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zoom RSS 棟梁の器は、人生の深さ 宮大工・菊池恭二

<<   作成日時 : 2007/06/13 16:17   >>

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古の技を受け継ぐ男、宮大工・菊池恭二が、昨日NHKプロフェッショナル仕事の流儀に登場した。寺院の建築、修理を専門とし、今現在9つの仕事をかかえ多忙をきわめている。

なんといっても、宮大工菊池恭二のこだわりは「屋根のそり」にある。あの優美な曲線をどうやって作りだすかにある。

それを生み出すのに、欠かせない作業がある。実物大の「原寸書き」とよばれるもので、おおきなベニヤ板に設計者の平面図を書き起こす。そこでも、平面図には示されていない「屋根のそり」を、書き記さなければならない。

どう「そり」を表現するかは、菊池によると「ひらめき」にあるという。平面図には、現れないものを読み取る、宮大工の感性が要求される。

宮大工・菊池がまずこだわるのが、材料である「材木」の選定にある。木にはそれぞれ「木癖」があり、それぞれ特徴の違う木をいかに組み合わせて使うかが腕の見せ所である。

菊池に緊急の応援要請があった。室町時代の建造物で曹洞宗の禅寺の修復である。問題になっていたのが、屋根の角線をどう作り上げるか、それには「扇垂木」という高度な技術が要求される。文化財であるがゆえに、部材の新旧の調整をいかにつけるかが問題となる。

ポイントは屋根の角線をいかに表現するかにかかっている。ここでも屋根の微妙なそりが要求される。菊池はその困難に立ち向かい、見事に読み、これで大丈夫と確信し、その現場を後にした。

それを決める根本となる宮大工の棟梁としての読みにあると菊池はいう。その読みの背景にあるのがその人の人生のそのものであるという。読みが出来なければ到底棟梁は務まらない。

その考えは、菊池の師匠にあたる昭和の名工西岡常一にいわれた一言から。何でもいいから聞いてみろといわれ、思いつくままにいろいろと西岡に質問したとき、「御前はどう考えているんだ」といわれた。

その時、菊池は自分が何も考えていないことに気づき、自分の人間としての浅さを感じると同時に、師匠西岡の人間としての奥行きの深さをおもいしらされたのである。

それ以降、菊池は仕事に真摯に向かい、仕事をまかされるまでになった。

菊池はある年のこと、ミャンマーから成田に到着し家に電話をしたとき、驚愕の事実をしらされることとなる。それは、なんと仕事場に置いてあった建築に使用する木材の全てが火事で消失してしまったという知らせであった。

茫然自失の菊池、まさしく「奈落の底」を見た心境であったという。でもめげてはいられない菊池は、気持ちを切り替え会社存続をかけてなんとかして材料の木材の確保に奔走し、懸命に仕事に向き合い、仕事先に迷惑をかけることなく無事納期に間に合った。

菊池が今一番気にかけている一人の若手の大工がいる。菊池はその若手に一つの仕事をまかせることにした。後進をそだてるための、英断である。いつかの自分が師匠の西岡にまかされた時のように。若手の大工は、初めて「原寸がき」に挑戦する。

それまで、菊池のもとで熱心に仕事をみて覚えてきた。そのひたむきさを、菊池は買ったのである。だが、なにしろ初めての若手の大工にとって、大変な重圧がかかる仕事である。作業は思うようにはかどらず、菊池のチェックをうけ「駄目だし」を受け、再度やり直すというのを何度か繰り返すのである。

一段落ついたところで、菊池は最終局面をまかせたのである。これなら大丈夫と判断したのであろう。若手の責任は棟梁である菊池が責任を負う、そう考えまかせたのでる。菊池は自分の読みを信じた。弟子の失敗を負う覚悟が、弟子を育てることに繋がると菊池が考えたのである。

若手の大工は、ひとりベニヤ板に立ち向かい見事やりとげたのである。

菊池はその後、仕事のチェックをしOKを出す。若手の大工の旅立ちの瞬間である。重圧にたえることも、寺を建てる上で乗り越えなければならない大きなハードルである。

昨日の放送を見て、阪神淡路大震災の被害にあった私の家の近所の寺院を思い出した。震災後12年、その間4ヶ所のお寺で再建、修復が行われた。それぞれのお寺が、新たな姿を現すのに、2,3年はかかっておりました。

私の菩提寺の落慶法要に立ち会った時の興奮と感動は未だ持って記憶に新しい。本堂の大屋根に宮大工が登り、その下の段に檀家の代表のかた、棟梁、御住職が並ばれ、お礼やお祝いのご挨拶があった。

いかに多くの人の協力のもとにお寺が建てられるかを、私は強く印象づけられた。お寺の建築は、まさに皆さんの魂の結集である。

宮大工・菊池の背中には、多くの人の願いがずっしりと乗り移っている。毎日がプレッシャーとの戦いである。しかし、無事仕事を終えたとき、なんともいえない安堵感を味わうであろう。今、私の脳裏に浮かぶ菩提寺の落慶法要の時、棟梁の和らいだ表情と同じように。

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