|
今日の産経新聞の朝刊に、 「溶けゆく日本人」、 機器に翻弄される人々、 快適の代償は?という、 内容が掲載されていた。 昔、当たり前に工夫しながら、 生活してきたのが、 何ら自らの考えがなくとも、 便利機器が代用してくれる。 そうなると、それらがなくなったり、 故障したりすると、たちまちパニックに陥ったり、 ストレスの原因になったりする。 例えば、車を運転する際のカーナビ、 多くの利便性を持つ携帯電話、 オール電化の生活など。 私自身も実感する、 身近な例でいうと、 電卓の登場で暗算能力が低下し、 簡単な計算にも電卓を頼ったり。 PCや、携帯電話での、 漢字変換で読めるが、 漢字が書けなくなっていったり。 リモコンスイッチが見当たらなくなると、 たちまち慌ててしまう。 普段の我々の生活でも、よく直面する問題である。 我が家も、今家を触っている中、 便利さを思うように享受できないが、 そうなると、なんとか不便な中で、 どう生活をするかを、 考えざるを得なくなる。 いわゆる生活の知恵の働かせどき、 不便さが、工夫をすることを教えてくれる。 便利機器に我々が、 使われているようにさえ、 思えて仕方がない。 不便を我慢しながらの、 生活でいろんな気づきをえる。 今日の産経新聞の記事の最後に、 大阪産業大学の中川教授が、 こう苦言を呈している。 「科学技術の発達と環境破壊のように、 快適さも一つ手に入れたら一つ代償を払うものなのに、 その自覚もなく追い求めているのではないか」・・記事本文より引用 大変重い言葉である。 |
| << 前記事(2007/11/22) | トップへ | 後記事(2007/11/24)>> |
| タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
|---|
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
|---|
| << 前記事(2007/11/22) | トップへ | 後記事(2007/11/24)>> |