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help リーダーに追加 RSS 「五重塔」幸田露伴

<<   作成日時 : 2007/03/08 13:36   >>

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片意地で、頑固、世渡りべた、故に「のっそり」と揶揄される、大工の十兵衛と、親方の源太と感応寺の「感応寺五重塔」の建立を巡り、丁々発止の駆け引きをみせ人間の中にある「欲」というもののあり方をしらしめた幸田露伴の作品である。

源太は感応寺を見事に完成させ、世間にも認められた存在である。よって当然「五重塔」の建設は、自分のところに建設依頼が来ることを想定していた。

一方十兵衛は、日頃の汚名を挽回しようと、自分の大工の腕への過少評価を払拭するために、お上人に是非自分に五重塔の建設を任せてくれるように、直訴したのである。

そこでお上人様は、二人を呼び互いに協力して見事五重塔を建てよと提案するも十兵衛聞き入れず、なにがなんでも独力で五重塔を建てたいと強く主張した。

その場での十兵衛の気持ちの尋常でないのを察し、その意を汲んで源太はお上人様に十兵衛にやらせてやりたい、自分は脇にひいてもよいと申し出た。

お上人も考え抜いたあげく、ある日お上人様は、決断する。十兵衛にやらせることを。それを聞いて、源太は自分が力をかしてやるからなんなりと申し出よというが、十兵衛はその気持ちをにべもなくことわるのである。あくまでも一人でなにもかもやると十兵衛が言い切り、二人の間に大きな溝が出来る。

それでも、根っからの江戸っ子を自認し、男気あふれる源太は遠まわしながら十兵衛の様子を見守るのである。

ある日、源太の配下のおちょこちょいの清吉が、十兵衛の源太の気持ちへの配慮のなさに逆状し建設現場に駆けつけ、十兵衛に襲い掛かり片方の耳をそぎ落としたのである。

その清吉も、め組みの頭にこっぽどくしかられ自分のしでかした事の重大性を思い知らされる。源太も心ならずも、清吉たちの前で十兵衛のことを毒づいたことを反省するのである。

はたして、十兵衛は無事に感応寺五重塔を完成させ安堵する。

しかし、ある晩に突然の嵐に見舞われ、荒れ狂う嵐に恐れを感じ、五重塔がしなっているようにさえ見えるさまを深刻に受け止め、お寺から十兵衛のところへ見回りにくるように使いをだす。

それに対し、十兵衛はお上人様がほんの少しでも、自分の腕に疑問を感じたのに腹をたて、自分の腕に対する絶対的な自信から、万に一つもそんな嵐で自分の建てた五重塔がどうこうなろうはずがないと、逆切れ状態になり、現場にかけつけ五重塔の一番上の階にあがり、身を乗り出し、何かの時には自分もそのまではおらぬといきまくのである。

やがて嵐もおさまり、みんなの心配をよそに五重塔は難を逃れた。落成式に際し、お上人さまは、源太と十兵衛を呼び寄せ、こう告げたのである。

「江都(こうと)の住人十兵衛これを造り川越源太これを成す」・・こうして二人を称えたのである。その時二人は満面の笑みを浮かべ、ひれ伏したという。

人間の業や欲というものが如実に出てくる作品で、十兵衛のエゴとも見える部分と源太の生来の男気の対称をうまく使い、どちらが主役でもおかしくない内容である。

十兵衛が普段いじめを受けていたことが、自分自身を別の意味で支えて、反骨心を芽生えさせ、そのことが見事に仕事を成しとげることにつながり、しいては大工として高い評価を受けるようになるである。

十兵衛が何事も一人で出来る範囲は知れたもの、他人の協力なくして仕事は成就しないということを、理解したかどうかわからない。

その後の十兵衛については触れられていないが、満願成就した十兵衛にとって自分をささえてきた反骨心はどこかえいき、新たな目標のようなものを見出せず、虚脱感のよなものを感じていたのではないだろうかと疑問が残る。

それにしても嵐の場面の臨場感を幸田露伴は見事な表現を使って伝えているのは圧巻である。普通現代文であれだけ長々やられるといい加減、きついものがあるが、そう感じさせずついつい引きこまれていったのは、言葉の美しさがあったからであろう。



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『五重塔』 幸田 露伴
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