内の許可が必要です。

何しろ営業時間を抜けるわけですから、
家内のOKなしには外出できません。

明日雨ならヒマだし、
「行けたらいいなあ!」

商売人が雨を望むなんて、
とんでもないことですが。

天気予報では、
明日は、神戸も大阪も雨はなしのよう。

商売人としては、OKだが、
個人的には、微妙。

2008年6月15日(日)・・クオリア日記より
大阪にてサイン会

11時〜12時
紀伊国屋書店 梅田本店
『脳を活かす勉強法』サイン会
http://www.kinokuniya.co.jp/01f/event/event.htm#umeda_01 

14時〜15時
ジュンク堂書店 大阪本店
『トゥープゥートゥーのすむエリー星』
サイン会

http://www.junkudo.co.jp/newevent/sainkai-osaka.html


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カラマーゾフの兄弟 ドストエフスキー 亀山郁夫訳

2008/06/13 09:49
ようやく、ようやく、
長かった一つの物語を、
読み終えることが出来た。

カラマーゾフの兄弟 
ドストエフスキー作
亀山郁夫訳

1〜4巻、
5・エピローグ別巻。

予定より大幅に遅れたが、
読み切るという初期の目的は達した。

その間、他の本も同時進行で何冊かは、読んでいた。

まず、一巻毎に読み切りになっているので、
振り返りやすく、
各巻末の解説で、おさらいが出来るのも助かる。

前回までのあらすじを、
復讐できたりと、読む人を飽きさせない工夫も、
しっかりとされている。

カラマーゾフの兄弟は、
ドストエフスキー自身の実体験に基づき書かれ、
それを小説化されたものであると、
読んでみて私は、初めて知った。

「父親殺し」という重いテーマ、
そして金と欲の絡み合い。

犯人は誰という、
短絡的なものでないのも、
この小説の奥行の深さを感じる。

ドストエフスキーは、
「カラマーゾフの兄弟」の、
第2の小説を書く予定でいた。

未完に終わっているという点も、
そこに何を書こうとしていたのか、
誰も知るよしもないが、
読んでみたいと思わせるものがある。

また、ドストエフスキーが、
1〜4巻をいうなれば、
交響曲の4楽章になぞらえ、
構成していると、
解説されていたのに大変興味を覚えた。

西欧の小説を読むのに必ずぶつかるのが、
宗教という大きなテーマがある。

この点については、
以前、ブルータスで、
茂木健一郎さんと中沢新一さんの対談で、
中沢さんが興味深いことをいっていた。

日本はキリスト教の布教があまりうまくいかなかった、
数少ない国で、キリスト教が「信仰」を説いたからなんですよ。

日本人は、「信心」なんです。・・ブルータス本文より
日本では、たまたま見つけた祠とか、
川のせせらぎを聞き、
それで心が清められる。

日本人は、実在性は信じるが、
そうでないものは、
受け入れがたいようです。

神の存在が西欧社会とは、
その意義が違うように思う。

西欧社会の背景にある宗教の存在を、
ある程度理解しておくことも大切。

それと、必ず他の哲学者の言葉の、
引用があり、
カラマーゾフの兄弟にも
ドストエフスキーが、
ファウストを意識した点があると、
解説されている。

一つの物語を読むことによって、
その背景を知り、
他の分野の本を読むことが、
必要となってくる。

そうすることによって、
理解が進むことに繋がる。

亀山郁夫さんは、
一読する時は、
プロットに従って、
再読する時は、
同じ時間に、他の登場人物は何をしていたのか、
考えながら読むとまた違った楽しみ方が出来ると、
提案されている。

私の次なる課題は、
「ファウスト」を読むこと。

すでに用意をしてあるので、
期限をもうけず、
他の本も読みながら、
気長に挑戦しようと思っている。

私の本読みの旅は、今後も続く。

 

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4年という時間が流れていた

2008/06/12 09:41
昨日の夕方、
自分の飲むビールを買った帰り道、
信号まちをしていると、
一人の男性に声をかけられた。

私としては、
誰なんだろうこの人は?
そんな感じだった。

その男性は、
私の名前を確認し、
自ら名前をなのり、
その瞬間、ああこの人が例の人かと察した。

私のサラリーマン時代、
同じ会社の後輩で、
大学の後輩にもあたる人が、
私の店の近くの会社にいるとは、
聞いていた。

彼こそまさしく、その人である。

今の職場に来て4年になるという。
その間、私の店と3分とかからない距離にいながら、
なかなか直接話す機会がなかった。

彼は、私の幼馴染の店で、
昼飯を食べるらしく、
私を知っていると、
幼馴染から聞いていたのである。

彼の中に遠慮があったのか、
いつかは、
話す機会があると思っていたのだろう。

わたしの記憶の中に、
彼の存在がはっきりとしておらず、
初めて話してみて、
彼の元上司だった人間が私の同期だとわかり、
少しづつその時代を思い出していた。

彼は、私の5年後輩、
私は企画畑、
彼は営業とフロアーも違い、
記憶に残ってなくてもおかしくないと、
後輩である彼にいわれ少し気が楽になった。

彼が私の存在に気づき、
出会いがしらに、
話しかけられ、
互いにはなすようになるのに、
4年という時間が流れていた。

私は、彼に声をかけてもらったことを、
素直に喜んでいる。

わずかの時間の立ち話で、
若かりし頃の記憶が、
走馬灯のようによみがえった。

私の中の一時代である。

流れに乗っていい時もあり、
絶不調の時もあり、
長いトンネルにはいった時もあった。

いろんな過去を積み重ね、
今ならこうしたろうに、
ああもしたろうにと、
気づいたりする。

その時には、気づかなかったのに。

結局、自分の中の我が強く、
答えを人の中に求め、
逃げていたころだった。

人生を踏み外しそうになったこともあった。

今となっては、懐かしい思いで。

今、現在どう生きているかが、
大切だと思う。

人との出会いとは、
不思議なものである。

彼のさりげなさに、
大人のふるまいを見て、
人の優しさを感じる。

実に自然な形での、
対面であった。

別れ際に、
機会があれば飲みましょうと、
声をかけて別れた。
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野生の命を、あきらめない 獣医師・斉藤慶輔 

2008/06/11 11:13
Passion=情熱=キリスト受難、
苦難を乗り越える強い気持ちが情熱だと、
まさしくその通りの男が、
365日傷ついた野生動物と向き合う姿を見せてくれた。

NHKプロフェッショナル「仕事の流儀」に、
ほっておくと絶滅の危機にある動物を、
「返してやりたい、野に」の思い出で働く、
獣医師・斉藤慶輔が登場した。

獣医師・斉藤慶輔の仕事場は、
国立公園釧路湿原にある、
野生動物保護センターで、
3人のスタッフと仕事に励む。

何が斉藤を野生動物の保護、
野生回帰に向かわせているのか?

子供のころから動物好きであった斉藤。
13才までフランスのベルサイユの森に囲まれて過ごした。

獣医だった先生の課外授業が、
斉藤の将来を方向ずけた。

大学で獣医学を学び、
卒業後東京の動物病院で勤務。

その時に出会った雑種の犬が、
子宮がんで転移も見られたが、
飼い主の「雑種だからこれ以上の治療はいらない」の、
一言で治療を断念した。

助けてやれたかもしれない、
やれることはやってやりたい、
そんな思いを強くいだく。

その後、30歳のころ、
渡り鳥の生態系を調べていたころ、
北海道の獣医の仕事の誘いを受け、
現在に至る。

獣医師・斉藤慶輔は、
特に「おじろわし」「しまふくろう」という、
希少種の猛禽類の治療をし、
最終的に野に返してやるの思いで、
日々格闘している。

治療にあたる斉藤の言葉で、
印象深い言葉がある。
「治すのではない、治す力を引き出す」とある。

あくまでも、自分はアシストするだけ。
しかし、常に傷ついた動物に対しては、
「自分しかいない」と言い聞かせる。

ある時、「おおわし」が次々と死体で運ばれてきた。
原因は、餌となった鳥に入っていた鉛の弾丸を、
食べたのが死因だとわかる。

そこから鉛の弾丸の使用を中止し、
銅の弾丸に変えてもらうように、
行政やハンターに直訴した。

その時、ある会場で出会った一人のハンターから、
ずっと以前から銅の弾丸を使っていると聞いた。

しとめた鳥を食べる鳥に対する配慮のある人がいた。
斉藤は、その時以来情報を共有し、
専門家集団を作ることを決意した。

人間が作った悪影響は、
人間が直さねばという信念に基づく。

斉藤の仕事は、傷ついた鳥たちを直し、
保護された状態から、
野生の感覚をよびさまし、
野に返すことにある。

リハビリを終えた「オオジロワシ」を、
野に返すために、
自分を守る為の警戒心、
餌の奪い合いというサバイバルを経験させる。

斉藤は、治療を終えた鳥を返す時、
「彼らにとって、どちらが幸せか」の、
決断に迫られるという。

「オオジロワシ」は、誇り高き野生の姿を取り戻し、
野に帰っていった。

スタジオでの質疑応答の際の、
斉藤の目は常にキラキラと輝き、
少年のころの優しさと、
強い決意をもった大人としての一面を見せた。

感情的になることもある自分を、
冷静に受け止め、
物事の解決に向かう斉藤の姿勢に、
強くひかれるものを感じる。



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自分で考える

2008/06/10 13:23
順調に業績を伸ばしてきた企業に、
不祥事というほころびが起きた。
それは、どうして起こったのだろうか?

昨日TV東京「カンブリア宮殿」に、
ダスキン代表取締役の伊東英幸さんが出演した。

伊藤さんは、企業への信頼とイメージの回復、
という重い課題に立ち向かう。

村上龍さんは、伊藤さんに、
「何故、不祥事が起きたか?」と、
率直に問いかけた。

伊藤さんは一瞬躊躇しながらも、
それは、いつ起きてもおかしくないと、
感じていたと発言された。

社内に緩みがあるのを感じていたという。
「優しさ」が「甘え」に、
変わっていたのだという。

伊藤さんは、全国をくまなく歩き、
FCの人たちと、話しこんだ。

意識改革のためには、
まずコミュニケーションと考えたから

そして、「学び」について伊藤さんは、
自分で考えるひとは、賢くなっていくが、
マニュアル以上に工夫のない、
考えない人は、成長がないといわれた。

やはり、単に受け継ぐだけでなく、
自らが工夫を重ねる、
すなわち自分で考えようとしないと、
進歩はないのである。

マニュアル通りに無難にこなす、
ことにだんだんなってしまう。

当たり前のようだが、慣れがうまれ、
甘えが生まれてくる。

そんなときに、ほころびや停滞が起こる。
これは、たまたま一企業の話として、
放送されたが、どこにでも起こりうること。

私たち地域活動に携わるものにとっても、
「自分で考える」という言葉の重さがを、
ずっしりと感じる。

ただ継続しているだけでいいのか、
自分たちで考えないと、
他人は、考えてくれない。

支援だけをあてにせず、
支援してやろうと思われるように、
日々の努力が必要であろう。

「自分で考える」ということは、
企業も、地域社会も、人生も家族も、
少しでも前向きに進むために、
外せないキーワードである。
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発展途上の私に

2008/06/09 15:57
現在7月の七夕祭りの手配で、
ばたばたの毎日を過ごしている。

今回、初めて「腹話術」をお願いすることになり、
今日午後
ボランティアで、
腹話術をされているFさんと会った。

外でのパフォーマンスなので、
現場を見ていただき、
打ち合わせをした。

腹話術を生で見たことはなく、
どのようにやるのか分からず、
気がかりであった。

その空気を察したのか、
Fさんがその場の雰囲気で、
やりますからお気づかいなくと、
いっていただいた。

たぶん、自分でもわかるが、
心配顔120%だったのでしょう。

その一言で、
やっと笑うことが出来た。

相手に気を使ってもらうようじゃ、
まだまだですね。

「楽しくやらせてもらえば、それでいいですよ」、
との言葉に、本当に有り難く思った。

Fさんは、今日もある小学校の前で、
腹話術の人形と一緒に、
登校してくる子供たちを迎えたそうです。

そんな様子を映し出した写真を拝見した。
それを見せてもらい、
こうやってやるんだと、
やっと形がつかめるようになる。

今度の七夕祭りで、
子供たちに腹話術を、
楽しんでもらおう。

今日、Fさんとお会いして、
また一つ、得るものがあった。

自分が楽しくやらせてもらう、
相手の方のその気持ちを、
尊重しよう。

発展途上の私に、
そう言い聞かせた。




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よくがんばったで賞

2008/06/08 16:16
心配していた天気も、
曇りがちながら、
雨はまぬがれ、
元気よく、農業体験へと出かけた。

総勢27名、内こどもが5名、
地域交流をしている西区の神出町へ。

車で約35分ぐらいで、
目的地に着く。

現地では、西区の自治会長さんはじめ、
世話役の方の出迎えを受けた。

本日の農業体験のスケジュールを、
全員で確認し、
まずは、「芋の苗植え」、次に「ジャガイモ掘り」と、
土と格闘する。

昨日の雨でぬかるんだあぜ道に、
足を取られないように注意しながら歩く。

歩くごとに長靴が重たくなっていく。
普段では、経験することのない、
不安定な歩きを楽しむ。

平坦な道に慣れた足が、
滅多にない土の感触に、
戸惑いを覚える。

自然の中での農作業は、
しばし普段のわずらわしさを、
忘れさせてくれる。

田植えに入ると、
最初躊躇していた子供たちは、
時間がたつにつれ、
泥にまみれながらも、田植えに挑戦。

農作業を終え、
水をかけてもらい、
体についた泥を落とす。

畑から戻り、お昼ご飯をいただく。
こころからのおもてなし、
釜めしを、全員で御馳走になった。

本日のよくがんばったで賞が、
西区の自治会長から発表された。

田植え作業で、泥まみれになり、
がんばった女性と、
私の友達5歳児S君、
小学生の女の子の3人が選ばれた。

景品の野菜をそれぞれ、
受賞者が受け取り、
拍手を送り、
頑張りをたたえた。

昼ごはんをいただき、
須磨へと帰ることに。

にこやかな顔になり、
またお会いしましょうと、
現地をあとにした。

いいふれあいをさせていただいた。
いつあっても変わらない西区の皆さんの笑顔。

心地よい疲れをお土産に、
今夜はぐっすりと眠ることが出来るだろう。

今度は、9月末に訪問を予定している。
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さつま芋の苗を植え付ける

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ジャガイモを掘り出し中

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本日の収穫「ジャガイモ」たちです
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只今、田植え中!



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ホープフルモンスター軍団の襲来

2008/06/07 09:45
この間の水曜日に、
地域の北須磨小学校の2年生の児童たちが、
須磨寺前商店街を見学に来ました。

商店街にある「お大師広場」に、
集合したのは、2クラス、
一クラス30人ぐらい、
少子化である。

私のころは、1クラス50名、
小学校のころだと、
8クラスぐらいあったように記憶している。

人数は少なくなっても、
子供たちの元気さは変わらない。

商店街を代表して、
私が子供たちの挨拶を受け、
こちらも簡単に挨拶を済ませた。

店に戻りしばらくすると、
ふだん使い慣れない、
たどたどしい敬語で、
「おじゃまします」と、
元気よく入ってきた。

何組かのグループに分かれて、
入れ替わり立ち替わりやってくる。

子供たちの質問に真剣に答え、
子供たちの反応をみていると、
さまざまな表情をみせてくれ、
それを見るのが、また楽しい。

彼らは、まさしくエネルギーの塊、
ホープフルモンスター軍団の襲来。

「この店は、出来て何年になりますか?」と、
よく聞かれる。

答えはすぐに出来る。
理由は、私の誕生した年の一年前に、
私の亡くなった父が、
商売を始めたと聞いていたから。

「う〜ん、60年以上になるな」
「ええ、60年やて」と、
子供たちに関心されてしまった。

何年たったかと聞かれると、
もうそんな歴史を重ねてきたんだと、
改めて感じることがある。

北須磨小学校は、もともと私が卒業した、
西須磨小学校の分校として、
私が6年生の時に出来たものです。

かれこれ、半世紀を迎えようとしている。
当時としては、ユニークな円筒形の校舎。

今も、現役で頑張っている。
50周年のお祝いを、
されるように校長先生から聞いている。

小学生だった子供が、
気がつけば60を過ぎ、
「耳順」の域に達した。

久し振りに小学校の頃を、
思い出させてもらった。

本当に子供はなんとか育つものと、
自分の姿を、
鏡で見ながら苦笑い。
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あの人、あの言葉、あの舞台 ソプラノ歌手・中丸 三千絵

2008/06/06 11:54
現在はニューヨークを拠点にしているという、
ソプラノ歌手・中丸 三千絵の産経新聞の記事を読んで、
まさにプロフェショナルだなあと強く感じた。

中丸 三千絵を次々に襲った不幸、
親交の深かった元ダイアナ妃の不慮の事故死、
その後、マザーテレサと指揮者ショルティの死。

これらの体験から、
中丸の歌うことに対する考え方が変わる。

闘病中の子供たちを勇気づけ、
見舞うために歌う中丸。

「いい音響空間、いい共演者、いい伴奏・・
そんなものへのこだわりが不思議となくなった。
そういうことの前に人間の基本は命だという、
当然のことに気づきました。」・・記事本文より

中丸は、大変重い言葉を投げかけている。

26歳でイタリアに渡った中丸。
それからとにかく先生探しの日々が続いた。

同じつくなら一流の先生にとの思いから、
徹底的にこの人と思った人をマークし、
自分の思いをぶつけ、師事をうけた。

そこから続く、猛勉強。
中丸はいつも実家の額の言葉を思い出していた。
「勉強のみよく奇跡を生む」。

努力は裏切らない、しかし地味でなくてはならない、
そのことに通じるものがある。

パバロティコンクールに挑戦し、
予選を通過、本戦はアメリカで2週間に渡り続く。

結果、70人の66番目に歌い、優勝した。

この時、やった、終わったという中丸の言葉を聞いた、
パパロティが、いみじくも言った。
「終わったのではない。いま、始まったんだよ」と、
これからも自己研鑽に励むようにとの祝福の意味であろう。

中丸は舞台に立つ恐ろしさをしっている。
現実目の前で、何人もの才能豊かなアーティストが、
消えていったという事実を見てきている。

中丸には忘れられない師匠シミオナート
の言葉がある。
「小さな役からゆっくり階段を上がりなさい」・・記事本文より

中丸のプロ魂を見るエピソードがある。

三枝成彰作曲、英劇作家、
アーノルド・ウエスカーの書き下ろしによる、
モノ・オペラ「悲嘆」、
東京サントリーホールでの世界初演を迎えるにあたって、
中丸は並々ならぬ熱情を示す。

オーケストラと異なる旋律で進む歌曲をたった独りで80分間、
原語「英語」で歌い演じるのに、
中丸は譜面のやりとりのために三枝の、
自宅のそばにわざわざ引っ越したという。

すごい入れ込みようですね。
それには、さすがの三枝夫妻も、
驚きをかくせなったようです。

「ひたすら、失敗するわけにはいかないという、
思いだけできました」という、
中丸の心情がよく出ている話である。

海外で第一線で活躍するアーティストは、
想像を絶する稽古を重ね、
歌うこと、踊ることに真摯に向き合っている姿には、
ただただ感服するばかりである。

これで極めた、
それは、おそらく彼らにはないのでしょう。




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飛んでしまっていた自分のスケジュール

2008/06/05 15:43
雨ですね今日は。
梅雨モードに入り、
私は、頭の中まで湿りっぱなしである。

昨日の定例会議の内容をチェック、
みなさんに配布するレジュメを、
PCに入力する。

来月の七夕祭りの概要説明と、
作業スケジュールの連絡。

再チェックを他のメンバーに依頼する。

そうすると抜けているではないか、
大事なことを忘れている。

内容を分かりやすく伝えるのに、
四苦八苦してしまう。

一番に自分のスケジュールを、
把握できていないのが、いけなかった。

飛んでしまっていた自分のスケジュール。

姪の結婚式を忘れていた。

修正がきいたので、
何とかなりそうだが、
他のメンバーの手をわずらわすことになり、
申し訳なく思っている。

なかなか手際よくとはいかない。
毎回反省しきり、
学習できていない、私です。

また、挽回、
その都度修正だ。

ポジティブに行こう!
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トークスペッシャル Part7

2008/06/04 13:00
歌舞伎役者・坂東玉三郎、
バレリーナ・吉田 都
音楽プロデューサー・武部 聰志の、
3氏がNHKのプロフェッショナル・トークスペッシャル Part7に登場し、
プロとしての生きざまを改めて見せてもらった。

自分が好きで踊るのと、
見せるために踊るのとでは、
根本的に違う。

坂東玉三郎は、
人に見てもらう踊りについてこういう。

「自己制御できていない踊りは、だめ。
自分を意識しながら、
バランスを考えて踊る。」
自分の楽しみだけで踊る時は、
こっそり一人で思う存分踊るという。

最も印象深く残った、玉三郎の言葉。
「歌舞伎がなくても、生きていかなくてはならない」
そのために、玉三郎は音楽や絵の勉強を、
演出する機会のために勉強を続けている。

「いつか、踊れなくなるかもしれない」との、
思いをプロとして踊りだした時からの、
玉三郎の覚悟の延長線上に全てがある。

英国ロイヤルバレエ団のトップ、
プリンシパル吉田 都も踊ることに、
真摯に立ち向かう。

西欧人の体型との美的な差を、
理由にしたくない。

日本人としての自分のバレーが、
通用するかしないかにかけてきた。

結果、この十年間英国ロイヤルバレエ団の、
プリンシパルとして存在し、
日夜研鑽を積んできた。

自分の理想を求めてきた結果、
現在40才を過ぎても、
踊っている理由がそこにあるという。

「バレーが好き」だから。

トップという重圧とは、
全てこなせて当たり前と思われること。

重圧に対して、雑音を消し、
自分のやることに集中する、
そう明言する。

音楽プロデューサー・武部 聰志は、
今まで500人を越えるアーティストと、
仕事をともにしてきた。

武部は、アーティストの個性を大事にする。
すなわち、アーティストのリアリティを大切に考えるから。

そのために、アーティストの背景に、
何があるのかを探り出し、
自らも弱点をさらけ出し、
より緊密な関係を作ろうと努める。

そのために、武部は音楽以外の話で、
その人の個性を探る。
原石を磨き、人の気付かない良さを、
アーティストの中に見出し、
世に送り出すことに、歓びを感じる。

アーティストであり、
アスリートでもあるといえる3人の人たち。

気負うことなく、
自然体で仕事に臨むその姿勢には、
積み重ねてきた努力が、
支えとなっている。

厳しい話のあとの一瞬、
解放された時に見せる、
笑顔が大変印象的であった。
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「あなごおばけ」と「しろおばけ」

2008/06/03 10:38
昨日の午後3時過ぎに、
私の大好きな5歳児S君が、
お母さんと一緒に弊店に立ち寄り、
夢の話をしてくれた。

「あなごおばけ」と「しろおばけ」が、
S君の夢に出てきたようで、
二つのおばけと闘い、
どちらも退治したという。

「あなごおばけ」と「しろおばけ」か、
どんな、おばけなんだろう?

こどもは、いつもファンタジーの世界にいる。

大人からしたら、
わけのわからないことを、
いっているように聞こえるが、
当の本人は真剣。

だから、大人である私も真剣に聞いてやる。

それが、礼儀というもの。

「お外でたくさんあそんだら、
ばたーんとねれるよ」と、
S君は私に熟睡の術を教えてくれた。

お母さんに促され、
S君は、手にした袋から一冊の本を出した。

何やら絵本を買ったらしく、
見せてもらった。

確か「ばすくんのはなし」という、
タイトルだったと記憶している。

森に不法投棄されたバスと、
動物たちの交流を書いたもの。

日頃、動物たちとばすくんは、
互いに気軽に挨拶を交わす仲であった。

不法投棄した犯人が捕まり、
ばすくんはどうやら街に戻れそうだということに、
状況が変わってきた。

途端に、ばすくんは自分が帰れる嬉しさで、
自分のことに夢中になり、
動物たちに見向きをしなくなった。

ばすくんは、
そのままの姿で帰れると思ったのに、
突然、窓を壊されはじめ悲鳴をあげる。

ばすくんは、解体されるはめになったようだ。

ばすくんが悲鳴を上げているのが、
動物たちの耳に聞こえた。

動物たちは、
協力してばすくんを壊そうとした人たちを、
やっつけてばすくんを助けた。

ばすくんは、自分勝手を反省し、
また動物たちと仲直りをした、
ざっとそんなお話。

S君に読み聴かせをしてやりながら、
結構私自身がその絵本を楽しんでいた。

絵本は、
大人が読んでも十分に楽しめる。

ある日の新聞に載っていた記事に、
心に残る言葉があった。

「我々は、皆かつては桃源に住んでいたのである。
すなわち我々はかつて子どもであった!」・・和辻哲郎




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トゥープゥートゥーのすむエリー星 茂木健一郎

2008/06/02 10:42
Amazon予約していたのが、
一昨日着いて、
「トゥープゥートゥーのすむエリー星」 茂木健一郎を、
早速読んだ。

本を手にしたとたん、
表紙に書かれた絵を見て、
何だか楽しさが伝わってくるようで、
なにはともあれ読み進んだ。

物語の内容はごくシンプル。

主人公まさおは、未来の地球に住んでおり、
惑星小学校5年生
お父さんは、動物学者岩沢慎吾、
お母さんは、ほかの惑星で研究中。

まさおは、コンピュータに囲まれ、
コンピューター語に精通している。

だが、ちょっと変わった子で、
無類のジャングル好き。

未来の地球は、
大きなビルディングになっている、
2千階もある。

まさおには、
仲良しのオウム「ラッキー」がいる。

惑星テレビの企画で、
エリー星にすむトゥープゥートゥーを取材し、
番組を作ろうということに。

まさおとお父さん、
オウム「ラッキー」、
そして惑星テレビの一押しのスタッフ「のりこ」とで、
エリー星への宇宙の旅に出かける。

のりこも惑星小学校の5年生、
自立心の強いしっかりもの、
バイリンガル少女である。

旅さきのエリー星で、
トゥープゥートゥーと無事会えるのか、
どんな展開が繰り広げられるか?

具体的内容については、
この辺りにしておきます。

現在の地球に照らし合わせてみて、
ああなるほど、そうなっている、
ああ、あれは今でいう「〜か」と、
符号することも多く、
読みながらニヤニヤしている自分をみる。

SF小説って、
正直今まで読んだことがなかったが、
こんなに空想をめぐらし、
異空間へ誘ってもらえるなんて、
実に素晴らしいものだと知る。

まさおの初恋の行方は、
仕事の成果はいかに。

ワクワクの連続。

茂木さんが23歳で書かれた処女作、
当時毎日新聞に連載されたもの。

本の表紙の絵とイラストは、
茂木さんのお友達,、
井上智陽さんが書いたもの、
これがまた秀逸で、
物語をビジュアル化してくれる。

いままで感じたことのない、
茂木さんの世界。

ちょうど私自身、
現実のはざまで揺れ動いており、
そんな中、「トゥープゥートゥーのすむエリー星」を、
読んでいるあいだ、
本の中の世界を小旅行しているようで、
読み終えたとき笑顔が戻った。

また一冊、手じかに置く本となる。

画像

Amazon




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ボクらの時代 三谷幸喜×佐藤浩市×吹石一恵

2008/06/01 12:38
映画「ザ・マジックアワー」を脚本・監督した人と、
その映画に出演した俳優、
監督の大ファンだという女優、
3人が織りなす愉快なトーク。

三谷幸喜・・脚本家・監督
佐藤浩市・・俳優
吹石一恵・・女優
というメンバーで、
男性二人が女優をゲストに迎える設定でスタート。

女優吹石一恵は、三谷幸喜の大ファンで、
自分の卒論のテーマも三谷に関するものだった。

吹石には、一つ不満がある。
前から一度、三谷と一緒に仕事をと、
願っていたがまだ実現していない。

さて中年男性二人には、
以外な共通点がある。

「クリームソーダ」が、二人とも好き、
飲み方にもこだわりがあり、
ソーダーの色はグリーンに限るという。

三谷が子供のころ、
ソーダーを飲みに入った店で、
出てきたソーダが赤色だっのでだだをこねたそうだ。

親から聞き伝えの話。

どうしてもグリーンがいいと。
筋金入りのグリーンへのこだわりを見せる。

映画「ザ・マジックアワー」のポイントとなる場面、
佐藤がナイフをなめるシーンについて。

三谷いわく、そのアイディアは自分のものであってそうではない、
それを見つけ出して掘り出したもの、
どう佐藤が料理してくれるかが、
楽しみだったという。

佐藤は、その期待に応えるべく、
初めて鏡の前で演技の工夫を凝らしたという、
結果は、三谷も満足するものであった。

セリフの覚え方も人それぞれ。
三谷によると田村正和は、
自転車に乗りながらセリフを覚えるという。

では、佐藤は家で、
家族のいないところで、
吹石は、料理などしながら覚えるらしい。

三谷から見た佐藤は、
瞬時に次の場面設定を考えて、
演技をしている、さすがプロと感心する。

三谷と佐藤があるCMに出た時の話。
フリートークの設定だったので、
三谷はフリーを意識、
ところが佐藤は、決め台詞をいった。

新人三谷をつぶしたと、
笑いながら話す。

そのお返しに、
こっそりと番組収録前に吹石に、
佐藤つぶしをやろうと持ちかけたと、
吹石が暴露した。

俳優にとって出たいと思う作品に、
お呼びがかからないことがる。

そんなとき、
佐藤は自分に何かがたりないだろうと、
自分に言い聞かせる。

実は、三谷にもやりたい作品があって、
プロデューサーから脚本家として、
お呼びがかからなかったことがある。

やりたかった作品は、
ドラマ、映画とも大ヒットした「踊る大捜査線」。
あれは、自分がやる作品だったと悔しがる。

吹石は、ウサギを飼っていて、
名前を「吹石大吉」と名づけている。

なぜウサギなのかというと、
ほどほどの距離感が、
ウサギだと感じられるかららしい。

わかるようなわからない、
不思議さが面白い。

佐藤は、ペットに陸ガメを飼っていて、
「トウカイティオー」と「佐藤豪傑流」、
そんな名前を付けている。

三谷は将来3人で、
舞台をやりたいと語る。

また、佐藤とコンビを組み、
「ダブルコウチャン」で、
お笑いを目指すと三谷は上機嫌。

三谷と佐藤のお互いを知り合った中にある、
微妙な空気感が楽しい。

どこか人間シャイな部分があるほうが、
人間味を感じられていいように思う。

意外性がないと人は楽しくない、
予測不可能な部分をもっていてほしい。

許しあえる人間同士が、
かもし出す雰囲気は、
見ている者をほっとさせる。

3人の笑顔が、
自然で優しい。

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