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help リーダーに追加 RSS ボクらの時代 島田洋七×間寛平×東尾修

<<   作成日時 : 2008/05/11 09:50   >>

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還暦を目の前といっても、
そんな感じとは程遠い3人の男、
お笑いの道、野球と道は違うが、
今も、第一線でがんばっている。

フジTV「ボクらの時代」 
島田洋七・・芸人
間寛平・・芸人
東尾修・・野球解説者、
島田を中心に、笑いが絶えない。

3人があったのは、島田が6年前に建てた佐賀の家、
「かばいばあさん」との生活のイメージを大切に、
かまどに薪でゴハンを炊く。

自慢の庭には、露天ふろにもつかえるしつらえが、
立て看板にお湯の効能が書かれてある。

どうやら、何の役にも立たないらしい。
シャレが効いていておもしろい。

芸人同士、30年来の付き合いの島田と寛平は、
TVがまわっていると、ついギャクがでる。
その呼吸のよさ、コンマ何秒かの反応である。

寛平は、若いころ定住生活をせず、
車の中か、楽屋、あるいは、
坂田利夫の定宿のラブホにころがりこんだり。

島田の新婚生活に、
居候もしていたことがある。

島田は、これまでの人生で漫才ブームで、
大金を手にし、その後ブームがさり仕事が激減。

副業をいろいろやっていた時代に、
野球好きだった島田は、東尾と合い意気投合した。
それ以来の、関係が続いている。

寛平は、「アメババッチ」で大きな借金を抱え、
吉本をやめようとしたが東京へ行けとの、
社名で東京事務所で島田とコンビをくんだ。

それから、寛平も浮き沈みを繰り返した。

東尾は、西武の監督7年で、
2度のリーグ優勝をなしとげ、
大リーガー、松坂、松井を育てた。

いい選手に巡り合えてよかった、
運が味方をしてくれたと東尾がいう。

若いころの松坂は、自信家だった。
目標をかなり高いところに置いているために、
焦りが出たり、へこんでいたりしたそうだ。

野球の話から、もしダルビッシだったらという話になる。
20歳で結婚なんて考えられないと、
3人のオヤジたちは、もったいないといぶかる。

お笑いの世界は、入れ替わりが激しい。
今の若いひとは、かわしいそうと島田はいう。

一年後では、バラエティ番組のメンバーが変わっている。
それだけ、鮮度を保てる芸人が少ない。

60を前にしての目標?
寛平は、特になし。
東尾は、監督についてはタイミング次第という。

島田のおばあちゃんは、
とにかく丈夫に育つを第一に、
勉強についてはなにもいわなかった。

たとえ成績が1ばかりでも、
たしていったら5になるからいいと、
ユーモアのセンスあふれるおばあちゃんだったと語る。

島田は、おばあちゃん、おじいちゃんから、
学ぶことは多い、
しかし、今の子供たちには、
そういうことが少なくなっているという。

いろんな人生あり、
選択肢もいろいろ、
仕事に対して、
一生懸命な3人の男。

どう生きてきたかによって、
顔が変わってくる。

人生のキャリアを積むことの大切さ、
生き生きとした3人の男たち。
これからも、シニアーに元気を与えることだろう。

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