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zoom RSS 暗中模索 未来創造 ディザイナー吉岡徳仁

<<   作成日時 : 2007/06/06 15:28   >>

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ディザイナーになりたいと思ったのは、小学生の頃から。当時から絵をかくのが大好きな少年だった。将来を父に相談したら、ドアノブとか自動車とかをデザインする仕事もあるよといわれた。その時以来大きくなったらデザイナーになると決めていた一人の少年が、高校卒業後デザインの専門学校へ進んだ。その後、あるデザイナーと出会い、そこがデザイナーを目指す第一歩となった。

こどもころの夢を実現した男、空間工業デザイナー吉岡徳仁(40)が、昨日NHKプロフェッショナル仕事の流儀に登場した。終始物静かな物腰、どこからいろんなアイディアが生まれてくるのか、興味深々であった。

東京代官山にある仕事場になぜかいつも手ぶらで、やってくる。いきなり仕事、エンジンをすぐかける。なにしろ忙しい、仕事の依頼はひきも切らない。勿論海外からのオファーも多く、50%以上を占めるという。いかに、海外での評価が高いかがうかがえる。

海外へでて研鑽をつむデザイナーが多い中、吉岡は日本を拠点に活動する。そんな吉岡のもとに世界でも有名なクリスタルメーカーから、世界中の店舗のデザイン依頼があった。吉岡への海外からの評価は、彼のデザインの斬新さにあるといえる。

吉岡はとにかく、扱う素材にとことんこだわる。素材の持つ生命感を大事にしながら、作品に魂を込めていく。まず吉岡はデザインにはいるとき、かならずあることから始める。それは、デザインの核となるアイディアをねっていく事である。思いついたデザイン、気になったデザインソース、素材を大事にためておく。

今回のクリスタルメーカからの仕事へのこだわりは、クリスタルはゴージャスさだけではなく、クリスタルのもつ詩的な透明感をどう表現するかにあるという。常に何か、新しさ未来に繋がる何かを、今のデザインの主流の焼きまわしではく、独創的なものを目指す。

香水入れにクリスタルをいれ、さもクリスタルを浴びるという新しい感覚を追求した。クリスタルが香水のエキスというロマンティックなもの。吉岡のデザインのもとには、常に詩情てきな要素を大切にしているのが、よくわかる。2週間後試作品が届く。イメージを彷彿とさせる、いい感じの仕上がりであった。

しかし、いざこ製品化というと、いろいろクリアーしなければならない高いハードルが待ち構えている。

場所はイタリア・ミラノそこで新作のイスの発表が行われる。空間デザイナーとしての吉岡は、新作のイスの発表のための展示場のセッティングにも強烈なこだわりをみせた。展示場を飾るために、プラスティックの棒を多用した。それを生かすためのライティングで現地スタッフも根をあげるぐらい、執拗に変更を要求した。

最後は現地スタッフも根負けし、吉岡の提案をうけいれた。あくまでいいものを作りたいとう、デザイナーの本能と執念が動かしたのである。自分のイメージを大事に、完成する瞬間までアイデアをどんどん変える。これが吉岡のこだわりでありる。

それを吉岡は仕事の流儀として「ジタバタする」という表現であらわす。とことんこだわりぬいた吉岡のねばりが、会場に来た人に驚嘆をともなった感動をあたえたのである。

吉岡はいう、仕事がすんなりといくとかえって不安になるという。何にも問題が無い事が不安だという。あくまでも本当にこれでいいのかと自問自答をくりかえす。

吉岡は、形にだけとらわれるのではない、アレンジするだけでは新鮮に見えない。例えば、紙でできたイスひとつとっても、空気に座っている感じにこだわる。形ではなく、気持ちをデザインする。使った人の気持ちになって。

そんな吉岡もデザインの生みの苦しみをこう表現した。海がめが産卵している感じだいう。苦しみのあとに喜びがまっている、ものづくりのなんたるかを体で感じているひとの言葉である。

吉岡のデザイナーとしての第一歩は、21歳の時にデザイナー三宅一生の事務所に入ったことから始まる。そこでウインドウディスプレイを担当し、5年後フリーラアンスとなり、独自の道を歩むことになる。

その道は吉岡にとって、ジレンマの多い時代であった。吉岡の創った作品の評価は、ごく一部の専門家には認められるが、広がりが無かった。モヤモヤした時間ばかりが過ぎていった。

そんな吉岡に転機が訪れたのが31才の時である。三宅一生から大きな仕事を依頼された。パリ、ニューヨーク、日本を巡る、一生の足跡をたどる展覧会の空間デザインを任された。吉岡は、はりきれどいいアイディアが浮かばず、苦悩していた。そんな時、あるとき三宅に言われた、言葉を思い出した。「こどもも楽しめるものを作れ」というもの。

そこから三宅の服と向かいあった。一生独特のプリーツを多用したデザイン、衣服は一枚の布からという一生のデザインポリシーを感じとり、展示スペースのデザインにはいった。独創的な吉岡の空間デザインは、まず子ども達をよろこばせ、大人たちをファンタスティックな世界へと誘ったのである。

デザインは表面てきな新しさの追求だけにとどまるのではなく、人の気持ちを動かすものがないといけないと強く信じるようになった。パリでの高い評価をえて、吉岡のデザイナーとしての道は決まった。

あたらしいものを生み出す時、吉岡は自信がないという。前例のないものには人は抵抗をしめすから。それでも吉岡は未来の定番をつくりだす。それは、きっかけだけ、次の時代の種だけでいいんだという。

デザインの殆どは、消えていく運命にある。残るのは、映画のような夢のある感動を与えられるものだけであると、吉岡は心に刻み込む。

未来のための定番となるか、試される大きな仕事の依頼がスイスの家具メーカーから吉岡のもとに届いた。世界から選ばれた15人のデザイナーの一人として。

それは、20年ぶりとなる企画で、イスの歴史を塗り替えるような斬新な発想が求められる。変化を楽しむイス、座りごこちがもとめられ、素材の感触が加えられる。フィット感と意外性、そこに吉岡はこだわった。

吉岡は最初に試したアイディアが試作品があがってきた段階で大きな問題に直面しあきらめざるをえなくなった。やり直しである。

といっても時間がない、そこで吉岡は以前ストックしておいた素材のなかからあるものを取り出した。いろんなものの形にくるめる、網の目をした紙でできた素材である。それを使うと、ワインも形よくつつめるのである。

4月半ば、ミラノで家具メーカーの担当者と打ち合わせ。そこで吉岡は、アイディアの原点から現在までを丁寧に説明した。担当者の反応は上々であった。しかし吉岡は満足していなかった。もっとやりたいことがると、胸に秘めた。

日本に帰ってきてから布の形にこだわった。デザイナーとしてやってきた20年。もがくのは、クライアントのためではなく、自分のためでもなくただひたすら「未来のため」に、使い捨てられるデザインではなく、未来に残っていくデザインであるため。

吉岡の行き着いたところは、着物という存在であった。たたむと平面、広げると立体になる。自分を追い込んで、いくところまでいきこれがラスト、これ以上のものはない、そんな思いでデザインをした。

いつまでも残り続けるデザインであるため、こまかな修正を怠らずくわえ、あくまでもさらなる上をめざす、吉岡のデザインにたいする真摯な態度がきっと「未来の定番」を生み出すであろう。











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