須磨寺ものがたり

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help リーダーに追加 RSS 木々の声が聞こえる 樹木医・荒田洋一

<<   作成日時 : 2008/03/24 10:33   >>

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「樹木には、生きる意志がある」と、力強く語る、
屋久島に唯一人の、
樹木医が、日夜、樹木の生命を見守る。

「情熱大陸」に、世界自然遺産として、
日本で最初に認定をうけた屋久島に、
孤軍奮闘する樹木医・荒田洋一の姿を見せてもらった。

樹木医は、庭師など樹木に携わる仕事を7年以上経験し、
筆記試験を受けて選ばれる。
現在全国に1608人だけ、今年は120人が合格しただけ。

その仕事は、地味で、しかもそれだけでは、
生活をすることは、難しいといわれる。
荒田とて、例外ではない、
副業的に、島のガイドをやっている。

九州の南60kmに位置する屋久島は、
その島固有の保有種が40種類にも、
およぶという貴重な自然がそこには存在する。

屋久島では、自然の営みを、
「土埋木」・・どまいぼく・・に見ることができる。
いつ倒れたかはわからない樹木が、
土に帰り、養分となりあらたな樹木の誕生へと繋がっている。

しかし、屋久島では江戸時代から下がるにつれて、
形のいい杉は伐採の対象となり、荒れていった。

荒田は、森と人との共生はむずかしい。
森になるべく手をいれない、
でも、時どきは見てやって、
守ってやらないといけないと、考えている。

5年前、荒田は樹木医の資格をとった。
荒田の住む屋久島の人たちは、
今も物々交換をしたりして、
「人も心も、気温もあったかい」と、
地元の人が、笑顔で語る。

荒田は、今その特徴ある姿から「仏陀杉」と、
呼ばれている樹木の保護を訴えている。

「仏陀杉」は、樹齢1800年、
そのいびつな姿が、
伐採からまぬがれたかもしれないという。

役所への治療方針を書いた報告書を出し、
それはやがて国の許可の下りるのを待つという、
時間の要する、根気のいる仕事でもある。

「仏陀杉」を待ち受けている難問は、
樹木の命にかかわる、地面の水はけの悪さ。
水はけの悪さが、根を腐らせていた。

その地面の色などを、
カルテとして残しておくのも、荒田の大切な仕事。

国からの許可がおり、荒田たち、
地元の有志10名で治療に取り掛かる。

樹木の水はけをよくするため、
水路を地面に作る。
しかも樹木の根をいためないように、
細心の注意をはらいながらやらねばならない。

悪戦苦闘を重ね、荒田たちは、
新たな水路を確保し、
「仏陀杉」に再び元気になれよと願う。

今回の荒田の治療は、
いわばバイパス治療のようなものといえる。

幼いころから屋久島に育った荒田は、
高校時代から山岳部で毎週山にはいり、
その度ごとに、伐採されていく樹木の、
悲しい姿を多く見てきた。

伐採を免れてきた樹木をみると、
荒田は「長生きしろよ」と、
声をかけてやる。

荒田は、自分のしたことは、
ちょっと手を添えただけという。

それこそが、樹木の寿命を長く保つ、
大切な考え方である。

これから500年、1000年の時を、
刻んでいってほしいと。

医者と同じで、
患者である樹木の定期健診も行う。

種子島の絶滅危惧種である松の一種で、
「ヤマタネゴウ」とよばれる松を診る。

2年前、枯れた枝を落とし、
点滴をほどこし、切り口を雑菌から守るために、
薬を塗ってやっていた。

元気を取り戻した松の傷口からは、
樹液のしずくがたれていた。

それは、樹木の自然治癒力をしめすと、
荒田はいう。

荒田は屋久島の将来を託すこどもたちに、
樹木の偉大さをしってもらい、
それを未来に残してほしいと願う。

荒田の癒しは、樹木を見たひとの、
感激から湧き出る歓声。

努力は裏切らない、
しかし地味でなければならない、
まさしく荒田の樹木に対する姿勢を表している。









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