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蒼天のクオリアは、冑仏伝説の序章として位置づけられ、著者の河村隆夫さんの事実に基づいた自叙伝であった。その後を受けて、続いて「冑仏伝説」も読ませていただいた。 人生には、何が起こるかわからない、というのは「蒼天のクオリア」を読みつくづく感じいったことである。そこから、河村さんが、かねてより大変気にかけていた「冑仏」のいわれを、亡き父上から、伝承しようと奔走され、ようやく世に知られる存在となるまでの道のりが綴られていた。 一つのきっかけにより、「冑仏」によく似た存在があることを知り、それ以来類似した情報を集め一つ一つ丁寧にそれぞれの博物館あるいは美術館の電話をするも、まともにとりあってもらえなかった。 これまた、同じような時間の経過をへて、偶然が河村さんの熱望を実現するきっかけを作った・・「冑仏の存在」を認めれるという。 やがて河村さん自身が、大河ドラマ「利家とまつ」のセリフにはっきりと「冑仏」という言葉を耳にしたことで、冑仏が一人だち出来る素地ができたと、歓んだのです。 この本を読んで、河村さんの「冑仏」に対する立ち向かい方が、結果的に目指す方向に近づく目印を見出し、多くのひとの協力もえて一つの形になったんだと私は考えました。 この本を読んで、以前拙ブログに書いた、茂木さんの言葉が思い浮かんだ。 パスツールの有名な言葉に「幸運は準備のできたものに味方する」というのがあります。小柴さんにしても田中さんにしても白川さんにしても、単なるラッキーではなくて、やはりそれだけの準備ができていたからこそセレンデビティをうまく活かすことができたのです。 そのとおりだと、改めて日頃の地道な努力なくして、何事もスタートしないと再確認したしだいです。それと、これから河村さんが、より今まで以上にどのようにしてこの「冑仏伝説」を一人でも多くのひとびとに、知ってもらえるかの努力は、終わる事はないだろうと思う。 この本の序文を読み、茂木さんと河村さんのお互いを結ぶ、尊敬の念がよく伝わってくる。お互いの人間としての「優しさ」が、溢れていて読んで気持ちよくさせてもらった。 河村さんのように、名家を継承していくことの大変さは、当事者にしかわからない筆舌に尽くしがたいものがあると思う。 去年の11/13付けの拙ブログにも書きましたが、京都の町屋を守っておられる「杉本家」の話を、ふとこの本を読んで思い出しました。 今年のお正月は、いい本とのめぐり合いがあり、いい心の安らぎをいただいた気がした。 |
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『冑佛(かぶとぼとけ)伝説』 河村隆夫
長い休みが終わりました。(当塾は関係ありませんが…(笑)。) お休みモードから勉強モードへ切り替えるにはピッタリの一冊かも。端午の節句に飾る“兜(かぶと)”、もちろんそれは昔の武士が合戦に際して、攻撃などから身を守るために付けていたわけですね。彼らは戦場で命をかけて戦いますが、どれほど屈強な武将であったとしても、そこは戦場、敵が倒れ仲間が死ぬのを目の当たりにすれば、自分の存命を神仏に願うのは自然でしょう。マラソン選手だってパンツにお守りを縫い付けたり、受験にだってお守りを持っていく日本人 ...続きを見る |
本を読もう!!VIVA読書! 2007/05/08 11:39 |
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